ファイヤーバード(3)
緑の瞳が容疑者の様子を窺う。見透かされると思えるのか、マキルはエルドに視線を向けている。
(僕のほうが与しやすいと思われてるのが面白くないですね)
彼がアシストなのは気付いているだろう。若造の刑事ならどうにか誤魔化せるに違いないと。
「で、今日の業務はなんだったんですか?」
「ちっ!」
データパネルは彼のほうからしか見えない投影方式のもの。今の舌打ちは知っているくせにという意味。
「クスエド販機が契約しているポスタコル重工業の貨物船の警護のはずでしたけど、もしかしてあなたも行方不明になって殉職なさるつもりだったんですかね?」
「お前、馬鹿にしてんのか? 殉職する予定なんてあるかよ」
「僕も嫌ですよ。普通の殉職ならね」
解っているぞと言わんばかりに目を細めて見つめてみせる。マキルも軽く頬をヒクつかせるもにらみ返してきた。完全に嘗められている。
「ポスタコルさんの開発した対消滅炉用の新型曝露素子、なかなか優秀な代物だそうではありませんか。管理局通商部の特許認定を求めてきたってことは、結構苦労して開発なさったんでしょうね」
世間話であるかのように告げる。
「それなりに投資してこれから回収しなければならないでしょう。でないと社員に還元できませんからね。でも、ルジェ・グフトさんにしてみれば金のなる木。傘下企業が独占するのなんか面白くありませんよね」
「なんの話だかな」
「さぁ、なんでしょう」
ルジェ・グフトは超巨大
「強欲ねぇ」
ファイヤーバードも素知らぬ顔。
「子供が頑張ってやっと手にしたご褒美を、いい大人がさらっていくなんて考えもの。そんな
(ルジェ・グフトは多数国家間にまたがる大企業。その大企業が圧力をかけるのは国家間交易不均衡につながる可能性を指摘しているんだって素直に言えばいいものを)
それは星間法に抵触する。実際にポスタコル重工業からは仲裁申請が上がってきていた。
(あいだに管理局が入るのを嫌って回答を遅らせ時間稼ぎしているのは明白。その間にポスタコルの販路妨害をして利益を出させないようにしていますね。当座の資金に困った相手が泣きついて、新商品の権利を差し出してくるように仕向けているのでしょう)
大資本を持つコングロマリットのやり口である。
「はぁー、腕が鳴るわぁ。ここんところあんまり暴れてないし」
ファイヤーバードは肩をまわす。
「
「知るかよ」
「あー、そんなに頑なだとこっそり死刑に処したくなっちゃう。困ったものよねぇ」
マキルはギョッとする。
「そんな馬鹿な話があるか! 管理局ブースに行って訴えてやる!}
「残念だわ。ここにはあたしの言うことは絶対っていう人しかいないの。ねぇ、死人に口なしってことわざ、知ってる?」
「おどす気かよ」
口に手を当てた彼女が「またまたぁ」と目を三日月にしている。本当に楽しそうだからタチが悪い。
「空気を軽くしたらお話が楽しくなってきて、色々と教えてくれるかもしんないでしょ?」
無理矢理に相手をのぞき込む。
「こんなに一生懸命口説いてもつれないなんて、あたしに女の魅力がないのかしら」
「どういう思考をしたら今のが口説いてることになんだよ!」
「ぶー! もう嫌い。帰って」
言いたい放題である。
「今回の公務妨害は警告記録だけにしといてあげるから」
「無茶苦茶だな、この女」
(賛同したいとこだけど、あとが怖いからやめときます)
心中ですませておく。
現実的に科せられるのはその程度だ。星間法違反の刑罰に罰金刑はない。重罪なら服役させるし、軽微な違反なら警告記録を与えるだけ。この警告記録が累積していった場合、いざという時の司法判断が重くなる仕組みになっている。
「あれでよかったんですか?」
「あんだけいじめておけば、あたしが目を付けてるって確実に思い知ったでしょ。放免すれば勝手に色々動いてくれるわ」
ワイヤーを外された容疑者たちの航宙艇は加速して去っていく。彼女は見送っているのみ。
「泳がせるつもりですか。警戒して裏に潜りませんかね?」
「潜りたいなら潜らせてあげればいいじゃない。まあ、連中が潜ってるつもりでも、こっちからは丸見えだったりするけどね」
今回は仕掛けに過ぎないと言っている。
「まあ、管理局がハイパーネットを握ってる限りは小悪党の暗躍くらい透かして見えますけど」
「ほどよく躍ってくれたところで収穫すればいいのよ。今回はどれくらい繋がってくれるかしらねぇ」
「ルジェ・グフトまで追及するのは難しいと思いますけど」
エルドは肩を竦めて愉快そうな赤い髪の女性の後姿から目を逸らした。
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