放浪医

名江ゆうな

第1話 旅路

俺は放浪医。27歳の眼鏡の男だ。

数年前、働いていた病院の方針に従わず、独断でとある患者の手術をしたせいで、医師免許を取り上げられてしまった。

警察に捕まりそうなところを逃げだし、今は追われている身である。

逃げる際に顔は整形し、髪型も変え、髪の色も変えたので、街中をうろつくことぐらいは問題ない。

そのため、指名手配の写真にある俺の顔の面影はもうない。

本名も明かせないので定職に就くことができないのが将来的に不安なところだが、まぁなんとかなるだろうと楽観的でいる。

街から街へ。国から国へ。

旅をするのは嫌いではないし、今では旅の生活が板についている。


医師免許は取り上げられたが、旅の途中で患者を見つけては治療を施している。

これは子供の時の夢だった医者、そして医者になるためにひたむきに努力をした過去の自分を否定したくないからだった。


病院に行きたくても行けない人

病院不信な人

信仰のために治療を受けることができない人


世の中には治療を受けることができない人が多くいる。

「そんな人のために自分がいるのかもしれない」と勝手に自分を正当化させて、法外の治療費を時には要求したりして食いぶちを稼いでいる。


「闇医者だ」と後ろ指をさされている自覚はある。

「医者の使命を捨てている」と蔑まれることもあった。


だが、今の俺を客観的に見ると、

どこか諦めきれなくて惰性で続けている

という言い方が一番当てはまるのかもしれない。



俺は数人に見送られながら、山頂にある村を去り、視界の右側に見える川に沿って下山していた。

荷物は右手に持つトランクケースのみ。

生活必需品と医療器具一式が一緒に入っている。

服装は一言でいうとスーツ姿だ。ネクタイを締め、茶色のフロックコートを羽織っている。


さっきの山村では村長を治療した。いや、正確には治療ではない。

簡単に言うと村長を安楽死させた。


村長は元来頑固者で、下山したところにある街の医者に断固としてかかろうとしなかった。

あの山村に医者はおらず、せいぜいが漢方を調合する老婆がいるぐらい。

村長は手足を怪我しようが、高熱を出そうが自力で治すことを良しとしていた。

街の医者が時々出張してきたときも、「村長は元気です」と言い通せと他の人に命令をしていたぐらいだった。


俺は三日前にたまたまその山村を通りかかり、数人から村長をなんとかしてほしいと懇願された。

俺が村長を見たときにはもう、村長はあの世へ旅立とうとしていた。苦悶に満ちた顔で。


村長を診察してから、俺は村長の家族に洗いざらいを話した。

根治治療はもうできない状態にある。

強引な治療をしても、寿命を少し延ばすだけである。

寿命が少し延びるということは、裏返すと苦痛の日々が継続するだけである。

今の苦痛を和らげる方法もあるが、ここにある医療器具だけではできない。

街の病院ならばあるかもしれないが、下山するまでに亡くなる可能性が高い。

今の苦痛を終わらせてあげることはできる。

つまり、安らかにあの世へ行く手助けはできる。


全てを話し終えた俺は、家族をその場に残して話し合ってもらった。

数時間後ぐらいだったと思う。家族は俺に村長の安楽死を依頼してきた。

俺は承諾し、翌日に村人全員に村長の様態を話し、別れの言葉を伝えるように言った。

全員が思い思いの言葉を村長に投げかけ、ある人は泣き、ある人は村長に礼を言っていた。

俺はその夜、村長を安楽死させた。苦しい最後ではなかったと思う。


患者が望んでいることが、治療ではないこともある。

安らかな最後を見た村長の家族は嬉しそうだった。

葬儀を済ませた後、村人たちは頑固者で困った村長のエピソードを笑いながら語ってくれた。


これが病院だったらどうだったろうと思う。

強引な治療で寿命を無理矢理延ばすだろうか。

そうすれば、患者が死ぬまで治療費をもらうことはできる。

だけど、患者の意思はそこにはない。

俺が放浪医として旅をしているのも、そんなところへの抵抗なのかもしれない。




川に沿って砂利道を歩く。ペースは早めず、確実に歩くことを意識する。

川の下流にある街まで数時間はかかる。

自分に合ったペースを乱さないことが体力温存のコツだ。

小一時間ほど歩き、そろそろ足が疲れてきたので休憩でもしようかと考えていた時、事件は起こった。


俺の前方に横たわる物体があった。近づいてみると、

「・・・・・・マジかよ」

人だった。

もっと詳細に言おう。

カメラを首にぶら下げた小柄な少女が瞳を閉じて倒れていた。

グレーのセーターにコットン生地の白いスカートを着ていて、ところどころに泥がついている。


「おい、大丈夫か?」

少女がまだ生きているか確かめるため、少女の手首を右手で握る。

脈はある。死んではいない。

念のため少女の胸に耳を当てた。

心臓の鼓動もしっかりと聞こえた。

心肺蘇生などの必要はなさそうだ。


次に外傷などがないか確認しようとした。

少女の服に触れようとしたその時、


ぐぎゅるるるるるるるるる~~~~


少女の腹の虫が勢いよく鳴った。

「・・・・・・・・・・・・」

俺は思わずうなだれた。

俺の心配をかえしてほしい。

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