第131話 出発前夜で

 赤砂漠の民がかつて儀式に用いていたとされる場所。

 そこには不可解なものがたくさんあり、調査が進められてはいるが、いかんせん人数が足りない。


 そこでクライファノ家に白羽の矢が立ったのだ。

 ラネスは自ら進んで役割を買って出る。


 白銀都市から解放されてから、ずっとアダムズに労われていたが、かつての妻として、現役の騎士として今までの分アダムズに報いたいと。


「君たちは非常に腕が立つ。仮になにかトラブルが起きても即対処できる逸材だ。サティス殿の知識は調査の役に立つし、セト君の武勇は間違いなく安心して背中を預けられるものだ。どうだ、私に力を貸してはもらえまいか?」


「私たちの力をですか」


「……いいんじゃないか、サティス。俺もそこには興味がある」


 珍しくセトは乗り気な態度を見せる。

 赤砂漠の民の遺跡は、自分のルーツを知ることができる唯一の場所かもしれない。

 

「セトもここまで言っていますし、私自身特に異論はありません。謹んでお受けいたします」


「助かる。急ではあるが出発は明日の早朝だ。それまで準備をしておくように」


 ラネスは安堵の表情を浮かべながら立ち上がり、部屋を去っていった。

 ほかにも声をかけたり、書類をまとめたりと責任者は忙しいらしい。


 足早に廊下を歩いて、次の場所へと向かって行った。


「また忙しくなりそうだな」


「そう言うわりにはやる気満々ですね」


「そうか? 普通だぞ」


「嘘ばっかり~。……それにしても砂漠ですか。暑いでしょうねぇ」


「暑いだろうな。でも俺たちなら大丈夫だろう。これまでもそうだったんだから」


「あら、自信もありあり。そこまで信頼されては弱音も吐けませんね。あ、セトは弱音を吐いてもいいですよ? ちゃぁんと甘やかしてあげますから。なぁんて」


「だ、大丈夫だ!」


「あ、今ちょっといいかもしれないって思ったー」


「思ってない!」


 そんなこんなで夕食の時間となった。

 ふたりで仲良く並んで食事をとっていると、グラビスとヒュドラが同じ席にまでやって来る。


「聞いたわよ。アンタら赤砂漠に行くんですって?」


「我々も同行することとなった。ラネス様は精鋭を集めて任務にあたるつもりだ」


「あらアナタたちも? ……ふぅん、ずいぶんと張り切っておられるんですねあのお方は」


「アダムズ様に報いたいという思いがひしひしと伝わった。こちらも気合が入るというものだ」


「まぁアタシはお宝さえありゃいいんだけどねぇ。……あ、もしかして魔剣もそこにあったりして!」


「アナタはそればっかりですね……」


「まぁいいんじゃないか? 俺だって似たような動機だし」


「セトの動機はもっとしっかりしたものじゃないですか」


「そうか? まぁでも、こうしてまた皆で行けるんなら怖いものなしだな」


「お、言ってくれんじゃん。セト、アンタも魔剣探し手伝ってよね。アタシの勘がビンビン反応してんのよ。赤砂漠の民の遺跡にゃきっと魔剣があるって」


「……盛大に外しそうですね」


「同感だな」


「まぁ、手伝うだけ手伝うよ」


 4人での団らんのあと、各々自室へと向かい準備をし始める。

 本日の夜と、明日を使っての作業だが、サティスとふたりでやればすぐに終わるだろうと。


 作業もひと通り終わって、就寝時間。

 ふたりとも眠りにつくが、セトは夜中に起きてしまう。


 赤砂漠の民の遺跡のことを考えていて、浅い眠りとなってしまい、ちょっとした物音で起きてしまった。

 隣のベッドでサティスは寝ている。


 彼女を起こさないように、セトは外の空気を吸いに行った。

 時刻は真夜中、星々の輝きが一層増す時間帯だ。


 中庭で夜風に目を細めながら、空を見上げると、ふと流れ星が西方へと飛ぶのが見えた。

 これから進むべき方向を暗示しているかのようなほんの一瞬の出来事に、セトは息を吞む。


(俺はどこから来て、どこへ行く? 今までそんなことは考えたことはなかったが、不思議な気分だ。知りたい……そこになにがあるのかを)


 もしかしたらなにも見つからないかもしれない。

 しかしそれでも、強い好奇心にも似たなにかがセトの心をくすぐる。


 そろそろ部屋へ戻ろうとしたそのとき、視界の端にナーシアが映った。

 もう寝たかと思っていたのだが、彼女もまた静かに星を見ていたらしい。


「ナーシア」


「あ……セト君」


「アンタも眠れなくて、ここに?」


「え、そ、そうなの! いやぁ偶然だね。こんなところで……」


 目が泳いでいる。

 セトがいると気づかないほどになにかを考えていたのか、その表情からは困惑と焦りが見て取れた。


「……なにかあったのか?」


「な、なにかって?」


「たとえば、そうだな。夕方に来たラネス様のこととか」


「ぁ……」


 ナーシアは言葉に詰まる。

 胸の前で拳を握るようにして、苦しそうな表情をしていた。


「……お爺様が若いころに結婚した人だっていうのは知ってる。だけど、なんだか複雑なんだよね」


「複雑?」


「うん、お爺様はラネス様がいなくなってから、若いころのお婆様と再婚なされたの。でも、お爺様の中にはずっとラネス様がいて……。私が生まれて、お爺様は私のことを可愛がってくれた。でも、それは本心からなのかなって。だって、私はラネス様の孫じゃないから……。もしかして、ずっとうとましかったのかなって。そんなこと思っちゃって……」


「ナーシア……」


「アハハ、私ってバカだよね。ひとりで色々考え過ぎちゃって! でもね……やっぱりどうすればいいかわかんないよ。ラネス様のこと真っ直ぐ見れない。私のことどう思ってるのか、そう考えると怖くって」


 ナーシアは溜め息をひとつ。

 吐き出される透明な心配事は煌めく光に掻き消されるように、虚しく宙に散っていく。


 彼女から感じ取れるのは、孤独、一種のさびしさだ。

 さびしさ、マヌケな字面のくせに一度心に絡みつけば激しい衝動を伴う。


 ナーシアはそれを抱えこんでいた。

 まだ少女と言われる年代の子供には、少々重すぎる感情の渦。


「人間関係は複雑だって、ラネス様は言ってた」


「え……?」


「もっとシンプルに考えれば、円滑に進むんじゃないかって。本人も悩んでたよ。これがどういう意味を持っているのか、それはアンタが好きに解釈すればいい。でも俺はふたりが仲良くなればいいなって思ってる」


「私と、ラネス様が?」


「あぁ。とにかくお互い話してみたらどうだ? 早朝、俺たちは砂漠のほうへ行く。だから帰って来てから話すことになる。それまで俺がラネス様を守る。絶対に」

 

 ラネスもナーシアも互いに一歩踏み出せないでいる。

 もしも彼女を救い上げられるとしたら、それはラネスだけであり、時間に取り残されたラネスに歩み寄れるのはきっとナーシアだけだ。


 恐らくアダムズとしても心中複雑なはずだ。

 ナーシアとラネスの関係がどうなるか、彼自身気になっているだろう。


「お休み、もう俺は休むよ」


「……うん、わかった。ありがとうねセト君」


 ナーシアは静かに手を振ってセトを見送った。

 ひとり中庭に佇むナーシア、そして陰でこっそりとなりゆきを見守っていたラネス。


(……なにをやっているんだ私は。アダムズの孫に抱え込ませて、セト君に気を遣わせて……)


 ナーシアは祈るように両手の指をからませ、星を見上げていた。

 その姿にラネスは自らの弱さを見る。


 覚悟を決めなくてはならない。

 必ず帰ってこなくてはいけない。


 ナーシアもラネスも踵を返して、自室へと戻っていった。

 




 

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