第124話 勝利の余韻と生き霊、そして遥か遠い国での戦場で……
「で、聞いたとおり闘技場へ来てみたら……」
サティスは闘技場内の医務室に顔を出していた。
と言うのも、セトがそこで休んでいるというのを聞いたからだ。
学園に在籍する魔剣使いとの個人的な試合。
セトが自らそういったことをするとは思えなかったので、相手側が喧嘩を売るようなことをしたのだろう。
そしてセトは勝った。
降りかかる困難を、持ちうる限りの知恵と力、そして勇気で乗り越えたのだ。
「サティス……その、ごめん」
「……はぁ」
「サティス、セトを怒らないでくれ。彼はこの学園に来たときからずっとその人物に絡まれていた。それに私も止められなかった。責めるのなら私を」
「怒るつもりはありませんよ。ただ、少しふたりだけにしてくれませんか?」
「……わかった。くれぐれも怒るんじゃあないぞ? 頬を叩いたりなんてご法度だからな」
「わかりましたから早く出てください」
ソファーでうたた寝をしていたグラビスを起こして、ヒュドラは外へと出る。
ふたりだけの空間であるのに、なにか気まずさを感じてしまうセト。
こんな感覚は初めてだった。
大好きな人と一緒にいるのにだ。
「あ、えっと……なんて言ったらいいか」
「ですから私は怒ってもいませんし、謝る必要はありません。アナタは勝者なんですから、堂々としていなさい」
「え、あぁ。そうか?」
「そうですよ。聞けばちょっとオカシイ人だったんでしょ? 正当防衛ですよ正当防衛。私だって同じ立場なら同じことをしてたでしょうし」
「まぁオカシイというか、なんか俺のことを義弟(おとうと)にするだとか、幼いころはどうだったこうだったとか……」
「え、なにそれは……」
さすがのサティスもドン引きである。
この学園の実力者には変人しかいないのかと、こめかみに指を当ててないはずの頭痛に気を落とした。
「セト、その人にはもう近づかないように。というよりも変な人と思ったのなら極力近づかないこと。そして私に相談してください。報告、連絡、相談。大事ですよ?」
「わかった。気をつける」
「よろしい。……お疲れ様ですセト。まさか学園の中で戦闘だなんて災難でしたね」
「まぁそうだな。強敵だった」
セトにそう言わしめるほどにデアドラ・フラーテルの凶刃は恐ろしく、そして二度は味わいたくない。
凄味(すごみ)と妄執(もうしつ)だけなら、あのセベクに匹敵するだろう。
第二のセベクなど悪夢以上のなにものでもない。
そんなおぞましい考えを打ち消すように、サティスの伸ばした手がセトの髪を撫でた。
疲れた身体に彼女の優しさが染み込んでいくように、セトの心の緊張がほぐれていく。
「不要な戦闘は避けたいし、避けてほしい。でも、どうしてもっていうときは遠慮なくやっちゃいなさい。許可します」
「了解」
「もう少し休みますか? 私はもう仕事は終えましたから」
「シィフェイス先生と話したのか?」
「えぇ、彼、アナタの味方になったくれるんですって」
「それはいいけどさ……う~ん」
「どうかしました?」
「いや、あの人も大概変な人だから……避けていいのかなって」
「ケースバイケースですねぇ。手を握ろうとしたりしたときは避けなさい。むしろ手をひねってやりなさい。いや、もう肩ごとボキッって」
「さすがにそこまではしないけどさ……。なにかあったのか?」
「べっつに~。なぁんにもありませんよあんな奴。まぁ有能だから使ってやってるんです」
(久々に聞いたなこの幹部時代の偉そうな口調)
しばらくふたりの時間を過ごしたあと、ナーシアがやってきた。
どうやら生徒会での訓練やほかの仕事が終わったらしい。
気がつけば日も傾き始めていた。
生徒会長のオグマは早めに作業を切り上げ、皆に帰るよう指示したのだ。
その足で別の医務室に寝かされているデアドラの様子を見に行くらしい。
彼からセトへの伝言で「デアドラのことなら気にするな。俺がなんとかしておく」とのことだ。
「そうか、あの人には助けられてばかりだな」
「気にしないで。生徒会長も私も、皆も今回のことは申し訳なく思ってる。サティスさん、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、こうしてこの子が無事ならそれで。それにクライファノ家の方々同様、アナタ方のような心強い味方ができたことはなによりの喜びです」
「光栄です。あの、サティスさん! もしもよろしければ、お暇なときに魔術の修練とか勉強とかに付き合っていただいてもいいですか!?」
「えぇ、もちろん。アダムズ様も許可してくださるでしょう」
ふたりして微笑みあう光景に、セトはひとまず安堵の息をもらす。
身体を起こして装備を整え、外で待っていたメンバーとともに帰路へつくことに。
「あれ? セト、アンタ……」
「どうしたグラビス?」
「……ちょっと失礼」
そう言ってグラビスはコートの内側に備えてあった小さな呪具を取り出し、なにかをし始める。
全員怪訝そうに見ていたが、すぐに変化は起きた。
セトの身体からパチパチと静電気のような音が聞こえてきた。
特に痛みなどはないが不思議な感じだ。
起きたときよりも、ずっと身体が軽く感じられる。
現に右肩など、さっきまで少し重かったのだが今では普通にクルクルと回せた。
「はい、オッケー。ちょっとゴミがついてたから取ってあげた」
「随分大掛かりだったな」
「こーゆーのには手順があんのよ。さ、早く帰りましょうや。あ~お腹空いた」
「おいグラビス、少しは
「慎みで腹が膨れるかい。こちとら根なし草のアウトローよ?」
「今は宮仕えだろうに」
そういって前を歩くヒュドラとグラビス。
その様子を呆れながらも微笑むサティスとナーシア。
「……ん~、なんだったんだ?」
小首を傾げるセトを背後に、グラビスは帽子のつばの部分で視線を隠すように学園のほうに顔を向ける。
(言えるわけないでしょ。あの魔剣使いの女の『生き霊』が肩に噛みついてただなんて。未練ありすぎでしょアイツ。まだ取り憑いて初期の段階だったから良かったものの……あ~恐ろしい)
その後はなにごともなく、穏やかな時間を過ごしたのだが……。
その日の夜、某国では『新生魔王軍』の烈火のごとき進軍に飲まれ、滅亡の危機に瀕していた。
「さぁやっちゃうよぉ。セベクちゃん頑張っちゃうよぉ……」
血で染められたような夜空の下で、魔王軍は人間たちの防戦を押し退けていく。
そして、城下町へと侵攻した魔物たちは、殺戮の限りをつくしていった。
その中心となったのは言うまでもなくセベクである。
「なんだよ。もっと骨のある奴はいねぇのか!?」
笑みの中に退屈さを滲ませながら、ひとり大勢の兵士たちのほうへと突っ込んでいった。
前方への
着地する直後に振るわれた横薙一閃により、複数名の兵士の首なし胴が転がり、噴血とともに絶望と恐怖に歪んだ首が後方数mまで飛ぶ。
「な、なんだこいつは!?」
「まさか……魔剣使いか!」
誰も動けない。
人間だとか兵士だとか、そういった理屈を無視し、ただ生命という本能がセベクへと近づくこと良しとしない。
だがそんな命すらもてあそぶように巧みな剣捌きで、次々と死体の山を築いていく。
「この『姿』になってから、全然遊べなくなったなぁ……まぁ強くなったからいいけどさ」
その刀身には以前にはない不気味な刃紋が浮き出ている。
否、より鍛え上げられたとでも言うべきか。
魔剣『
それは持ち主に、「もっと血を寄越せ」と訴えているかのようだ。
長年この魔剣を振るい続けてきたが、魔剣にこんな力があるとは思いもよらなかった。
通常魔剣の能力は魔剣解放によってのみ発動する。
しかし、あの女ネフティスの大呪術によってもたらされたパワーは、魔剣『
肉を裂く音、刃からの振動音。
断末魔、噴き出す血流。
────すべてが鎮魂歌であり、生け贄であり、供物だ。
もはやセベク自身、以前の自分とはまるで別物だった。
死体のように白い肌で筋肉の張りも以前とは比べ物にならない。
額には太陽が如き黄金の瞳が現れ、周囲にはボコボコと真っ暗な水が泡立つようなオーラが出ている。
セベクという生命の力場が、ほかの生命を圧倒していた。
ゆえに近づけない、自らの本能が近づくことを許さない。
攻撃に対しいざ抵抗を示そうとしても、そのころには命を刈り取られている。
その圧倒的な強さに、魔物たちはセベクを讃える歓声を上げた。
「お、この気配は……なぁんだ、ここにも"魔剣使い"がいるのかぁ」
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