第82話 ヒュドラ、雪のウェンディゴの試練
時は遡り、セトたちがホピ・メサの街に着いたころ。
「うわぁああ! うわ、うわ、うわぁあああああッ!?」
ヒュドラは洞穴を抜け出し、元来た道を全力で駆け抜けていた。
洞穴内で起き上がった巫女と一度戦闘を行ったが、まるで歯が立たなかった。
剣を引き抜き斬り裂こうにも太刀筋を読まれ、やっと皮膚に食い込んでも謎の力で弾かれる。
勝てないと判断したヒュドラは背中を向けて全速力で外へ出たのだが。
「なんでついてくるんだァァァアアアッ!!?」
巫女は終始無言の無表情のまま美しいフォームでヒュドラを追ってきた。
その速度は尋常ではなく、気を少しでも抜けば確実に追いつかれる。
雪で足を取られる中、巫女はまるでかなり慣れた感じなので分が悪い。
このままでは確実にどこかで追いつかれると思った矢先。
(ぐッ!? か、風が……ッ! なんだこの風は!? さっきまでこんな横殴りの風なんて吹かなかったのに!)
そう思い、視線のみを吹き込んでくる方向へと向けると、そこには恐ろしい存在がいた。
まるでそれは白い巨人の上半身だ。
大木のような太い腕で身体を支え、ヒュドラのほうに向かってくる。
身体中には無数の目が存在し、そのすべてが彼女を向いていた。
洞穴に入る前の視線は恐らくこれのせいだろう。
この存在こそ、────雪のウェンディゴだ。
一瞬にしてヒュドラは恐怖によって総毛立つ。
巫女は侵入者を追い、ウェンディゴは風を送ってトーテムポールからその侵入者を外そうとしているのだ。
まさに試練、これは完全なデッドレースである。
未来と懺悔を背負わなければならないヒュドラと、太古より存在する高次元的存在。
「くぅぅあああああああああッ!!」
ヒュドラは必死で駆け抜ける。
ここで終わるわけにはいかないと、魂の底から激しい闘志が湧いてきた。
荒れる吹雪に後ろからの巫女。
立ちはだかる難関に、ヒュドラは懸命に挑んだ。
彼女とてずっとサボっていたわけではない。
村での修練で達人たちに、これでもかと鍛え上げられたのだから。
しかしさすがはウェンディゴの猛威といったところか、吹雪に邪魔をされ走る速度が弱まってしまう。
後ろから巫女にしがみつかれ、トーテムポールを外れるように転げさせられた。
そのを見計らって雪のウェンディゴが外れた方向へとワープし、巫女とともにヒュドラを飲み込もうとした。
巫女をなんとか蹴り飛ばし、迫る右腕を回避する。
トーテムポールの近くに行けばウェンディゴはその範囲に入ってこれない。
まずはトーテムポールの範囲内に入るれるように再び走る。
だが巫女はしつこい。
とんでもない跳躍力でヒュドラの前に飛び行く手を防ぐ。
「そうくると、思ったぞ……オラァッ!!」
ヒュドラは巫女の顔面に大量の雪を押しつけ、視界を防いだ。
案の定見えなくなって慌てるような動作をする巫女の脇を通り抜けるように、ヒュドラはまた駆け出す。
雪のウェンディゴが後ろから追ってきた。
だが、ヒュドラの鍛え上げた脚力は爆発的なエネルギーを放出させ一気に距離を離す。
トーテムポールまであと少しといったその瞬間、なんと巫女が上空から掴みかかってきた。
反応が遅れ、もうダメかと思ったそのとき。
「────……ヒュドラ、伏せろ!」
突如聞き覚えのある声が吹雪の中から聞こえた。
言われた通りに伏せた直後、高速で飛んできたなにかが、巫女に直撃する。
握り拳より少し小さい鉄球だ。
巫女は胸を打ち抜かれ、そのまま後方へ吹っ飛ぶ。
だが致死どころか負傷すら見当たらず、ゆっくりと立ち上がろうとする。
飛んできた方向を見ると、そこには見知った顔が見えた。
「り、リョドー殿!?」
「心配になって来てみりゃ……やっぱりか。そのまま走れ! 援護する」
リョドーが持っているのは、魔導ボウガンという極めて珍しい武器だ。
魔力でブーストを駆けて、放たれる鉄球の威力と速度を高める。
リョドーの援護射撃によって、巫女の進行速度が著しく低下した。
だが雪のウェンディゴからの妨害はずっと続く。
ウェンディゴに物理攻撃や魔術などによる異能は通用しない。
それでもリョドーはヒュドラのために弾丸を撃ち込んでいく。
結果、ヒュドラはトーテムポールの範囲内に入ることができた。
こうなると雪のウェンディゴは荒ぶる吹雪をすることしかできない。
巫女も大分距離を離され、ヒュドラがついにゴールまできたときにはウェンディゴも巫女も進行を止めた。
ヒュドラとリョドーを恨めしそうに見送りながら、巫女とウェンディゴは荒れ狂う吹雪に紛れるように消えていった。
────ヒュドラは試練を制したのだ。
「ハァ、ハァ……生きて、帰ってこれた、のか?」
「そうだな……かなりやばかったが」
「……ありがとう、ございます。助けていただいて……アナタにはずっと、世話になりっぱなしだ」
「ガキがそんなこと気にするもんじゃない。大人に助けられて悪いことなんかないんだ」
「でも、私は……皆に助けられてばかりです。今回の試練だって、本当は自分の力でやらなきゃいけないのに……」
「お前は自分の力に人生すべてを背負わせすぎる。自分だけの力で歩いて行けるほど人生は容易い道じゃない。お前は立派にやった。誰かの力を借りてしまったとかで負い目を感じる必要はない。本来誰もなし得なかったことに挑戦して、やり遂げたんだ。……自分を低く見るな。俺みたいに、人生にふてくされた人間にはな」
そう言って、へたり込んでいたヒュドラに手を伸ばす。
ヒュドラはその手を取って立ち上がると、彼の後ろをついていくように村へと歩いていった。
その間ずっと嗚咽まじり泣いていた。
死ぬかもしれなかったあの恐怖と緊張感からなる絶望。
そこから救ってくれたリョドーや、ここまで面倒を見てくれた村の人々への思いで胸がいっぱいだった。
雪を含んだ風は穏やかになり、遠くには緑が見える。
村へ戻ってくるころには、ヒュドラの心の奥底に張り付いていた氷も溶けて、新たな一歩を踏み出せる心境にまで変わっていた。
試練を乗り越えた証を見せるため、ヒュドラは真っ先にスカーレットとゲンダーのもとへと向かう。
元勇者一行ヒュドラの新たな一歩は、このときより始まろうとしていた。
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