第139話 それはなんの変哲もないボール遊び
昼を過ぎたころ。
普段ならセクセクと仕事へと向かうところだが、ふたりはせっかくの休暇を満喫しようと、部屋へ戻っていた。
とはいえなにもしないというのもまた暇だ。
特にセトはあまり落ち着かない。
ゆったりふたり旅をしていたころならそうでもなかったろうが。
「こういうときセトも本とか読めたら時間を有意義に使えますのに」
「うぅん……細かい字はどうも……」
「読めないわけじゃないでしょう? だったらなにか読みません?」
「え、遠慮しとく……」
これからのことを考えるとセトもこういう分厚い本の1冊くらいは、と考えたが、無理をさせられないのがサティスの人情。
しかし、それだとサティスだけが本を読んでセトはなにもせず暇をもて余してしまう。
どうせならふたりでなにかできることをと考えたときだった。
「あ」
「どうした? なにか思いついたのか?」
「えぇ。セト、ちょっと遊びませんか?」
「遊ぶってなにしてだ?」
「トラクトリっていう球技なんですけど」
「球技ってことは、ボールを使うってことだよな? その、トラクトリっていうのは?」
「ふふ、少し待っててくださいね」
サティスは部屋を出ると、ゴム製の柔かめのボールを持ってきた。
「アダムズ様にお願いして貸していただきました」
「ほ~、それをどうするんだ? 俺、遊びとかあんまりよくわかんないから」
「大丈夫、簡単ですよ。じゃあ外へ行きましょうか」
サティスと一緒に屋敷の外へ。
街の広々とした公園へと出る。
家族連れやカップルが多く見られ、各々の時間を楽しんでいた。
障害物や建物などはなく、一面緑のこの場所であれば、遊ぶにはうってつけだ。
「よし、じゃあそのトラクトリってのを始めよう!」
「まぁまぁ、説明を聞いてください。いいですか。ボールをポーンと軽く蹴って相手に渡す。相手はそれを受けとめる。これを交互に繰り返すんです」
「簡単だな。それがトラクトリか」
「本当はかなりすごい球技ですけど、今日は身体を動かすためのただの遊びです。ただし手は使っちゃいけませんよ」
「ダメなのか!?」
「簡単そうに見えますけど、お互いの息が合ってないと難しいんですよこれ」
「……そ、そうなのか! よし、じゃあ始めよう」
「はい、じゃあいきますよ」
サティスの蹴ったボールが緩やかな速度でアーチを描く。
セトは目で距離感をつかみ、足で受け取ろうとするも……。
「あ」
案の定ボールは受けとめられずに朝っての方向へ。
こんなはずではと頭を掻きながらボールを追うセトに、サティスは無邪気に笑みながら。
「ホラ、難しいでしょ」
「い、今のはちょっとミスっただけだ。次はちゃんと受け取る」
「はいはーい」
「よし、いくぞ。……フン! あれ?」
セトは大きくからぶった。
「セト、ちゃんとボールよく見て」
「わ、わかってる! うりゃ!」
今度は当たったがコロコロと違う方向へ。
セトもこれには小首を傾げる。
「おっかしいなぁ~。イケると思ったんだが」
「ん~意外ですね。セトってスゴく動けるからこういうのもできるかなと思ったんですが」
「自分でもよくわからない。なぁ、もっかい蹴ってきてくれ。今度はちゃんと受け止めるから」
「じゃあ、いきますよ。それ」
(手を使わない手を使わない手を使わない手を使わない手を使わない手を使わ)
ボコッ。
セトの顔に激突。
これにはサティスもギョッとした。
「う~ん、これどうやるんだ?」
「あの、大丈夫なんですか?」
「いやこの程度全然。なぁちょっと教えてくれ。手を使わずにどうやってボールを?」
魔剣使いとしての超人的な身体能力。
しかしそこは不器用な彼らしい。
戦いでそれは発揮されても、ほかに回すとどうもぎこちなくなる。
どこかおかしな話だが、その一面はサティスにとって、セトの持つ愛らしい個性に感じた。
「わかりました。キチンと教えてあげますね!」
「おう、頼んだ」
やっていくうちにコツを掴んでいくセト。
次第にサティスのように綺麗なアーチを描いてきた。
「そうそう、上手い上手い!」
「お~」
しばらくして休息をとるため木陰へと入る。
「ふぁ~こうやって身体を動かすのもいいですね」
「大体が戦いだったからな今まで」
これまで狩りや護衛は経験してきたが、遊びは経験したことはなかった。
今はすこぶる新鮮な気分だ。
「セト。世の中にはね、こういうボール遊びだけじゃなくて色んな遊びがあるんですよ」
「そうなのか?」
「もちろんボールだけじゃありませんよ? カードだったり、チェスだったりね」
「な、なんか頭を使いそうな遊びだなそれ」
「えぇ、私が好きな遊びです。安心してください。アナタにはまだちょっと早いでしょうから」
「うぅ……」
「どちらにしろです。血生臭い中で身体を動かすより、ずっと平和的でしょう?」
「平和的、そうだな」
人差し指でボールを横回転。
ボールの扱いにも慣れてきたセトは年ごろらしく明るい。
だがボールを真剣に扱うさまは猫のよう。
(セトってボール好きなのかな……あ、ボール追いかけた)
転がっていくボールを足で制すると、今度は自分でコントロールをし始めた。
手を使わず、足でボールを蹴りながら走る。
その巧みな足運びに周囲にいた子供たちがいつの間にか注目しており、わっとセトに押し寄せてきた。
いつの間にやら大人数。
見知らぬ子たちとトラクトリをやることになった。
セトは突然のことながらも、この流れを愉しんだ。
ふと、サティスのほうに視線を向けると、彼女が見守るように微笑んでくれている。
周囲には子供らの親だろうか、そんな人たちが幾人か。
セトは妙な安心感を覚えた。
そして時間は過ぎて夕焼け小焼けの別れ時。
別れを告げて、また遊ぼうと約束した。
「あ~、サティス。ごめん、せっかくの休日なのに、俺だけが楽しんじゃって」
「なに言ってるんですか。アナタが楽しんでくれて私も嬉しいんですよ。子供たちとあんな風に遊ぶなんて、今までなかったでしょう」
「まぁそうだな。気持ちよかった」
「アナタにはあぁいう時間が必要だと思うんです。戦いとか役割とかじゃなくてね」
日常の中での関わり。
使命の外の世界も、セトの感性を豊かにしてくれるものだ。
母が命を懸けて生かし、サティスへと繋いでくれた運命。
そう思うとセトの気持ちが、じんわりとした感覚で満たされていった。
「帰りましょっか」
「あぁ、腹減った」
「そうですね。一緒に食べましょう」
ふたりは屋敷へと戻る。
身体を動かしたあとの食事は格別なものだ。
だが、今日のは一段と美味く感じる。
がっつく隣でサティスが口元を拭いてくれた。
純粋にもっと甘えたくなる。
セトはそう思いつつも、それは部屋まで取っておこうと我慢した。
食事も終わり、上機嫌で廊下を歩いていたときだ。
中庭から美しい音色が聞こえてきた。
「なんだろうこの音」
「弦楽器のようですけど……行ってみましょうか」
中庭へと足を進めると、そこにはヒュドラがいた。
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