第132話 ウプーアウト砂漠の遺跡と結晶の中の女
ウプーアウト砂漠。
延々と続く柔らかな砂と雲ひとつない青々とした空の世界。
かつてそこにもなにかの文明があったかのような名残が墓標のようにチラホラと見られ、ドラゴンのように大きく角の生えた頭蓋や胴部分の骨などが散らばっている。
太陽が照り付ける中、調査隊は数日かけてようやく『赤砂漠の民の遺跡』へと辿り着いた。
遺跡というよりかは石造りの街といおうような感じで、鳥獣の頭をした人間の彫像や壁画がいくつもある。
遺跡の奥の宮殿めいた巨大な四角錐の建造物。
遠めからでもわかるほどに奇妙な造形で、いかにしてこれを作ったのか目を見張るものがある。
出迎えの責任者たちに案内され、キャンプ地へと合流。
その後すぐに内部へ入り調査に加わった。
「これが赤砂漠の民の……見てくださいセト。これは神々の書庫を表す壁画です」
「神々の書庫?」
「遥か昔とある国に存在した、別名『神の頭脳』とも言われた巨大図書館です。……ですが長い歴史の中で焼き払われて、もう残っていないそうなんです。残念ですね……」
「そんなすごいのがあったのか……」
「赤砂漠の民はそういったものとなにか関連があったのでしょうか。う~ん……」
「う~ん」
「ロマンスの邪魔して悪いけどね、早いとこ奥進みたいんだってさ」
「あ、すみません……」
グラビスにさとされて、ラネス隊の後方へとついていく赤面したサティスとセト。
壁画がところせましと描かれた通路を進み、地下への道を下っていく。
その先にあるのが問題の場所だ。
巨人たちの石棺があり、奥の部屋に謎の結晶がある。
そして、セトたちはある老人と出会うことになった。
「ようこそお越しくださいましたラネス様。私は『トゥート』と申す者です」
「貴公がトゥート殿か。よろしく頼む」
ラネスへ頭を垂れ、再び調査の号令がかかったときだった。
セトを見たトゥートの表情が、恐怖におののくようにこわばる。
その視線に気づいたセトもまた、彼の瞳を見てハッとした。
セトと同じ『赤砂漠の民』の生き残り。
「君は……まさか……」
わなわなとした様子でセトに歩み寄る。
セトは小首を傾げながらもトゥートの雰囲気の中に、妙な懐かしさを感じていた。
同族意識という奴なのか。
「トゥート、だったな。俺はセト。俺は赤砂漠の民の生き残りらしいんだが……」
「あ、あぁ、そのとおりだとも。君はまさしく……よく生きていた。よく生き残っていた今日この日まで」
トゥートは片膝をつくようにしてしゃがみ込み、セトの肩をさするように力強く持つ。
サティスはその様子をなにごとかと心配したものだが、セトの様子を見る限りかなり友好的であるためひとまずは安心した。
「あの、アナタは? この子を知っているんですか?」
「……こちらは?」
「サティス。俺の大事な人だよ」
「……そうか」
立ち上がったトゥートの表情から険しさは消えている。
こうして見ると祖父と孫のようだ。
「君がこうしてここへ来たのは、最早運命なのかもしれないな」
「アンタはここでなにをしているんだ?」
「見てのとおりさ。私はここの調査隊の一員さ。専門家とでも言うべきかな」
「専門家、ですか? この遺跡のこと、ご存じなんですね」
「ご存じもなにも、若いころに何度も訪れたからね」
トゥートは生き証人なのだ。
彼は赤砂漠の民がどんな風に暮らしていたか、そしてこの場所がどんなところかも知っている。
「赤砂漠の民は先の戦争で滅び、生き残りもいるだろうが皆散り散りになってしまった。だがこうして巡り合えたことは奇跡にも等しい」
「なぁ、俺にこの場所のこととか故郷のこととか詳しく聞かせてくれないか?」
「やはり気になるかね」
「あぁ、知りたい。今まで自分の過去を知るなんて気にも留めてなかった。でも赤砂漠の民って聞いたときから、妙に気になってたんだ」
「……そうか。自分の出生を知りたがるのはむしろ当然のことだ。いいだろう。教えてあげよう」
「あの、すみません。私も一緒にいいですか? 私はセトとずっと旅を続けてきました。私もセトのことを知りたいんです。これからも彼の支えになりたいんです。お願いします」
セトのうしろから撫でるように肩に手を沿えるサティス。
その姿にトゥートはある種の懐古の念を向ける。
「わかった。奥へ案内しよう。……セト、君にとっては恐らく衝撃的な事実かもしれない」
「俺にとって?」
「あぁ、……────
石棺が規則正しく並ぶこの空間を通る中で、巨人についてかいつまんだ説明を聞いた。
古き時代においても巨人とウェンディゴは互いに近しい存在であったということだ。
長い歴史の中で赤砂漠の民はそんな巨人たちと親交があり、互いに尊重しあった。
巨人が死んだときこうしてミイラにするのは、来世でもまた偉大な存在であるようにとその証を残すためだとか。
「巨人と密接な関わりを持つ民族、ですか。聞けば聞くほどに不思議な方たちだったんですね」
「ふふふ、そうだろうて。数少ない生き証人たちが赤砂漠の民のことを後世に残そうと奮起していると聞く。だが、私を含め皆歳だろうしな……どこまでできるかな」
「私、詳しく知りたいです」
「俺も、話を聞きたい。自分と同じ民族がどんな人たちだったのか……」
「そう慌てずともこの奥の部屋へ行けば嫌でも知ることになろう」
歩いていくうちに奥の部屋への入り口に辿り着いた。
両側に武装した巨人の石像が鎮座しており、ここがどれほどに重要な場所なのかがわかる。
周囲の壁画も一層に異次元的な色彩を放っており、見る者を魅了していく中、トゥートの背負う雰囲気が重くなった。
それを直に感じながらも、ふたりは彼のうしろをついて行き、中へと入ると、部屋の奥に続く階段の上に巨大な琥珀色の結晶が羅針盤のような盆の上に浮いていた。
そしてその中には……。
「人が……サティス、中に人がいる!」
「女の人、ですね。とても若くて、ついさっき眠りについたような安らかな顔をしてる……あの、これは一体?」
ふたりの視線がトゥートに注がれる中、彼は結晶に歩み寄るとセトに隣へ来るよう手招きする。
セトは息を吞みながらもトゥートの隣へ。
「これを見てどう思ったかな?」
「どう思ったって……いや、なんでこの人がこの中にってくらいしか」
「まぁそうだろうな。……君が生まれてすぐだ。彼女は自ら進んで結晶化し、砂漠の調和を保っているのだ。もっとも、今はウェンディゴが活動的になって、この遺跡も砂の中へと沈む運命にあるだろうが」
「俺が生まれてすぐ? 一体、どういうことだ? 俺とこの人になにか関係があるのか?」
「あるとも」
そう短く答え、結晶の中で眠り続ける乙女を見上げる。
彼女はすでに結晶の一部と化し、すでに生命としての機能は失われているとのことだ。
セトはわからずじまいだが、ここでサティスがハッとした。
結晶の中にいる女性とセトの顔はどこか似ている、いや、セトの顔にはこの女性の面影があるのだ。
すなわち……。
「セト。この中にいるのは……────
「俺の……ははおや?」
呆然とするセトに、トゥートは呟くように過去のことを話してくれた。
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