第128話 久々の午後のひとときはサティスと一緒に

 レイドやアンジェリカ、そしてセベクの不穏な動きに各国でも緊張が露わになる。

 それはこの王都『光の主人の船ラーウ・ホルアクティ』も例外ではない。


 魔王軍は少数ながらも勢いを盛り返してきている。

 加えて魔王討伐の旅に行ったはずの勇者、によく似た人物が各地を荒らしまわっているという噂もあとを絶たない。


 そして謎の力を使い、街や要塞を破壊していく女の目撃証言も出てきている。

 人類からすれば頭を悩ませる問題ばかりだ。


 しかしそんな中でも、セトとサティスは懸命に与えられた仕事をこなした。

 不安や恐怖が覆う時代でも、笑顔を損なわぬよう。


「……さて、今日は一緒に街にでも行きませんか?」


「街か。そう言えば最近は街に出ることもなかったな。行くか」


 今日はふたりとも非番で、久々のデートでもしようかという日。

 学園の出来事から数日経ち、日々が慌ただしくなっていく中で手に入れた至福の時間。


 本日は快晴なり。

 手を繋ぎながら賑やかな街並みを歩いていく。


 不安定な情勢が嘘のように、行き交う人々の顔には安堵の笑みで満ちていた。

 それを見るとどこか誇らしく、そして安心する。


「なぁサティス。もうすぐ昼だしなにか食べていこう」


「あら、もうお腹空いたんですか? ふふふ、相変わらずの食いしん坊っぷり」


「なっ! ふ、普通だよ普通! ホラ、昼も近いし誰だって腹減る!」


「はいはい、じゃあ一緒に探しましょうか。以前ビーフシチューを食べたあのお店なんてどうです?」


「あー、あの店か! おいしかったよなぁあのビーフシチュー。それに……」


 セトの中で美しい衣装をまとったサティスと踊った思い出が想起する。

 また踊るのかなと密かな期待を起こしたセトは、快く了承した。


 そしてそんなセトの脳内を容易に察知したサティスは、久々にセトをからかおうと。


「着替えてきましょうか? あのときの衣装に」


「へ!?」


「え~だってセトォ~。期待、しちゃってるんでしょ~? 私と一緒に踊ったときのあの時間を~」


「い、いや、そんなことは、別に!」


「え~本当ですかぁ~? 最近のセトはスケベになってきてるから~」


「す、スケ……! 俺はそんなんじゃないッ!」


「フフフ、冗談ですよ~。さぁ行きましょうか。今の時間帯ならまだ混んでいないでしょうから。さっさと行って席をとっちゃいましょう」


 またしてもからかわれたとぐぬぬとなるセトだが、サティスの笑顔の眩しさの前には無力に等しい。

 そればかりかもっと近くで見たいと、もっとかまってほしいとさえ思えてくる。


(あの美味いビーフシチュー食べながら、サティスと一緒の時間を、かぁ。あぁ楽しみだなぁ)


 セトの頬が自然にほころぶ。

 サティスの手を握る力が少し強くなる。


 サティスもまた握り返してくれると、これ以上ない幸福を感じられた。

 もうすぐで店に着こうかというとき、近くに生えていた木の下で女の子が泣いているのに気づいた。


(あれは……)


 セトより小さな子で、「お母さーん!」と叫びながら涙をいっぱいに零していた。


「サティス、あそこで女の子が……」


「迷子ですかね。……探してあげますか?」


「うん、そう、だな。ひとりであそこにいるのはさすがに」

 

 ふたりは女の子に話しかけるが、「お母さーん!」と泣くばかりで会話ができない状態だ。

 泣き叫ぶ女の子に困るサティスだが、セトは頭を撫でたりと割と積極的に慰めていた。


「お母さん……どこー。うぇぇぇ……」


「大丈夫だ。すぐに見つかる。だから泣き止んでくれ」


「うぇぇぇえ」


「一緒に探そう。きっと心配してる。アンタのその、……"お母、さん"に」


 一緒に探すという提案に、ようやく泣き止み始めた女の子。

 店は間近だが、予定を変更して母親探しをすることにしたふたり。


 ふたりで呼びかけながら歩いていくと、その子の親らしき女性が駆け寄ってくる。

 女の子を抱きしめて、セトやサティスに何度も頭を下げた。


「ありがとうございます! ありがとうございます! ホラ、アナタもお礼を言いなさい」


「うん、ありがとう。おにいちゃん、おねえさん」


「お、おう」


「フフフ、どういたしまして。もう迷子になっちゃダメですよ」


 親子はお礼を言って去っていく。

 その際女の子は振り向いてセトたちに手を振った。


 セトもサティスも手を振り返して、見えなくなったところで踵を返す。


「おにいちゃん、か。そうか……」


「あ、そういえばセトが年上扱いされるのってかなり珍しいんじゃ?」


「そうなんだよなぁー。まぁ、俺はまだ子供だからなぁ。仕方ないと言ったら仕方ないかも」


「あら、しょんぼりしちゃって。ふふふ、かーわい」


「か、可愛いって言わないでくれ!」


「だって本当なんですもーん」


「うぐぐ」


 うなるセトの頭を優しく撫でると気持ちよさそうに目を細める。

 サティスの好きな瞬間であり、セトにとってもサティスに撫でられるのは好きだ。


 こうされると気分が落ち着く。

 まるで────……。


「お母、さん……?」


「ん? なにか言いました?」


「いや別に。なにも言ってないよ。さぁ早く行こう。だいぶ離れちゃったみたいだしな」


「はい。私も動き回ったので少しお腹が空きました」


 再び手を繋いで店へと向かうふたり。 

 食欲をそそる匂いと、小粋な音楽がふたりを出迎えてくれる。


 人助けをしたあとの贅沢な時間。

 とてもいい午後になりそうだと、セトはまた頬を緩ませた。

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