第133話 セトの過去と遺跡の魔物

 戦争が起きる前、民随一の戦士と巫女との間に子供が生まれた。

 巫女の子供とあって、大切に育てられるはずだった。


 しかし、国が赤砂漠の民を滅ぼすために戦争をしかけてきた。

 戦況は劣勢、巫女の夫は戦死し、次第に追い込まれて民たちは散り散りになってしまう。


『私の可愛い子……アナタは、生きて』


 巫女は最後にそう言い残し、侍女のひとりに託して戦陣を駆けて行った。

 愛する夫を亡くし、自らが前に出てわずかな手勢で敵軍を退けたとのことだ。


 血生臭い熱風が吹き抜け、砂漠の調和が乱れたとき、砂のウェンディゴが活動を起こす。

 それを食い止めるために自らが人柱となった。


 せめてもの思い出と民たちが生きた証をここに残すために。


「……私が話せるのはこのくらいか。かつて赤ん坊だった君がもうこんなにも大きくなったとは。長生きはしてみるものだな」


「なぁトゥート。俺の、その、おかあ……いや、この人を目覚めさせることはできないのか?」


「……それは無理だ。結晶化した地点で彼女の意識はもうこの世には存在しない。それにこの結晶がなくなることはここ一帯が飲み込まれることを意味する。巫女による特殊な術は雑多な技では壊れんのだよ」


「そうか」


 セトは短く答えると、しばらく傍にいたいと言って、結晶の奥の母をジッと眺めていた。

 そんな彼に背後から腕を回して頭を撫でながら、サティスもまた一緒に眺める。


 セトが今どんな表情をしているかを見る勇気がなかったが、それでも今は彼の傍にいたいとサティスは奥歯を噛み締めた。


 過酷な人生を歩んできた人間の出生ルーツを辿るとき、そのほとんどが知りたくもなかった現実だ。


 ────セトは今なにを感じているのだろう。

 記憶も定かではない母親の成れの果てに、セトは黙ったまま微動だにしなかった。


(今はこうしてあげられるのが精いっぱい、か)


 こういうときにどうするのが正しいのか、考えてみても答えなど出るはずがない。

 できることと言えば、ただいつものように寄り添うだけである。


 トゥートはそんなふたりに気を遣いその場を静かに離れていった。

 まだまだ調査をしなければならない場所が多くある。


 気を入れ直して、ひとりの知恵者として現場に指示を出そうとしたときだった。


「トゥートさん、少し……」


「ん、なにかな?」


「はい、実は各所の調査報告で、妙な報告が上がっているんです」


「妙な、とは?」


石棺せっかんの一部が破損して、内部のミイラがまるで食い破られたみたいに滅茶苦茶になっているものが多く見られるそうなんです」


「なに? ……木棺ならともかく石棺だぞ? しかもあの分厚さだ。ネズミが食い破られるわけもないし、数人がかりでやっとフタが動かせるほどの重量だ。簡単に破損などありえん。ましてや内部のミイラを……」


「我々もそう思います。それともうひとつ、『なにかを引きずるような音』が聞こえてくるようなのです。現場A、現場B、現場Eとで多くの調査員がそれを確認しています」


「……なに?」

 

 トゥートは背筋が凍るような感覚を覚える。

 嫌な予感がと脳内で音を立てて、視覚や聴覚に警鐘を鳴らした。


「まだ調査していない場所はあるかね?」


「あるにはありますが瓦礫や砂で埋もれて行けない場所のほうが多いですね」


「……まずい」


 そう呟いた直後だった。


 ────ズリ、ズリ、ズリ、ズリ……。


 例の音が聞こえた。

 それはこの空間に響き、全員の耳に入る。


 現場に緊張が走り、誰もが未知の恐怖の中で動きを止めた。

 

「サティス」


「えぇ、わかっています」


 セトは魔剣を抜き、サティスは魔力をためて備える。

 音の主は、現場全員のことなどおかまいなしに行動をしているのだろう。 

 

 正体はもちろん、目的が読めない。

 見えない気配と引きずる音が、セトたちの神経を嫌な方向に刺激していく。


「サティス、前へ出る。後方を頼む」


「了解」


 背中合わせになるように、ゆっくりと前へ進む。

 あれだけ慌ただしかった現場には、セトとサティス、そして謎の音しか響いていない。


 そして中心部くらいまで進んだときだった。

 ドゴンッ! と大きな音を響かせ床が揺れる。


「来るぞッ!」


 セトが叫ぶ。

 その数秒後に石畳の床を突き破ってドロドロとした巨大な半液体状のものが飛び出てきた。


 思わず鼻を覆いたくなるほどの腐臭。

 異様なうねりを見せながら、内部から巨大な剣を取り出す。


「なんだあれは……」


「まさか、これが噂に聞く伝説の魔物……スライム!?」


「これがスライム? プヨプヨして可愛い見た目って大人から聞いたことあるんだが。これじゃまるで」


 そう、ブヨブヨした肉塊だ。

 触手のように器用に変形させて柄をを握りしめ、周囲の調査員たちを石棺もろとも薙ぎ倒してしまう。


 それはかつて巨人たちが愛用した大剣で、ドラゴンキラーとも称されるほどの代物。

 まるで殺戮を愉しむように、その大剣を振るっていく。


「くそ、サティス。援護を頼む」


「わかりました!」


 セトは魔剣を振るい、巨大な剣を振るうスライムに挑む。



 悲鳴と戦いの喧騒はほかの現場にも響いていた。

 ヒュドラやラネスは人員の避難に徹する。


「ラネス様! ここは私に。早くお逃げください!」


「ダメだ! まだ奥のほうに取り残されている。それを見捨てることなどできない!」


「しかし……ッ!」


「ヒュドラ。私とともに来てほしい。皆を助けたい」


「……この命に代えても、アナタをお守りいたします!」


 ヒュドラとラネスが駆けていく中、秘密の扉を見つけて宝を物色していたグラビスは状況が飲み込めず半分パニックを起こした。


「ちょ、ちょっと皆どこ行くのよ。てかなにこの地響き? もしかして地震!? ────ギャ!!」


 凄まじい衝撃にグラビスは尻もちをつく。


「いった~。もうッ! なんだってのよ! なぁんでアタシがこんな目に……あれ?」


 ふと、手元を見ると細長い宝箱があった。

 どの箱よりも、どの宝石よりも目立つ深紅の箱。


「……これって」


 グラビスはそっとその箱を手にした。

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