第125話 セベクは新たな次元へ

 セベクの歓喜の笑みはその人物をとらえる。

 最後のかなめである城のほうから背後に軍勢を引き連れてやってきた。


「ほう、お前が噂の魔王軍の斬り込み隊長のセベクという男か」


「そんな風に言われてんのか? 俺って昇格してたっけ? ま、どうでもいいや。続けて」


 豪華に着飾った戦装束の大男が、野太い声でセベクを見下ろす。

 セベクをひと目みた瞬間から襲いくる恐怖、しかし正義の怒りで心を煮やして自らを鼓舞した。


「俺はこの国随一の魔剣使い。言っておくが名乗るつもりはない。魔物にくみする外道に名乗る正義の者はこの美しき世界にはおらんのだからな!」


「構わんよ俺は。そのほうがゴチャゴチャしなくていいしね~」


「ふ、その余裕はいつまで持つかなッ!」


 空間から抜き出したるは、フランベルジュの形状をした魔剣。

 魔剣解放により、大男の瞳が赤黒く光を放つと、勢いよく刀身を天高く掲げる。


「冥土の土産に教えてやるぅぅう!! 我ぁぁぁが魔剣の銘は『心臓食らいの断罪アメミット』!! 見よこの美しきフォルム! この剣から繰り出される斬撃によって、すべてを焼き尽くぅぅぅすッ!!」




 勢いよくそのまま斬りかかろうとした直後だった。

 


「え、あ、あれ……おかしいな……も、もう一度、魔剣解────」


 キィィィィィィン……ッ。


 奇妙な音と光とともに、魔剣解放が途中で制御された。

 ハッとなった大男が見ると、セベクの額の瞳が妖しくも美しい輝きを放っている。


「な、なんだその光は……お前、この俺の魔剣になにをしたぁ!!」


「……」


 セベクは答えない、魔剣を構えようともしない。

 彼は今、かねてより試したかったことを実践している。


(太陽の瞳って言ってたなあの女。魔剣の力を打ち消すだけでなく、暴走させて持ち主をドッカン。……こういう力か。中々便利な代物だが……ん~、俺としてはちょいとつまらねぇな)


 顎を指で撫でながらその効力を実感するセベクの表情には、敗北の気配はまるで存在していなかった。


「おっとすまないな。考えごとしてた。……この瞳は使わねぇでやるよ」


「なに?」


「いや、じゃなきゃお前、俺を斬れないだろう? もっとも、今の俺に刃を突き立てられるかどうかすら疑問なんだけどなぁ」


 あまりの余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度に、大男は顔を赤くしながら上段に構えた。


「おぉ! 将軍の一撃必殺の技が出るぞ!!」


「総員衝撃に備えろ、来るぞ!!」


 人間たちのその言葉を聞いて、セベクは好奇心と殺意をにじませえた笑みをこぼした。

 今のこの肉体の性能を試すには、歯応えがなさすぎな相手が多かった。


 セベクは無形の構えで迎え撃つ。

 というよりも、彼は大男の一撃を受ける気でいた。


 セベクのオーラが強まる。

 ただの純粋な好奇心のみで。


「キィィィエエエエエエエエエッ!!」


 森の中の猿が叫んでいるような声が城下町中に響き渡り、大地を振るわせる。

 魔剣解放にて炎のエフェクトをまとった刀身がセベクに向かって振り下ろされた。


「チェストォォォオオオッ!!」


 魂を込めた一撃と、地獄のような熱によって起こる爆発と衝撃波。

 余波だけでも周囲の建物を破壊するには十分であり、その中心点ともなれば最早消し炭状態である。


「やったか!?」


 兵士のうちの誰かが叫ぶ。

 その声を皮切りに兵士たちの間で歓声が起こり、魔物たちは絶望一色に包まれた。

 

 爆煙が晴れてきて、人影が見えてくる。

 兵士たちは最初は将軍と慕う大男かと思ったが、だんだんと表情を曇らせていった。



 影はふたつあった────。



「あ、ぁあ……こんな、ことがぁ……」


 煙の中から姿が現れる大男の顔は、今のセベク並に蒼白だった。

 噴き出る汗と悪寒で身体が震え、身動きが取れない。


 魔剣の刀身は確かにセベクの左の首筋に当たっていた。

 だが、それまでだ。


 その先にはまったくいけていないどころか、肉に刃が食い込みすらしていない。

 フルパワーで放った攻撃に対し、セベクは変わらず薄ら笑いを浮かべながら佇むだけだった。


(俺は……俺は夢でも見ているのか? だとしたら悪趣味すぎるぞオイ。今のは俺史上最高にして最強の一撃だったんだぞ?)


「なんだよ。もう終わりか? そうじゃあないだろ? ……おーい」


(奴は何者なんだ? 本当に俺と同じ魔剣使いなのか? 魔物なのか? ……それとも、神か? 魔剣を操る……神? いや違うッ! たとえ神だからといってなんだ! こんな悪神をのさばらせておくなど、俺の正義が許さんッ!!)


 大男は咆哮し、決死の覚悟でもう一度振りかぶる。

 セベクはこの男の美しさを間近で感じた。


 うっとりとした表情で瞳を閉じ、唐竹割を放とうと振りかぶる

 しかし、先ほどまでと違うのが魔剣の様子だ。


 艶やかな黒色の刀身へと変わり、ボコボコとなにかが溢れ出ようとしている。

 


 これまで何百人もの命を刈り取り、『呪い』として刀身に宿らせた。

 呪いはさらなる呪いを生みだすため、『斬撃』という形を得て顕現する。


 墨汁で弧を描いたようなエフェクトを持つ斬撃は大男を真っ二つにし、その背後に控えていた大勢の兵士たちを巻き込むほどの規模となった。


 周囲にはまさしく墨汁をぶちまけたような跡が残っており、これらすべてが蝕む破滅の呪いである。

 グラビスたちが見つけたとされる呪いの残滓とは次元が違うものだ。


 ドロドロとじゅうじゅうと音を立てる光景を目の当たりにした魔物たちは、しばらくの沈黙のあとワッと歓声を上げた。


「うぉおおおお!! セベク様がやったぞぉ!!」


「おぉセベク様ぁ!」


「セベク様バンザーイッ!!」


 セベクはそんな歓声にわき目もふらず、魔剣をかざすと転がる死体の山と放った呪いのいくつかから、黒いオーラのようなものが湧き出て、刀身へと吸い込まれる。


「いいねぇ、放ってもこうして魂を吸い取らせ呪いに変換。放った呪いからはいくつかを再利用しまた補充できる。これはいいもんだ」


 魔王軍の士気が向上したことにより城内は騒然となった。

 将軍たるあの大男は死に、城も手薄同然。


 そこに魔物たちがなだれ込んできたのだから。


「セベク様に続けぇぇええッ!!」


「遅れを取るな!! 前へぇえええッ!!」



 セベクを先頭に殺戮が始まった。

 我々魔物の時代がやってきたと、個々の邪悪な笑みからひしひしと読み取れる。


 大地は血と絶望に塗り替えられ、天には勝利の咆哮が響き渡った。


「セベク……お前はずいぶんと恐ろしい存在になってしまった。いや、前から恐ろしい奴だったがな。……ゴブリン部隊時代からのつきあいだったからよくわかる。あぁ、でも……今のお前は、俺にとっては希望だ。希望なんだ。魔物にとっての救世主、神がいるとしたら……きっとそれはお前のことだ。ついて行くぞ地獄の果てでも」


 ゴブロクは燃え盛る城を遠くから見上げながら、その頂上で大地を見下ろすセベクに羨望の眼差しを向ける。

 セベクを新たな王として認める者も多く、残った古参の魔物も帰還したセベクに頭を垂れた。



 魔王領に建てられた新たな城。

 少数勢力ではあるが、セベクがいることでその士気は以前の倍以上だ。



 そして、もう誰も立ち寄らなくなった旧魔王城に、邪妖精イシスは今宵もひとりポツンといる魔王をいじりにいった。




「はぁい、魔王様。元気してた?」

  

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

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