第143話 王都に集う 後編

 それは驚愕の事実だった。

 ある日を境に、彼は行方がわからなくなったらしい。


「部下に捜索を頼んではいるが、今のところ情報はつかめていない。お前もなにかわかったら知らせてくれ」


「わかった」


 去っていくオシリスを見送りながら、セトはホームズのことを気にかける。


「あの、セト。ホームズというのは?」


「あぁ、そう言えばサティスには話してなかったな。実は……」


 セトはホームズのことを話す。


 一番最初に訪れた街でのことや、ベンジャミン村のキリムとリョドーの知り合いであること。

 そしてなにか調べているようでもあったということ。


「そういうことはもっと早く言ってくれないと困りますよセト」


「いやぁ、ちょっと怪しかったからさ、サティスに言うと不安になるかなって」


「それは……まぁ、うん。気を遣ってもらったのは嬉しいですけど」


 サティスも歯切れが悪そうだ。

 だが確かに言わなかったのは悪かったのかもしれない。


「そんな人が行方不明だなんて……」


「そう、だな……。でも俺は信じてるよ。あの人は無事だって」


「そうですか。なら私も信じます。こちらでも情報を集めてみましょう」


「あぁ、そうしよう!」


「……あ、すみません。急にですけどちょっといいですか?」


「ん?」


「……アナタがこの街でホームズって人と出会ったのはいつです? 普段は私と一緒に街歩きますから、出会ってたら私の記憶にも残るはずですが」


「あ」


 サティスたちがバーで飲んでいたとき、こっそり宿から抜け出して街を歩いた思い出。

 勝手に出歩くなと約束していたのだが……。


「まぬけは見つかったようですね」


「うぐ、ご、ごめん」


「はぁ、もういいです。もう、ちょっとは待てなかったんですかねぇ」


「だって長かったんだもん」


「ちょっとの時間じゃないですか」


「そっちはちょっとかもしれなかっただろうけど、俺からしたらメチャクチャ長い時間だったよ。暇だったんだぞ?」


「そういうときに本とか読めるようになっておけば、より充実した時間をですねぇ」


「うげぇ」


 街を歩きながらそんな会話を繰り出していく。


 昼まではまだ時間はある。

 ふたりの時間は穏やかな河のように流れていった。



 穏やかな河のように。



「父ちゃん! 丸太が流れてきてる! 人が乗ってるよ!」


「なにぃ!?」


 王都『光の主人の船ラーウ・ホルアクティ』のそばを流れる大河で漁をしていた船。

 そこで親子ふたりがある人物を見つける。


「よし、なんとか引き上げられたな」


「……女の人、だね。変わった服だなぁ」


「おう、ジロジロ見てねぇでこっち手伝え。早く港行くぞ」


「うんわかった」


 紅白を基調とした島国の衣装。

 船内で仰向けに寝かされた彼女の右手には杖が握られていた。


 放浪巫女のチヨメの姿だった。

 しばらくしてから様子を見に来た少年。


「……綺麗な人だなぁ」


 ────ぴくっ。


(ん? 今笑った?)


「……きれいだなぁー」


 ────……にへ。


(一瞬めっちゃ嬉しそうにした。……起きてるのかなぁ)


「おーい、起きてます~」


「……」


「あれ、寝てる? じゃあ、……ブス」


 バシンッッッ!!


「いってぇぇえええ!! なんだよやっぱり起きてんじゃないか!! おい、寝たふりすんなよ!!」


 杖で脛を思いっきり叩かれた少年は悶絶しながら距離を取った。

 寝てても聴こえているのだろうか、チヨメの寝顔はどこか不機嫌そうだ。


「チクショー、とんでもねぇ姉ちゃんだ。ウチの母ちゃんみたいなスナップきかせやがって……」


「ん? どうした」


「あ。父ちゃん。……この人、元気そうだよ……」


「オメェ、まさか寝てるのをいいことに……」


「しねぇよ!!」


 チヨメが目覚めたのは漁村に着いてからだった。

 楚々とした態度、すなわち営業モードで恩人ふたりに深々と礼を言う。


「この度は命を助けていただき、もう、なんともうしましょうか。感謝の念にたえません。言葉をいくつ積み重ねても足りぬほど」


「まぁ無事でなによりだ。長いこと流されっぱなしで腹減ってるだろ。もうちょい待ってな。母ちゃんがメシ作ってるからよ」


「あら、そんなお構いなく……私など……」


「いいってことよ。あ、まずは風呂にでも入れってさ。俺ぁ薪割ってくらぁ。おう、巫女さんをしっかり見ててやれ」


「へ~い」


 さて、息子とチヨメのふたりきり。

 重い空気をハッと感じた直後。


「テメェブスっつったな」


「ヒェッ! や、やっぱり聞こえてたの!?」


「あいにく目が悪くてね。その分耳が利くのサ。……ごめんなさいは?」


「すんませんでした」


「ごめんなさいは?」


「ごめんなさい」


「よろしい。うふふ、ご両親に似て、よくできた息子さん」


(怖いよぉぉぉ~~~~。父ちゃん母ちゃん早く来てくれぇぇぇ~~~~)


 明日まで身体を休めることとなったチヨメ。

 漁師の家で食事を摂ったあと、大河のほとりまで出る。


「のどかだねぇ……」


 言葉と表情とは裏腹に、脳裏ではあの戦いが映し出される。

 佇む彼女に無常の風が吹き、借り物の着衣をはためかせた。


 握る杖に刃はなく、その名残だけが彼女を縛り付けている。

 自然と杖を握る手が強くなった。


「チヨメさん、身体冷えるよぉ~」


「あぁ、ごめんな。……ねぇボウヤ。ここいらに鍛冶屋ってのはありませんかねぇ?」


「鍛冶屋? こんな漁村にあるわけないよ。王都まで行かないと無理だね」


「王都? 近くにそんなのがあるんかい?」


「ほら、あっちのほうの……あぁ~、えっと……」


「ふふふ、気にしないでおくれよ。まぁそういう場所があるんだね?」


「う、うん。でも、鍛冶屋になにしにいくのさ?」


「……ちょっとね」


「ふぅん。……だったらさ、明日馬車に乗っけてもらえば?」


「お、いいんですかい?」


「いいもなにもそれしかないでしょ。村長にかけあってみるよ」


「アハハ、ありがとう。君は優しいねぇ」


「……ほ、褒めたってなんもないぞ」


 敗北を経て、チヨメは王都へと向かう機会を得た。

 ある種境遇は呪いめいてはいるが、チヨメにとっては十分だ。


 呪いを斬るには、もっと強い刀がいる。

 チヨメは心を鎮めながら、再び大河と風に耳を傾けた。 

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