第127話 怪貌なるレイドと妖変なるアンジェリカ

 チヨメの斬閃がドス黒く染まったレイドの肉体を幾重にも裂いていく。

 噴出するそれはもはや血とは思えないほどのエグみある色合いだった。


「こんにゃろ……魂の奥底まで腐ってやがる。臭いでわかるぜ」


「腐っている、だとぉッ! 勇者であるこの僕に向かって貴様ァァァアアアッ!!」


 呪いにまみれて腐臭を漂わす剣を振り回しながらチヨメに迫る。

 斬られたとは思えないほどの身のこなしで、チヨメに居合をさせまいと躍起になっていた。


(チィ……こいつなにやらかしたらここまでなるんだい!? 祟りそのものが人の形して歩いてるみたいな感じだ!)


「うぉぉおおお! これが勇者の力だぁあああ!!」


「んにゃろぉおおお!!」


 あまりの攻めと呪いの量に気圧され、チヨメの攻撃が遅れる。

 腹に狙う一撃を受け流しに切り替えたが、レイドの分厚い刀身と重みで、仕込み杖の刀身が負けてしまった。


 ────バキィイッ!!


 折れた刀身と、チヨメの身体が宙を舞う。

 咄嗟の防御で、斬られこそはしなかったがその衝撃に一瞬意識が飛びそうになった。


 呪いを払うことはチヨメの専売特許。

 しかし、今回のはあまりにも強大すぎた。


 吹っ飛ぶ方向にあるは川。

 そこへと入る前、レイドを強大な呪いに変えた元凶たる女の気配を感じとった。


「……クス」


「覚えとけやアバズレ!」


 水飛沫が高くはね上がると同時に、レイドの勝利の咆哮が炎と夜空に響き渡る。

 幼稚なはしゃぎ声をよそに、ネフティスはその辺の木箱の上に座って星空を眺めた。


 呪術、精霊との交信。

 大気のウェンディゴの眷族とされる『スーパーフライ』による上空からの偵察。


 その偵察目標こそ……。




「あぁ……もう我慢できない!」


 すべてを無に還す力。

 新たに与えられた命と引き換えに、世界を破壊しうる存在へと姿を変えられたアンジェリカは次々と街や基地を襲い始めた。


 まだコントロールが十分ではないが、それでもその破壊力はあまりに強大だ。

 これまで使っていた魔術とは比べ物にならない力に、アンジェリカはウットリと現実に酔いしれる。


「あぁ、たまらないわぁ……やっぱり私は選ばれた存在なのよ! レイドのくそったれやクソガキセトなんて目じゃないのよ鼻っからぁあ!!」


 要塞だった瓦礫の山々。

 最後のひとりの頭部を、人間のころでは持ち得なかった握力で握り潰した。


「ん~、好調好調。これなら一国をすぐに落とせるようになるのも近いわね。フフフ、こんなことを言うのもなんだけど、人間一度は死んでみるものね。だけど……」


 ふと自分の身体と衣装を見やる。

 体つきはそれなりに自信はあるが、こうも露出度が多いと少し恥ずかしい気もした。


「……いくらなんでもちょっと際どすぎないかしらこれ。……まぁ? 神話の女神って結構攻めてる感じありありだし、そういう目線で見れば私もねぇ……ンフフ、すべてを無に還す破壊の女神アンジェリカ。フフフフフフ」


 アンジェリカは高らかに笑いながら最後のひと仕事へと移る。

 巨大な瓦礫めがけて両手をかかげると力をためた。


 空間が軋み始め、荒れ狂う海のような歪みが一点に集中。

 空間そのものが破壊の凶器と化した瞬間である。


「────ヴォイドウェイブ」


 そう名付けた技は不可視の波動となり、瓦礫を炎もろとも飲み込んでいく。

 圧縮され粉微塵になる力そのものが前方へと乱流していき、一瞬にして辺りは初めからなにもなかったかのような更地へと変化した。


「アーッハッハッハッハッハッ!! 気分爽快! 誰にも私の邪魔はさせない! いいえ、もうすることすらできない」


 すでにこの世すべてを掌握したかのような高揚感。

 一度全世界を支配してから破壊するのも悪くないと、アンジェリカは計画を少しだけ変更する。


「面白そうじゃない。真の支配者は魔王でもなければ、人間でもない。────このアンジェリカよ!」


 そのためにしたいことを頭の中で列挙していく。

 まるで買い物でもするかのような陽気さで思考する中、少し浮いた状態でその場を離れていった。


 ……彼女の活躍をスーパーフライにより観察したネフティスは、実に満足そうだ。

 破滅と混沌はいつの時代もひとつの秩序を苗床として生まれ出るもの。


 そしてそれは順調に芽を育んでいる。


「さぁ、面白くなってきたわ。勇者レイドにアンジェリカ、そして魔剣使いセベク。すべてがぶつかり合うとき、上質なカオスが世界を包み込む。人間はどこまで太刀打ちできるかしらねぇ」


 またレイドを崇拝する振りをして、彼の背後をついて歩くネフティス。

 先ほど戦ったチヨメに関しては、もうほとんど気にも留めていなかった。


 彼女が流れ着く先にすらも────。

 

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