司法巡察官(3)
(しまった。藪をつついてしまいました)
エルドは失敗を覚る。ジュリアのスイッチを入れてしまった。
「流麗にして優美。それでいて昂然として威風堂々たるたたずまい。これこそが真のアームドスキンというものよ」
「そうですね」
「パルススラスター搭載のガルドワ製の最新鋭機『アル・フィネア』が量産機としては最高峰と言えるんじゃない?」
ジュリアはミーハーなところがある。アームドスキンに関しては特に顕著で、本場のゴート宙区製品こそが最強だと言ってはばからない。
白ベースに赤で彩られた『アル・フィネア』は美しい機体といえよう。伝統的にそうであるらしい流線型を多用したアームドスキンは鋭角な印象を与えるものの、その根底に流れるデザイン性がうかがえる。なのに性能的には恐るべき数値が並んでいるのだ。
星間管理局もかなり力を入れて開発を進め、今や性能では引けを取らないといわれている。しかし、完成された機能美を問えばまだ追随を許していないようだ。
エルドの『ゼクトラ』も市街仕様の青と黄色に塗り分けられているものではない。軍仕様に近い緑と黒の彩色だが、角ばったフォルムと相まって地味な印象は拭えなかった。
「本物は本物を呼ぶのよ。エルドも機動班の刑事にしてはなかなかの腕なんだから、もっと良いものを選びなさい」
「僕みたいな下っ端じゃ乗る機体を選ぶ権利なんてないですよ」
「将来を考えなさいって言ってるの。アシストに志願したってことは、高等司法試験をパスしてゆくゆくは巡察官を目指してるんでしょ?」
(それはそうなんですけどね)
彼も上昇志向は持っている。
だが、現実を知れば知るほど自分に務まるのかと疑問を抱くようになる。ジュリアは破天荒な言動行動が目立つが、間違いなく実績は上げている。それはただの幸運ではなく、ひらめきや洞察力に裏打ちされたもの。自分にそれがあるかと問えば怪しいと感じてしまう。
「腰が引けてんじゃないの!」
彼女には簡単に見破られてしまう。
「強い欲を持たないとなにも叶わないの。あたしは正義をこの手で実現するために人並外れた努力をしたわ」
「存じてますよ。あなたは普通じゃありません」
「でしょ? 星間法の標榜する平和と自由と権利、それがあたしにとって絶対の正義なの。脅かすものを許しはしない」
ジュリアはまだ二十五歳。司法巡察官としては破格の年齢だろうと思う。しかし、それだけが特異性ではない。
彼女は刑事上がりではないのだ。高等司法官から
「崇高な使命だとは思いますよ? でも、僕はジュリアほど優秀な頭脳の持ち主じゃないんです。これからどれだけの経験を積んで、どれだけの勉強をすれば目標にたどり着けるか分からないんですよ」
つい本音がもれる。
「そんなのただの準備。ほんとの目標は巡察官になってからなにをするかでしょ!」
「そこまで想像できませんよ」
「あたしがどれだけ虚しかったと思うの? 試験にパスして高等司法官になっても、日々することに正義なんてないのよ」
ハッチパネルの上で仁王立ちになって指差してくる。カルメンシータとペピタは拍手喝采でジュリアのステージを楽しんでいた。
「目の前に積まれていくのは容疑の聴取記録と証拠品の山。それのどこに真実があるってのよ」
不穏当なこと言う。
「それだって僕たち刑事が駆けずりまわって集めているんですけどね。司法官のところに行くまでに改竄チェックだってされてるはずです」
「疑ってないわよ。でも、記されているのはほんの一部でしかないじゃない。容疑者を取り巻く環境も、犯行時の心情も、言いたくても言えない本音も、何もかも欠けたまま。そんなので相手の一生を左右するような判決なんて言い渡せない」
「解りますけど。それが役割分担ではないですか」
捜査と審決の判断を分けているから最低限の公平性が保たれている。一方的な判決になりにくいからこそのシステムなのだ。
「そこにあたしの正義は無かったの!」
握り拳をかかげる。
「あたし自身が見て聞いて調べ尽くして裁く。これこそが正義!」
「いいですけど、聞き方によってはひどく傲慢に感じられてしまいますよ?」
「それでいいの。傲慢なくらいでなくては正義は実現できない」
(これは他人に聞かせられませんよ)
際どい論法である。
しかし、有効性が認められているからこその
実際に広大な星間銀河圏にあまねく星間法を順守させるのは難しい。GSOの人員には限りがあるし、人間社会は複雑そのもの。網羅などできない。
そこへ司法巡察官という極めて特異な存在を投入するということ、一人で全てを審決できる存在がいると知らしめることは、星間法違反を抑止する効果があるのだ。
(かなり乱暴だけど、よく考えられてるのも事実なんですよね)
エルドの憧れの職業への道は厳しく険しいものだった。
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