第137話 今夜はひと味違いますよ
遺跡からの脱出。
全壊も時間の問題の中。
「ね、ね、ねぇ! あそこにお宝あんの! ちょっとだけ! ちょっとだけ取ってきてもいいでしょ!?」
「なに言ってるだバカ者! ホラ逃げるぞ!!」
「あー! ちょっと! 引っ張るな! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
グラビスの未練がましさに苛立ったヒュドラが無理矢理にでも引っ張って一緒に外へ連れ出した。
セトたちは全員無事脱出し、ラネスたちの待つ場所に合流する。
そして砂漠の中へと沈んでいく遺跡を静かに見守った。
「……ふぅ、終わった。サティス、怪我は?」
「えぇ……私は大丈夫です。アナタも……よかった」
手を握り合いながら跡形もなくなったあの場所をいつまでも見つめている。
一方、全財産を賭博で溶かしたような顔をするグラビスの横で、ヒュドラはセトの小さな背中を見守っていた。
「ヒュドラ、その……彼らは」
「ラネス様。今は、その……」
ヒュドラの雰囲気にラネスは閉口し、静かに踵を返すと撤収の指示を出す。
彼女についていくようにヒュドラも足を進めた。
一瞬ふたりのほうを振り向きかけたが、今はそっとしておこうと思い、グラビスを引きずるようにして撤収の準備にかかる。
(声をかけるのは屋敷に戻ってからのほうがよさそうだ。サティスがいるから大丈夫だと思うが、やはり私も友人として、なにかせねば。あぁ、なんだってしてやろう。君がこれ以上傷付かなくていいように)
数日かけて砂漠を越えて明朝、ようやく屋敷へと帰還する。
アダムス含め、一同がその帰還を祝福し出迎えた。
「ラネス、様!」
「ナーシア……ただいま」
「はい、お帰りなさい」
ふたりの距離は間違いなく近くなった。
出発前のあの夜のセトとのやり取りが、ふたりの間をより良いものにしたのだ。
涙ひとしずく。
それを拭ったナーシアの視線の横をセトが通り過ぎた。
行く前とは少し雰囲気の違う彼が心配になったが、ラネスがそれを止めてふたりで屋敷へ入ろうと誘われたので、従うことに。
その日の夜。
セトは部屋のベッドでぼんやりと座っていた。
遠征は慣れたものだろうが、今回のことはなにか心にくるものがあったようだ。
「セト」
サティスが寄り添うように座る。
彼の腰に手を回し、そっと抱きしめた。
身を任せるように身体を傾けるセトの姿が、いつもより小さく見える。
それもそうだ。
百戦錬磨の魔剣使いであっても、まだ子供であることはけして拭えない。
「今回もいっぱい頑張りましたね」
「……」
「ここまでずっと頑張りどおしで……」
「……」
「明日から3日間、休息がいただけるみたいですよ。……ゆっくり過ごしましょう」
「うん……なぁ、サティス」
「はい」
セトは自分の今の思いをポツリポツリと話す。
それは月夜の部屋に響くふたりだけの音色。
誰にも邪魔されない空間で、セトがなにを話したのか、どんな表情をしていたのか、それはサティスのみぞ知ること。
だがそれでもセトはまだ満たされていないようだ。
いや、満たしたくとも、自分がどうすればいいかわからないといった感じだった。
しかしサティスは焦らない。
こういうとき、どうすればいいかなどわかりきっていたから。
「セト、そろそろ寝ましょうか」
「うん」
「一緒に寝ましょうか。久々に、ね」
セトがピクリと反応する。
肯定と受け止めて、サティスは着替えに行った。
(サティスと……。なんだろう。久々で嬉しい……なのに、すごくモゾモゾ……する?)
謎の感覚に心が落ち着かない。
クレイ・シャットの街以来だ。
あのときもこうして彼女を待っていた。
着替え終わったあとのサティスはあまりにも刺激的過ぎて不眠を覚悟したくらいだ。
ゴロンと寝転んでサティスを待っていると。
「お待たせしました」
「あぁ、サティ────」
視線を向けた瞬間、視界と思考が一瞬真っ白になった。
いつもの寝間着ではない。
海のときの水着にも似た形状のそれ。
ワインレッドの花柄に彩られた上下のそれに身を包んだ艶めかしい姿のサティスがそこにいた。
目が離せない。
月の柔らかな光そのものが、人の形をしてるかのような神話めいた光景にすら感じる。
視線が揺れて呼吸も乱れる中、サティスは微笑みをたたえたままベッドに座った。
豊満な胸はさらに美しく彩られ、緩やかに揺れる。
「あ、ぁ……」
「ふふ、ちょっと頑張ってみました」
「いや、あの、その……」
サティスの手がセトの頬を撫でる。
その先にある彼女の視線はどこか熱っぽく潤んでいて、頬もほんのりと紅潮していた。
「あの、サティ、ス……」
「もう少し横へいってもらえます? それじゃ私入れません」
「え、その格好で、一緒に?」
「はい、ホラホラ、早く早く」
サティスがベッドに入るとその温もりと薫りが一瞬にしてセトを包み込んだ。
なにより前よりずっと距離が近い。
目の前には彼女の胸があり、視線を上げればあの微笑みがある。
両腕で抱き寄せられ、ダイレクトにその柔らかさと息遣いを感じていた。
セトの目が見開き、さらに呼吸が荒くなる。
感情が暴走していくのを感じていた。
それをどう処理すればいいのかわからず、ひどく混乱している。
そんなとき、サティスは甘く囁いた。
「────いっぱい、甘えてくださいね」
それは男を惑わすかのような魔性の声色。
しかしそこに罠はない。
ただひとりの異性にのみもたらす美女の抱擁だ。
砂漠のように乾いた心を満たし、空いた穴に温もりを注いでいく。
もっと深く触ってほしい。
そういうようにセトの背中を滑らかな手つきで撫でるサティス。
対してぎこちない手つきでサティスに触れていくセト。
普段はあまり聞けないサティスの漏れ出る艶声に、彼はますます魅了されていく。
眠りたくない。
眠ってしまえば、終わってしまう。
そんな不安を訴えるようにセトは力強かった。
まるで恐怖にすがりついているかのよう。
サティスはそんなセトを受け入れた。
どこにも行かないから安心して、というように愛おしそうに撫でていく。
時間は過ぎて、セトは眠気と気持ちよさに勝てず、彼女の隣で眠りについた。
「あのときと同じ……かわいい寝顔しちゃって」
安心しきった顔で寝息を立てるセトを見ていると、こちらまで心が緩んでくるというもの。
「これなら明日は大丈夫かな。大丈夫じゃなかったとしても、また一緒にこうしてあげますから」
セトの持つ強さを信じながら、サティスも眠りにつくことにした。
────セトは不思議な夢を見た。
真っ暗闇で、寒くて、寂しくて。
でも大きな焚き火があってそこへあたりにいくと、途端に身体が温まった。
しばらくそこに座っていると、向かい側に"女の人"がいるのに気が付いた。
こちらには声をかけずずっと見ていたらしい。
セトは声をかけるが、その人は返事をしない。
輝く炎の向こう側でずっと微笑むばかりで。
『あれ? サティスは?』
そう呟いたとき、その人は彼の背後を指差した。
振り向いた直後、セトは朝日とともに目が覚める。
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