第81話 俺たちはまずチヨメを見送りジェイクたちのほうへと向かう
夜が明けて、街が活気づいてくる。
日の光が窓から差し込んで、セトとサティスの瞼を反応させた。
「ふぁあ、おはようございますセト」
「おはよサティス。ふぅ、よく寝れた」
今日の予定は特にはない。
だが、そろそろ先へ進まねばならないので、今後の行く先を考える。
まずは朝食だ。
簡素なテーブルにパンや水を置いてふたりで食べながら話し合う。
ホピ・メサの街からずっと南西の方角。
山を越えて大きな河を越えた先に、王都が存在するのだ。
セトにとっては他国の王都であり、ウレイン・ドナーグの街にいるオシリスの所属する軍がいるところでもある。
サティスは魔王軍幹部時代に一度その王都に足を運び、王とも謁見したことがある。
過去の自分の振る舞いもあり、一瞬王都に行くのに気が引けたが、サティスはそこから逃げないと覚悟を持ち、セトとともに行くと決めた。
さて、一度行った場所であるので、転移魔術による移動短縮は可能ではあるのだが。
「大きな河を渡るには船に乗らないといけないのか。……船かぁ」
セトが興味あり気に呟く。
セトはこれまで船に乗ったことは一度もない。
ウレイン・ドナーグの街で遠くから見たことはあっても、近くで見てはいないし触れたこともない。
そのため興味津々なセトの気持ちを無視して王都まで直接転移魔術を使うのは、サティスにとって少し抵抗の伴うものであった。
「船、乗りたいですか? でしたら船乗り場まで転移魔術で行ってみましょう」
「え、良いのか?」
「えぇ、多分行けると思いますよ。船に乗りたいんでしょ」
セトの表情が明るくなる。
そんなセトを見て、いつか遊覧船にでものってゆったりとした船の旅をするのも悪くないとサティスは思った。
落ち着いた時間の中でセトと水の上での安らぎを満喫するのだ。
陸上ばかりで暮らしてきたセトにとって、世界の別の一面を知る良い機会にもなるだろう。
いつかそうしてみたいと感じながら、サティスはパンを口に運んだ。
朝食を終えてから、セトとサティスはチヨメに会った。
部屋に訪れノックすると、すでに旅支度を済ませたチヨメが杖を突いて扉に手をかけようとしていたところだった。
「あらおふたりさん。おはようございます。早いねぇ、アンタさんらも、もう出発ですかい?」
「まぁそんなところだ。一度ちゃんとお礼を言っておきたくてさ」
「いやいや、いいんだよ。困ったときはお互い様さ。あ、済まねぇ。礼金の山分けの件だったね」
そう言いかけたとき、セトは首を横に振って。
「いや、いいよ。そのお金はアンタが貰ってくれ」
「え、いいんですかい? お金は貰えるときに貰っとかないと、あとで後悔しますよ?」
「大丈夫だよ。な、サティス?」
「セトがそう言うのなら、私としても別に異論はありませんよ」
「フフフ。でしたら、遠慮なく貰っておきますね」
チヨメと一緒に宿屋をあとにして、外へ出る。
途中まで送っていくことにした。
「しかし不思議な縁もあったもんだ。巡り合わせってのは実に面白い」
「巡り合わせかぁ。なぁチヨメ。俺たち、また会えるかな?」
「さぁ、気の向くままの当てのない旅さね。どうなるかはわかったもんじゃない」
会えるとも会えないとも答えないあたりが実にチヨメらしい。
それにチヨメ自身、幸せに向かって前に進もうとしているセトとサティスにはあまり関わろうとは思わなかった。
「────アタシの旅路は、地獄街道まっしぐら。つまるところ、クズの道さ」
「チヨメさん……」
「アンタらがもしもクズの道を進むってんならきっと会える。でも、アンタらはそうじゃない。今回はたまたまお互いの道が重なっただけ。お天道様の下で堂々と胸張って生きれるのはええこっちゃ」
そう言って頭を右左と動かし、進むべき方角を確認する。
杖を突いて、セトたちに背中を向けながら次の場所へと歩き出した。
「会わねぇほうがいいさセト。世の中にはそういう関係だってあるんだ。あっちまうんだよ」
軽く手を振りながら、チヨメは街の奥のほうにある出入口へ向かった。
セトとサティスが行く方向とはまた違う道だ。
「不思議な人でしたね」
「あぁ、でも、会えてよかった」
セトたちはチヨメを見送りながら、静かに手を繋いだ。
見えなくなるまでふたりして佇み、そして石窟寺院のほうへと向かう。
遺体はすでに片付けたのかなくなっているが、血の臭いがまだ残っていた。
進んでいくと、ジェイクが現れふたりを歓迎する。
「やぁセト、サティスさん! おはようございます」
元気よく挨拶するジェイクを見て、目を丸くするふたり。
「おはようジェイク。随分と元気がいいな」
「あぁ、今日は僕たちにとっても新しい1日だからね」
「新しい1日? なにかあったんですか?」
「ええ。……僕たち、革命軍をやめようと思うんです」
ジェイクから気恥ずかしそうに放たれた言葉にセトは驚く。
「どうしたんだ急に? あんなに決意を固めてたじゃないか」
「うん、そうなんだけどね。……昨日のことでわかったんだ。やっぱり、僕たちには向いてない。僕たちに人殺しなんてできないんだって」
頭を掻きながらジェイクは空を見上げる。
野盗との戦闘のこともそうだが、セトが試練を受けている間にサティスと話したこともずっと彼の頭の中に残っていた。
「周りを変えるんじゃなく、自分や大切な人のために最善を尽くす……」
「え?」
「いや、ちょっとね」
ジェイクはチラリとサティスのほうを見る。
サティスはジェイクに微笑んだ。
セトはよくわからないようであったが、とにかくジェイクたちが前を向いて歩こうとしているのはわかったので、素直に応援したいと感じた。
「ねぇセト、僕たち、また会えるよね?」
笑顔から変わって、少し不安そうな表情でセトに問いかけるジェイク。
セトがチヨメにそうしたように、ジェイクもまたセトに問いかけた。
「……────当たり前だ。俺たちは"友達"だろ?」
この答えにジェイクは微笑み、セトもまたつられて微笑んだ。
ふたりは握手を交わし、またの再会を誓う。
そんな友情にサティスは喜びを感じていた。
セトが他者との関わりを経て、自らの人生を切り開いていっているのに。
こうして、ホピ・メサの街での試練と騒動は幕を閉じた。
ほかの子供たちとも挨拶を済ませ、セトたちはまた旅へと出る。
ジェイクたちもまたこの街を出るようで、今度はウレイン・ドナーグの街へ行ってみるらしい。
この先なにがあるか、自分たちになにができるのかわからない不安があれど、お互い支え合って生きていこうと決めたようだ。
「さぁ行きましょうセト! また忙しくなりますよ」
「あぁ、今度は船に乗って、王都だ!」
ふたりは意気揚々と前へと進む。
このホピ・メサを通じて、多くの者たちの人生が動いた。
そして、それはまた"彼ら"も同じことである。
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