第136話 砂漠で見続けた長い夢

 グラビスは巨人たちの足元をかいくぐりながら、天井へとその切っ先を伸ばす。

 ザクリと刺さると、それに引き寄せられるように一気に上へと舞い上がった。


 巨人たちはその動きに追いつけない。

 そればかりか、右へ左へと軽やかに移動する彼女に翻弄ほんろうされっぱなしだ。


「ここからが勝負よ……見てなミイラども!」


 普段より気分を高揚させながら、魔導ボウガンで1体の巨人の足を撃ち抜いた。


 ────グラリ。


 呪いの棘の効果は抜群だ。

 一気に足が砂のように砕け、バランスを崩してドミノ倒しのように幾人か巻き込んで倒れる。


 一気に数が減ったことでこちらが優勢。

 サティスも負けじと魔術で対抗する。


「グラビスの開いてくれた道を、このまま閉ざすわけにはいきません!」


 蒼白いエネルギー球をいくつか空間に召喚し、そこから光線をいくつも放った。

 巨人は装備で防御を図るが、押し返されてよろめいてしまう。


「今です。ラネス様、避難を!」 


「わ、わかった!」


 途中まではサティスが同行。

 そのあと兵士たちがやってきたので、護衛を引き継ぎをしてすぐに現場に戻る。


 巨人たちはグラビスの魔剣で少しずつ数を減らしていっていた。

 蛇腹剣特有のリーチの長さと変則的な動き。


 それが魔剣レベルのものとなれば、その規模と強度は折り紙付きだ。

 まるで何十年も使っているかのような捌き方でグラビスは伸び伸びと使っていた。


「……これで、終わりよぉお!!」


 スライディングしながら魔剣で一気に足を引っ掛けていく。

 バランスを崩した残りの巨人たちは悲鳴を上げながら頭から地面に激突。


 巨人ミイラ軍団の完全沈黙が確認され、グラビスはやってきたサティスに得意げに笑って見せる。


「どーよ! アタシの魔剣捌き! 最高でしょ?」


「……えぇ、こればかりは認めざるを得ません」


 サティスもつられて笑った。

 初めて魔剣を持ったにも関わらず、それを状況の判断と自らの持ちえる知恵とセンスで困難を乗り切った彼女に敬意を抱かずにはいられない。


「さぁ、セトたちの加勢に行きましょう。まだふたりは戦っています」


「このアタシがいりゃあもう大丈夫よ!」


 

 一方、セトとヒュドラはスライム相手に善戦していた。

 見た目に惑わされなければ攻撃のパターンなどは意外にも単調だ。 


 動きに合わせて一撃を叩き込んでいける。

 ただ一番厄介なのが────。


「ダメだ……すぐに奴は回復する」


「内部の結晶からエネルギーを得ているらしい。ダメージを受けても延々と回復し続けるな。セト、どうする? 私が奴の内部に突っ込んで……」


「いや、それは……」


「……すまない。だが、これでは堂々巡りだ」


「その方法だとヒュドラが吸収されるかもしれない」


「かもな。だが今の状況だと……」


(ラネス様は無事逃げれたらしい。でもコイツがいる限りまたミイラを復活させるかもしれない。早く手を打たないと……ッ!)


 そのとき────。


「アタシをお探し?」


 突如背後から天井のほうへと行く影が現れ、その主がニヤリと笑んだ。


「グラビス!?」


「グラビスお前……なんてところに移動してるんだ」


「へっへー、なんかよくわかんないけど、ようはあの中の結晶を引きずりだしゃいいのよね! 任せな!」


「グラビス……」


「ふぅ、ようやく追いついた。セト、彼女が魔剣で結晶を引っ張り出している間、援護をお願いします。私はまた奴を凍り付かせる準備をしますので」


「……わかった。行こうヒュドラ」


「あ、あぁ」


 スライムはまた雄叫びを上げながら襲い掛かってくる。

 ドラゴンキラーの破壊力は未だ健在であり、前線に立つふたりは命がけで敵の注意をグラビスから逸らした。


 グラビスはというと、天井から軽業のように飛び降りて石棺に着地。

 石棺に隠れるようにしながら、魔剣解放と結晶を取り出す機会を待った。


 そしてそれはすぐに訪れる。

 スライムのブヨブヨした部分から結晶が少し飛び出た。


 あそこの部位は結晶がもっとも外部に近くなる場所。

 カッと目を見開き、魔剣に力を込めた。


「魔剣、解放────ッ!!」


 赤紫色の波動めいたエフェクトをまといながら刀身は伸びていく。

 ザクリとスライムの肉の部分に深々と刺さるも勢いは一切とどまらず、雁字搦がんじがらめになるようにして結晶を絡めとった。


「いよっし!! 引っ張るぞオラァアア!!」


 石棺の角を支点にし、魔剣使い特有の身体能力を駆使してグイグイ引っ張り上げる。

 スライムは慌てたように結晶を引き戻そうとするが、魔剣の力に引っ張られてズリズリとバランスを崩していった。


「んんんもぉおおちょいいいいいいい!!!」


 グラビスが頑張る中、スライムは方針を変えて再度飲み込もうと身体をぐねらせた。


「そうはいきませんよ。今度の氷属魔術は……先ほどの比ではありませんから!!」


 サティスの放ったそれはまさしくスライムにとっては、思わず死を予感させるほどのものだった。

 しかしなんとか結晶との結合は保ったまま、スライムは見る見る内に凍っていくことに。


「やった、のか?」


「あぁ……でも」


 セトが結晶を見やる。

 かの輝きに衰えはなく、繋がり合ったスライムにまだ恩恵をもたらしていた。


 今はまだ凍っているが、復活も時間の問題だ。

 完全にこの敵を仕留めるには……。


「ねえ、このままアタシの魔剣で砕いてもいいけど……この中の人どうすんの? てか誰?」


「セトの、お母様ですよ」


「……え?」


 グラビスは思わず魔剣を引っ込めた。

 普段のあっけらかんとした態度は消えて、その表情には一種の深刻さが張り付いている。


「……」


 セトは無言で結晶の近くまで行く。

 『完全なる永遠の眠りについている/まるで今眠ったかのような』母の姿をじっと見て、魔剣を握りしめた。


「待てセト、その結晶を斬る気か? ……私がやる。この宝剣ならばそれも容易いだろう。君がそんなことをする必要なんてない」


「この人は、俺の、お母さん? だ。俺がやらなきゃ」


「だからこそだ。いくらもう、その……眠っているからと言って、子が親に刃を向けるなど……」


「ありがとう。でもいい。だったらなおさら、友達にそんなことさせられない。大丈夫だから」


 セトはヒュドラに笑顔を見せる。

 あまりにも穏やかな笑みに、ヒュドラはそれ以上なにも言えなかった。


 グラビスは目を伏せながら背を向けて、キセルを灯す。

 サティスはセトの覚悟にオロオロとしていた。


 そして運命の時は訪れる。


 安らかな顔で眠る若き母。

 相対する息子。


 結晶という壁に阻まれながらも会合を果たしたふたりにあるのは無言と静寂。

 目を合わすことはもちろん、その肌の温もりを知ることもできない。


 ようやく会えた息子セトに許されたのは、抱擁ではなく介錯だった。

 思い出はない、だがどこか心が軋むのは、母という存在に本能的な部分が悲鳴を上げているからだろうか。


 魔剣を両手で振り上げたセトの姿に、サティスは思わず絶句し、そして密かに心の中で恐怖した。

 彼の戦いっぷりは今までずっと見てきたが、腰をためたあの後ろ姿から発する静かで冷たい気配。


 ────鬼だ。


 小さくも力強い、だけど吹かれれば消えてしまいそうな影を宿す、そんな鬼。

 魔剣解放、そして黄金のガントレット『リヴァイアサン』によるブーストで、彼の陰影がさらに濃くなった。


 ────バシュッ!!


 袈裟懸けに下ろされる刀身はものの見事に結晶を切り裂く。

 砕ける、というよりも光の粒子となって霧散していく結晶は、どんな輝きよりも美しかった。

 

 母の姿も同じく霧散し天に昇っていく中、セトは哀悼の意を込めて静かに血振りと納刀を行う。

 無骨に育ったゆえ、ろくな手向けもできないが、せめて真の意味で安らかに、と。


「ふぅ、あ、ヒュドラ、まだ終わってないんだ」


「え、あ……」


「その宝剣でスライムにとどめを刺してくれ」


「……わかった」


 いつものように淡々と。

 大丈夫なのかなとヒュドラもグラビスも思い、内心ホッとしたようだが……。


「セト……」


 ずっと彼を見てきたサティスは、その心の様子を感じ取っていた。

 ポーカーフェイスを決め込んではいるが、内心とても揺らいでいることに。


 心配をかけさせたくなかったのだろう、と。

 

「フン!!」


 宝剣がスライムを真っ二つに斬り裂く。


「ギィヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 それはまるで天を仰ぐような仕草で身をよじらせ、そして徐々にドロドロと朽ちていく。

 騒動は終わったかに見えた、が……────。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


「え、ちょっと今度はなに?」


「い、遺跡が、崩れ始めてる?」

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