司法巡察官(1)
星間宇宙歴1429年の現在も、毎年のように星間銀河という巨大な人類圏に加盟惑星が増えていく。
あるいは開拓惑星が円満に国家として独立し、あるいは保全対象だった未開人類が基準文明度に達して管理局からの招待を受けて加盟する。状況は様々。
独立惑星は星間銀河圏のルールを心得ているが、保全惑星の加盟はそうはいかない。ゴート新宙区のように、多数の惑星国家が同時に加盟する特殊なケースも含めて、多くの国々はそのルールに戸惑うことになる。多額とはいえない加盟金と、星間法の順守を求められるだけだからだ。
未開惑星からの新規加盟政府は常識としてそれぞれの国の代表が協議して人類圏の運営をしていると思っている。それが『星間管理局』という存在だと誤解するが実際には異なる。
星間管理局で働く人々はどこの国にも属していない。管理局員というのが籍になり、人類圏の航宙保安・交易円滑化・人権保護の三点に関してのみ管理を行う。この三つだけで運営を行っているのだ。
国家の内政はもちろん、国家間の多種多様な交渉に関しても星間管理局は関与しない。外交の一形態とされる国家間紛争、要するに戦争にも非干渉。
ただし、非戦闘員を標的とした大量虐殺などの行為には敏感に反応し警告を与えてくる。人権侵害行為が収束しないようであれば
管理局の主旨は星間銀河圏のモラルの維持であり、戦争行為もルールを逸脱しない限りは国家間交渉だと見なされているのだ。
どの国もこのルールを乱さないよう注意を払う。管理局に人権蹂躙と判断されると対応機関が乗り出してくる。それは前述の
しかし、そうと解れば裏をかこうとするふとどき者も現れる。航宙保安にせよ、貿易不均衡にせよ、人権蹂躙行為にせよ、それらが基本的に申告制に基づくのであれば穴もあると考えるのだ。
それは大間違い。管理局は人類圏を繋げるハイパーネットワークの管理者でもあり常時監視しているので、この情報社会において発覚を免れるのは難しい。どこの管理局ビルにも諜報員が常駐し、つぶさに観察しているのも公然の秘密になっている。
そしてもう一つ、愚かな悪党が怖れる存在。
彼らに内偵されれば、たちどころにいかなる星間法違反も暴かれ裁きを受けることになる。最強の星間法の番人、それが司法巡察官だ。
「連中、どうしてる?」
そして彼女ファイヤーバードもその
「潜りましたね。例のポスタコルの輸送船はオディバシャフトの指定警備艇を雇って出航しました。まあ元々クスエド販機との契約から仕方なくナダラSSを使っていたようなものですからね」
「それならきっと安全ね」
「ええ、ジュリアの見立てでは、ナダラSSの警備艇が海賊船に早変わりしているんですからね。貨物を奪って乗員を闇に葬り、まるで海賊行為を受けたかのように演出している」
ジュリアというのは彼女のことである。『ファイヤーバード』はコードネームでとうぜん名前はあり、ジュリア・ウリルと名乗っている。それも内偵用の偽名でしかないが。
司法巡察官はその職務上正体を厳密に秘する必要があり、公的にはコードネームでしか呼ばれず普段は偽名で暮らしている。本名は彼女のチーム、警備艇フォニオックの乗員でさえ知らない。
「ポスタコル重工業も貨物に保険はかけているでしょうが、連続して失われれば保険料は上がる。取引先に商品は届かないのだから信用は下がる。利益は減るという図式ですね」
エルドが自身の中で整理するように言う。
「んで、肝心の商品はどこかに消えちゃってる。きっと分析されて自前の生産法の確立を進めてるってわけ」
「それが巨大
「とっちめてやりたいとこなんだけどねぇ」
ルジェ・グフトはこのバングリア宙区をはじめとして、オッコス宙区、クシュタル宙区にも地盤を置く超巨大企業。容易に尻尾を掴ませない。掴んだ尻尾もいつの間にか切られていて頭までは手が届かないのが実情である。
「この件、そんなに悪くないと思うわけ。自グループ内のナダラSS とはいえポンポン使い捨てにするのは無理。自作自演で行方不明にした社員もどこかで使ってるはず。例えば荒事部門とか」
そう目星をつけている。
「そうじゃないと本人たちは納得しないし、結果どこからかもれるでしょうしね。本来であればいないはずの元ナダラSS社員がグループ内の闇部門を担っていればルジェ・グフトの謀略も看破できます」
「そんな悪行、このファイヤーバードが許したりするもんですか。ナダラSSを絞りあげて証拠をつかんでやる。んじゃ、あたしの正義のために奴らの足取りを追ってちょうだい」
「まったく、人使いが荒いんですから」
ジュリアは不平を言うエルドの尻を蹴飛ばした。
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