第138話 休暇:二度寝は心地良い

 目が覚めてすぐに目にしたのはサティスの胸。

 視線を上げるとまだ眠そうに目を開いて微笑んでくれた。


 朝陽と静寂。

 布のこすれる音が心地よくまたセトを眠りへと誘う。


「今日は少しお寝坊しましょうか」


 休暇は始まったばかりだ。

 セトは無言で目を閉じる。


 瞼の裏の意識からでも感じる優しい抱擁。

 呼吸が苦しくならないように身を寄せてくれたお陰で、寝心地は快適だ。


(イイ匂いがする……)


 もっと触れていたい。

 叶うことならこの掌で。


 だが二度寝と添い寝のコンボに、まだ子供のセトが敵うはずがなかった。

 目が覚めたときにはもう昼前で、サティスはベッドからすでに出ていた。


「おはようございますセト。いっぱい眠れましたね」


「ん、おはようサティス。俺起きたのにまた寝てたんだな」


「たまにはいいじゃないですか。……お加減はどうです?」


「まぁまぁ、かな。いや、うん、元気でたよ」


「それはよかった。お昼食べに行きましょう」


「そうしよう。ずっと寝てたら腹が減って……」


 元気そうなセトの顔に、サティスは安堵する。

 セトの立ち直りの早さは出逢ったころから舌を巻くほどだったが、今回も問題はないらしい。


 実の母親のこともあって、サティスは心配していた。

 だがセトは確実に成長している。


(今は温かく見守りましょう。もう彼はひとりじゃないんだから)


 互いに手を握りあい、食堂へと向かった。

 いつも歩く廊下がより明るく見えるのは、キチンと心が修復された証拠でもある。


 セトの姿を見たサティスも、そして周囲の人間も、その影響を受けるのだ。

 誰もが彼の活躍を知っている。


「あ、セト君!」


「ナーシア」


「ナーシア様、ごきげんよう」


「はい、サティスさん。ごきげんよう! ……セト君、大丈夫だった?」


「大丈夫って、なにが?」


「ほら昨日から全然元気なかったから」


「もう大丈夫だ。……けど、休暇は目一杯楽しませてもらう」


「ふふ、そうだね。あのねセト君。実は昨日ラネス様とお話したんだ」


 簡潔に言えば、あの砂漠の件が終わってすぐに、ふたりの関係は縮まったらしい。

 疲れた身体に鞭打って、ラネスは帰ってから身支度を整えてすぐに、ナーシアと話し合った。


 中々に口下手なようだったが、熱意が伝わり晴れてナーシアと本当の意味で信頼し合えたようだ。

 

「そうか。それはよかった。きっとアダムズ様もすごく喜ぶと思うぞ」


「うん。今から昼食だからお爺様にご報告するんだ。ラネス様と一緒にね!」


「まぁ素敵。楽しい時間になりそうですね」


「よかったらおふたりもどうです? お爺様だってきっと賛成してくれると思うから」


「いや、悪いけど気持ちだけで。俺は今日は……」


 申し訳なさげな顔でサティスに視線をやる。

 察したナーシアは相応に微笑みながら「わかった」とひと言言って、パタパタと走っていった。


「いいんですかセト?」


「いいんだ。大事な家族の時間に俺が入り込むわけにはいかない。それに、俺にだって大事な時間がある」


「ふふふ、そうでしたね。じゃあ、行きましょうか」 

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