第2話 道連れ

「ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!!!」

少女が俺に涙を流しながら何度も礼を言ってくる。

礼を言いながら、俺が渡した携帯食料や水などを次々に口の中へと運んでいく。

その様はもう、なんというか動物だった。

そういや人間って動物だったな。

「礼は後でいいから、落ち着いて食べろ。胃が逆流しても困る」

少女は言われた通りにゆっくり噛んで飲み込んでを繰り返す。

俺は近くにあった丸太に腰掛け、川を見ながら葉巻タバコをふかしていた。

数日分の食料が少女の胃の中へと消えてしまったから、次の街では食料を買い足さないといけない。

しかし、今時行き倒れを見つけるとは思っていなかった。

しかも空腹で。


少女は空腹を満たすまで食事を続けた後、大きなゲップをして大の字になって寝転がった。

しかし、休憩も束の間。

胃が落ち着いてからは首にぶら下げていたカメラを持って、川の景色を撮り始めた。

さっきまで行き倒れていたと誰かに言っても信じてくれないぐらいに、少女はせわしない。


「あんた写真家か?」

少女は目をかがやかせて「はい!」と答えた。

よくぞ聞いてくれたって感じだった。

「雄大な自然を撮ることが好きで、旅をしているんです」

「あんた一人でか?」

「はい。昨日、このあたりの景色を撮るために登山をしていました」

登山、という言葉から、少女はこの山の下にある街から来たことがわかった。

要するに、俺が今からこの山を下山して向かうつもりの街だ。

「もしかして昨日からここで行き倒れていたのか?」

「うっ、それは・・・・・・・・・・・・」

少女の目がキョロキョロと動いた。

痛いところをつかれた、てところだろう。

ただ、俺も理由は気になる。

「山賊とかにでも襲われた、とか?」

「い、いえ、そういうのでは・・・・・・ないんです」

少女は少しの間モジモジとしていたが、やがて何かを決心したかのように俺に視線を合わせた。

白状します、と覚悟を決めた様子だった。


「昨日、登山をしていたんですが、あまりに景色が綺麗で・・・・・・それでもっと山を登ればもっと綺麗な景色に出会えるんじゃないか、って思ってどんどん上を目指しちゃって・・・・・・」

ここは山の高さで言うと八合目ぐらいだ。山のかなり上といっていい。

「元々、数時間ほど登った先で景色を撮れたらいいと思って軽装で来ちゃったんです。食べ物も飲み物も用意せずに。で、気がついたら空腹で動けなくなっちゃって・・・・・・でも街に戻る力ももう残っていなくて、昨日の夕方ぐらいから記憶がありません」


典型的なダメパターンじゃねえか。


「もう少し登れば頂上だぞ。そこに山村もあったのに」

「え、そうなんですか?うーん、もう少し頑張ればよかったかなー」

こういう奴は言っちゃなんだが旅には向いていない。

旅は計画性がないと続かない。

行き当たりばったりで旅をするのは自殺行為だ。


次の街までどれほどの距離があるか。

そこまでの食料は足りているか。

また、次の街はどのようなところか。

など、歩き始める前に考えておかなければいけない。

「私、よく道の途中で倒れること多いんですよ。今回はこれで五回目です。本当に助かりました、ありがとうございます!」

……少女に旅をやめろと止める人はいなかったのだろうか。

というか今まで少女を助けた人たちも相当のお人好しだな。

「言っちゃなんだが、旅の道連れをつけた方がいいと思うぞ」

「うーん、人を雇うお金がないですし、旅人の皆さん優しいですから、なんとかなるかなぁって」


……強い。

俺はもう少女を説得することはできないと思った。

同時に、少女にこれ以上関わるとロクなことが起こらないと悟った。

俺は葉巻タバコの火を消し、トランクケースを握って立ち上がる。


「今後は計画的な旅をするようにな」

お大事に、と少女に言いかけたところで、俺の服の袖を少女が握ってきた。

「もう、行っちゃうんですか?」

「あぁ、今日中に下山したいからな」

「あの、お代は・・・・・・?」

「別にいいよ。数日分の食料を渡しただけだしな」

本当なら食料代ぐらいは欲しかったが、それよりも少女から離れたい気持ちが強かった。

俺の直感がそう告げていた。

少女とこれ以上関わるな。

しかし、下山したい俺に対して、少女の握る手の力は強くなっていた。

「いえ、せめてお礼をさせてください!街に戻ればお金は少しですけどあります。その、超高級じゃなければディナーだけでも」


面倒くせえ。

俺は別に美味いもんを食べたいわけじゃない。

面倒事に関わりたくないだけだ、多少の損をしても。

かといって少女に直接そのことを言っても、少女は下手したら泣き出すかもしれないし、意地でも俺についてくるだろう。

すでに上目遣いで見てきて涙目になっているし。


……俺、何か悪い事をしただろうか。


うまく別れる言い訳が思い浮かばず、俺はため息をつく。

仕方ない。もうこの際妥協しよう。

「わかった、でも約束してくれ。お代は数日分の食料と今日の夕食代。それが終わったらもう話は終わりだ。夕食も高いディナーじゃなくて安い酒場でいい」

少女はパーッと目を輝かせて「はい!」と返事をした。

少女は服の泥を手で払ってから、自分の荷物を肩にかけた。

肩掛けバッグ一つだった、本当に軽装だった。


「私、アルレットて言います。あなたは?」

「名前は言えない事情があるから、放浪医でいい」

「はい、放浪医さん!」


少女、アルレットはそれから街に着くまでずっと話を続けていた。

俺は相づちを打ったりして適度な距離を保ちながら話を聞いていた。

多分、アルレットの話を聞いてくれる人が周りにいなかったんだろう。

短い距離だが、よくしゃべる旅の道連れができてしまった。

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