第126話 正気を失った元魔王と元勇者
旧魔王城内にかつての栄華はなく、ただ精神をきたした魔王が毎日のように
そんなときにイシスが来たものだから、余計に輪をかけて暴走し駄々っ子のようになってしまってしまっている。
「どぉ゛ぉ゛ぉ゛じでだよ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
「すっげ~声だすなぁ。あのね魔王、いや、元魔王さん。今日はスカウトの話をしに来たんだ。新たなる王セベクに仕える気はないかい? 一応さ、アンタも実力者なわけだしぃ」
「嫌だぁぁぁあああ!! 我が魔王なんだぁあああああッ!!」
「あのね、もうね、アンタの席はないの。世代交代ってやつなの」
「嫌だぁああああああああああ!! 勝手に決めるなぁぁぁあああ!!」
「老醜(ろうしゅう)を晒さず潔く去るか、それかこれまでのノウハウを活かして後続の役に立てるように陰ながら頑張るか。どっちかにしたほうが身のためだよ?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぶざげん゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
からかいに来たもののせめてもの情けとしてこうしてきたわけだが、あまりの惨状に冷静さを失いかけ眉をピクピクとさせるイシス。
舌打ちしそうになるのを我慢してあくまで営業スマイルを崩さずに話を続けようとするが、魔王が聞く耳を持たないため、どうしたものかと悩んでいた。
しばらくしてちょっぴり落ち着いた魔王だが、やはり怪しいオーラは抜けていない。
もう放っておこうかと思った矢先、魔王が涎(よだれ)を垂らしながら絡繰人形のように笑いだした。
「あ、あの~……元魔王さ、ん? ……魔王様~?」
「アイツが悪い……へへへ、ぜ~んぶアイツが悪い。そうだ。これはアイツの仕業だ。アイツが我を貶めたのだへへへ」
魔王の脳裏に浮かぶは、不敵な笑みを浮かべるサティスの姿。
今の自分がこんなにも落ちぶれてしまった理由をすべて彼女に結び付けていた。
「無能なふりをして実は我をウヒヒ……我をこうして貶めるつもりだったのだなサティスよぉお! なんたる女だ。あれだけ目をかけてやったというのに」
「いや、サティス姉さんはアンタが……」
「なぁにを企んでいるのだアイツは? いいやそんなものはどうでもいい。さっさと捕まえて拷問すればすぐに吐くだろう」
「いやだからアンタが……」
「この我をここまで苦しめるとは、さすがは策士なだけはあるなウヘヒヒヒヒヒ。たっぷりと罰を与えてやらねば。そしてわからせてやる。真の支配者は誰であるかをウヒャーッハッハッハッハッハッ!!」
「……ちょっといじり過ぎたかな。壊れちゃったよ」
バタバタと足をばたつかせながら笑う魔王を尻目にイシスはそそくさと去っていく。
正気を失った王にかける言葉(なぐさめ)など、この地上のどこにもありはしない。
そんなこんなで新たな魔王城に戻ったイシスは、セベクに一部始終を話した。
だが当の本人はさして興味もないようで「ほっとけば?」のひと言で一蹴。
「皆薄情だなぁ。仮にも元主だぜ? ほんの1分だけでも黙祷を捧げて上げりゃアイツだって浮かばれるもんなのに……」
「イシス様、魔王様はまだ死んではおられませぬ」
「あぁそうだったね。ってか、まだ魔王呼びなんだゴブロク。真面目ちゃんだなぁ」
「うぅむ……」
「どうだっていいじゃねぇかよあんな奴。ほっといたってなんもできねぇよ。……それより次の戦場だよ」
「えぇ~まだ行くの~? やれやれ、新しい魔王様は血気盛んだねぇ」
「だぁから魔王じゃねぇって。ってかなんで俺魔王になってんの?」
セベクは用意された煌びやかな玉座に腰かけ、眼前において平伏す魔物たちの列を見渡す。
ここにいる誰もがセベクに頭を垂れることに違和感を感じていなかった。
彼は魔物たちにとっての太陽だ。
長い苦しみの闇から昇ってきた黎明の光、時代の転換期の申し子。
イシスとゴブロクを腹心として傍に置き玉座に座りながらも、セベクは自分がなぜ崇められているのかさえ理解していない。
否、正直な話自分のことを崇めていようが軽蔑していようが、彼にはどうでもいいことなのだ。
「まぁ、戦って出世するってのはシンプルでいいけどさ。俺に政治を期待するだけ無駄だぜ?」
「王様が滅多なことを口にするものじゃあないよ。まぁ、そこのところはオイラに任せて。アンタはどっしり構えてりゃいいの」
「あぁそう。じゃあイシスよ。さっさと次の戦支度をしてくれ。俺は……そうだな、ちょっと寝るわ。なんかあったら起こしてくれ」
そう言って玉座の間をあとにするセベクに一同はさらなる礼を以て彼を見送る。
前の魔王以上に恐れられ、前の魔王以上に崇められる存在となったセベクは最早荒ぶる神と言ってもよい。
魔物たちは神が自分たちの王になってくれたのだと信じて疑わない。
それゆえにこの恍惚を抑えきれないでいる。
セベクが立ち去ったあと、少しまた少しと玉座の間を出る魔物たちを一瞥(いちべつ)しながらイシスは不気味な笑みを浮かべた。
これが嗤わずにいられるものか。
セベクの時代が来たということは、自分の時代が来たも同義。
黄金の夢がイシスに幻覚を見せる。
その心地良さに浸りながらイシスは次の戦の準備を始めることにした。
一方、とある国、とある村ではおぞましい光景が広がっていた。
コールタールのような人型が蠢きながら、人々を襲っている。
腐臭をまき散らし、老若男女問わずその肉を喰らい、家々を火で包み込んでいった。
その人型の発生源にして元凶が、村の外から歩いてきた。
────勇者レイドである。
黒く染まったマントは光をも通さぬほどに黒く、自慢の剣は刃毀れが酷く、禍々しい形状へと変化している。
やせこけて頬骨が浮き出たその顔は、最早人間の成れの果てそのものを現した存在だ。
「あぁやかましい。キャーキャーわめくな。僕が苦しんでいる間お前たちはなにをしてきた? 僕が世界のために尽力している間お前たちはなぜ怠けていた? お前たちのような存在が世界をダメにするというのに……なんで被害者ぶるんだ。これは制裁だ。天罰だ。これ以上罪を重ねないための救いだ。それなのに……」
ギョロギョロとした
呪術師ネフティスを背後に控えさせながら、侵攻を続けていく様に、抵抗していた村人のひとりが呟いた。
「あぁ、悪魔だ。この世界には悪魔しかいない」
「悪魔だとぉ? 勇者である僕を……救世主である僕を、悪魔と言ったか?」
「そのように聞こえましたレイド様。このような者は即刻に極刑に処すべきかと」
「言われずともだ!」
剣を振り上げ村人を斬ろうとした直後、とてつもない気配を感じた。
それは刹那的な斬撃のような気配。
向こう側の人型が一気に消し飛ぶのを見た瞬間、そのさらに奥から誰かが歩いてくる。
「冥府魔道に堕ちたヤローってのは臭くてかなわないねぇ。大義の言葉がありゃなんでもしていいなんざ、力に溺れたバカの台詞だよお兄さん」
杖を突きながらのそのそと歩いてくる紅白の衣装に身を包んだ極東の島国の巫女。
「誰だお前は……!」
「アンタと同じ地獄行きの人間さね。だけど、先にアンタらを地獄の大王様ンとこへ連れて行かなきゃ……筋が通らねぇって話さ」
かつてホピ・メサでセトと共闘し、そして別れた放浪巫女、────チヨメの姿がった。
顔は怒りで満ちており、自慢の仕込み杖は今にもこの世すべてを斬り刻んでしまいそうな剣圧を鞘の内に忍ばせている。
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