司法巡察官(2)

 舞いもどった警備艇フォニオックは、直接惑星テベレフィの宙港へと降下する。大型戦闘艦などの艤装は時間がかかるが、星間警察の小型艇くらいであれば反重力端子グラビノッツの搭載も早い。

 ましてや司法巡察官ジャッジインスペクターの機材の一部。最優先に導入されて運用されている。


 受け入れ側も空港などの整備を行って宙港を新設している。軌道エレベータという限られた物流リソースに頼らずとも、大型輸送船で直接搬入出できるのならば経済への影響は大。それを見越しての投資が行われている。

 今現在はゆとりのある宙港も、二~三年のうちには物流のハブになるのは容易に想像できる。今後も整備は進められるだろう。


「うっし、着底完了。降りるとすっか」

「お疲れ。休んでちょうだい。あたしとのデートの約束なら今のうちよ」

「冗談はよせ。女房と別れさせたいのか?」

 操舵席を離れた中年男はジュリアにつれない返事をしてくる。


 彼はオグル・トキシモ、四十三歳。このフォニオックの艇長にして操舵士ステアラーである。最低限の人数で運用される警備艇では兼務など当り前だ。


「えー、ジュリアの善意じゃない」

 これは立ちあがった通信士ナビオペの娘。

「アデリタもこんなおっさんに縛られなくたって、まだ三十なんだし」

「うっせぇ。俺が嫁とどんだけ熱烈な恋をして所帯を持ったと思ってる」

「持ってないじゃん。休暇の時はホテル暮らしのくせに」

 図星を指される。

「ものの例えだ、例え。離職するか移動願いを出さなきゃ家なんて持てねえだろ」

「やめたい? やめるときはアデリタは置いていって。あたしが困るから」

「最低でも別居させる気かよ!」


 ナビオペはエフェメラ・ルル。火器管制も担当してもらっている。まだ二十三だが付き合いはもう四年になる。


「いいでしょ。どうせ夫婦生活なんて……」

「黙れ。まだ頑張れるわ!」

 オグルは顔を赤くする。怒ってるんだか照れてるんだかは分からないが。

「うわー、乙女の前でそれ言っちゃう? ひくわー」

「言わせといてそれかよ! あと、乙女じゃねえし!」

「花も恥じらう二十五の娘に向かってひどい!」

 エフェメラにも「最低!」と非難の的。


 ジュリアが素直に告げているのは年齢くらい。そのあたりは誠意だと思っている。


「胃がもたん。降りるぞ」

 彼は操縦席後ろのスライドドアからタラップを降りていく。

「あ、あなた」

「アデリタ、どっかちゃんとした店で腹ごしらえしようぜ」

「うん、嬉しい。でも、もうちょっと優しく着底ランディングしてくれるともっと嬉しい」


 下りタラップの先は格納庫ハンガー。そこが前述のアデリタ・トキシモの仕事場である。彼女がフォニオックの整備士メカニック主任なのだ。


「おうおう、悪い。今度は気を付けるからよ」

 一転してデレデレである。

「お願い。ね、ジュリア、今日は仕舞ってもいいでしょ?」

「はいはい、お好きなように」

「ありがとう」


 結婚してもう七年のはずだがいまだに熱愛中の夫婦である。アデリタが臍を曲げるとジュリアもとても困ったことになるので強く言えない。腕を組んで出ていく二人を見送った。今夜は帰ってこないだろう。


「姉さん姉さん、うちらももういい?」

「うん、いいわよ」

「あちきもー?」

 二人もあがらせる。


 残り二人の整備士も年若い女性である。

 ジュリアを「姉さん」と呼んだのはカルメンシータ・トルタ。二十二歳。もちろん本当の妹ではない。懐いて呼んでいるだけ。

 もう一人がペピタ・モネット。彼女も二十二歳。こちらは猫系の獣人種ゾアントピテクスパシモニアの娘である。奇妙な一人称を使うのはお国柄なのだそうだ。

 それにエルドを含めて六人がフォニオックの乗員全てである。


「ジュリア、お腹減った」

 膂力は人間種サピエンテクスの比ではないが燃費も悪い。

「奢ってあげるから来なさい。フェムもシータも」

「やりぃ!」

「姉さん、いい女!」

 皆が囃し立ててくる。

「ちょっと待ってください! チェック終わってないでしょう?」

「あ、そうだった」

「放っといていいから」


 コクピット前から乗りだしているのはエルドだ。まだ済んでいなかったらしい。


「あたしのは終わってるんでしょ? あっちは大丈夫」

 親指で示す。

「少々のことは問題ないから。エルドはいくらでも替えが利くし」

「はぁ!? 勘弁してくださいよ! 命かかってんですから!」

「うっさいわね。仕方ないから見てあげて」


 カルメンシータがフィットスキンの上に着けているハーネスに整備アームを噛ませて吊上げられていく。ペピタも上がっていったので、ジュリアもついでにタラップから回って搭乗リフトを使ってエルド機のハッチに降りる。


「管理局で新開発した機体になんて乗るから手間がかかるのよ」

 エルドのアームドスキンは警察機である。

「なにを言うんです。何度でも言いますが、この『ゼクトラ』だってあの『銀河の至宝』ホールデン博士が手ずから設計した機体なんですよ? たしかに軍用の『ゼクトロン』を市街地仕様にパワーダウンさせてますけど、その分メンテナンス性の向上や軽量化に成功している名機なんです」

「たいしたことないわよ。御覧なさい、あたしの機体を」

「あ、ミスった」


 彼は顔をしかめているが、ジュリアはお構いなしに自慢をはじめた。

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