第79話 夕暮れに俺たちは血飛沫を巻き上げる
黄金のガントレッド『リヴァイアサン』のからの出力は、セトの魔剣を容易にパワーアップさせた。
加減を誤ればホピ・メサを巻き込むほどの大惨事になると考え、ほんの少しばかりと抑え気味に出して見たが、それでも十分過ぎるほどのエネルギーが刀身に宿る。
「な、なんだあの輝きは!?」
「び、ビビんじゃねぇ! 魔剣使いっつったって、まだガキんちょだ! 一斉に攻撃すりゃ……────」
言い終わる前に宙にて輝く血飛沫。
セトの神速移動からの横薙一閃が野盗の胴部を斬り裂いた。
その近くにいた呆気に取られるふたりも、セトは袈裟斬りと刺突で仕留めていく。
野盗たちがセトの攻撃だと遅れながらも認識するや、彼らもまた人間離れした動きでセトに襲い掛かった。
(確かに速いし、力も強い。でも、オシリスや凶霊、セベクと比べれば、遥かに戦略性に欠ける)
唐竹割によって真っ二つに斬り裂かれる野盗の間をくぐり抜けて、怯えて動きを一瞬鈍らせた野盗に回転しながら斬り込む。
左右から斬りかかられたので、セトは早く来るほうから斬撃を浴びせた。
すばしっこい動きと見た目からは想像できないほどの斬撃に、野盗たちの数はどんどん減っていく。
セトが卓越した剣捌きで相手をする中、サティスのほうにも野盗の残りが集まって、眼光と刃をギラつかせていた。
「あれだけ速いと呼吸を合わせるどころじゃないですね。でも、私も負けてはいられません。とっとと片付けさせていただきます」
「やってみやがれこのアマぁッ!」
野盗たちが八方から攻めてきたと同時に、サティスの魔術が発動する。
魔炎が彼女を守るよう展開し、灼熱の波が野盗たちの肉体を飲み込んでいった。
「ぎゃああッ!!」
「ぐわぁあッ! アチッ、熱いぃいいいいいッ!!」
「まぁなんて頑丈な身体でしょう。では、これならどうですか?」
今度は魔力の縄を作り、彼らを縛り上げ、宙にぶら下げる。
「おバカな野盗には、キツいお灸をすえてあげましょう」
サティスの掌に魔力が瞬時に集束し、球体となって唸りを上げる。
それを一気に解き放つと、凄まじい回転を宿した棘状の氷が無数に飛び出て、彼らの肉体を串刺しにした。
「さぁ、喰らいなさい!」
空中へ飛び上がり、まだ息のある野盗を冷たく見下ろしながら指先からの熱線で焼き尽くしていく。
本来ならこのままいけばすぐにでも終わるのだろうが、相手も雑魚ではなくなった存在。
死んだのはたったの数人で、痛みに苦しみながらも立ち上がってくる。
「人外になっただけはあるな。普通には殺せない」
「いっぺんに消し炭にできればいいんですけど、さすがに被害を考えると……」
「くそ……なんて奴らだ……」
「おい、油断するなッ! まだだ……俺たちはまだ生きてる。まだ勝機はあるぞ!」
無駄な頑丈さを誇る野盗たちを見据えながら、セトとサティスは頭の中で次の手を練っていく。
ここは一気に火力を上げて短期戦へ持ち込むか。
そうすると、街や隠れて見ている革命軍の子供たちにまで被害が及ぶ可能性がある。
たとえ長引こうとも地道に急所を狙い、確実に息の根を止めていくほうがまだ安全か。
そう考えていたときだった。
「テメェら動くなぁ! へへへ」
野盗のひとりが声を上げる。
そいつはこの広場の入り口付近に立っており、子供を抱えていた。
「あッ!」
革命軍の子供のひとりだ。
あの乱戦に乗じて、ひとりさらって人質にとっている。
「武器を捨てろ! 無駄な抵抗はするなッ! じゃねぇとコイツの命はねぇぜ?」
「ひ、ひぃいッ!!」
切っ先を首筋に向けられた子供が怯えた表情を見せる。
一気に形勢逆転したかと野盗たちが希望を抱き始めたそのとき。
「────……あのぉ~、へへへ、なんか大騒ぎみたいですが、なんかあったんですかぁ?」
人質をとっている野盗の後方から女の声と杖を突く音が聞こえた。
呑気な様子で微笑みながら、閉じた目の顔をしきりに動かして、周りの様子を探っている。
「あーッ! コイツ、あのときの!」
「ちょ、ちょ、ちょ、な、なんですか急に大声出して」
「うるせぇ! テメェあンときその仕込み杖で仲間ぶっ殺した女だな? 許さねぇ……」
その正体はまさしくチヨメだ。
子供が恐怖で喚き散らす声と、野盗のやかましい声を煩わしそうな表情で聞きながらも鼻で笑う。
「ハッハッハッ、許すも許さないも……アンタ方が先に殺そうとしてきたんでしょうが」
「やかましい! オラ、テメェも武器を捨ててそこに跪きやがれ! さもねぇと……」
「さもねぇと? その子供を、殺すってわけですか? アッハッハ、ご冗談をぉ」
「冗談なわけねぇだろ!」
「いえいえ、冗談でしょう? ────
チヨメの言葉に首を傾げながらも、野盗は右腕を見る。
そこにあるはずの、肘から下が存在していなかった。
────抜く手も見せぬ鞘走りは、終いの納刀すらも相手に認識させなかった。
野盗の腕の斬り目からおびただしい血が噴き出る。
「あ゛ぁ゛! あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ッ!!」
それだけでなく、野盗の身体から蒸気のようなものが上がっていた。
断末魔を上げる野盗の肉体は、砂のように崩れ去っていく。
サティスはそれを見たことがあった。
「ま、まさか……浄化? え、ただの剣で斬っただけで?」
「オイオイ、アタシぁ巫女さんだぜ? 巫女が邪を払い魔を清められなくてどうするんだい。……さぁ坊や。お前さんちょいと離れてくんな。こっから忙しくなるからね」
チヨメの表情が獲物を前にした人斬りのように歪む。
セトとサティスだけでもここまで追い詰められているのに、チヨメという加勢まで現れたことで、野盗たちの士気が落ちていた。
「……さて、チヨメも加わってくれたことで、だ。────……友達に手を出そうとしたのは、許せない」
「人質戦法を考えつく頭があったのは褒めて上げますが、相手が悪すぎましたね。私も頭にきています」
「今確か夕暮れどきだったね。お前ぇさんたちよぉく見ておきな。……これが最期のお天道様だ」
「ひ、ひぃいッ!?」
形勢逆転かと思ったら、またひっくり返った。
人数を分担して3人に攻めかかるが、先ほどより実力を出してきたのか、野盗たちの技量や連携ではとても相手にならない。
強くなったセトに翻弄され、瞬く間に斬り裂かれて死んでいく。
サティスの魔術の嵐は近づく者を容赦なく飲み込み、彼女に指の一本でも触れることすらも許されない。
さらに、この中ではただの人間であるはずのチヨメにすらも薙ぎ倒されていく。
パワーアップしたセトですらも思わず目を疑いたくなるような速さで振り抜かれる長ドスは、セトに負けないくらいのテンポで野盗を殺していった。
逆手持ちの超速斬撃は、攻撃される前にすでに致命傷を与え、斬られた部位から魔に属する者となった野盗を浄化していく。
目が見えないというのに、一瞬で敵の方向と攻撃を読んで斬撃を放つさまはまさに美しさを感じさせた。
「シュッ!」
一方的な殺し合いの中、チヨメは時折聞こえてくる物音にビクつきながらも、最後のひとりを斬り裂く。
「うぎっ、ひぃいいッ! い、いや、だ……死に、たく……な……」
長ドスの刀身を鞘に納めようとしたとき、消えかかっている野盗がチヨメに背後からしがみついてきた。
攻撃ではなく、まるで幼子が母親にすがりつくように泣きじゃくりながら、覆いかぶさるように力強く腕を回す。
チヨメは一瞬身体を強張らせたが、彼のその哀れな様子を感じ取るや、肩の力が抜けていくのがわかった。
しかし、すぐに心底嫌そうな顔をする。
野盗の手が偶然、彼女の胸のふくらみに当たった。
逆手に持った長ドスの切っ先で、背後にある野盗の腹を思いっきり貫く。
「ばかやろ……」
短く呟くと素早く引き抜き、深く沈みこむように回転しながら横っ腹を薙ぎ斬った。
片膝をつくくらいに低く沈んだ姿勢のまま、腰に添えた鞘へとゆっくり納刀していく。
野盗は断末魔すら上げず、そのまま消えていった。
あれだけいた野盗たちは
革命軍の子供のひとりが人質に取られる事態が起こったが、それでも誰ひとりとして怪我をすることなく解決した。
さて、ここまで大暴れしたからには、街のほうでもきっと騒ぎが起きてしまうだろう。
やむを得ないとはいえ目立つのは極力避けたいというセトとサティスは、バレないように転移魔術で宿まで帰ることに。
だが、チヨメは普通に歩いて帰るというのだ。
「フフフ、大丈夫だ。殺したのはこの街でも恐れられてた野盗ども。責める奴はいねぇよ多分。もしも、別に手柄とかに興味ねぇんだったら、アタシに手柄くれないかね? アタシが全部やったってことでよ」
「い、いいのか?」
「たとえヒンシュク買っちまっても慣れっこだから別にいいよ。全部請け負ってやらぁ。もしもお礼とか手渡されたら、あとで分け前はキチッと渡すからよ。これでどうだい?」
「アナタどんだけお人好しなんですか」
「……他人に対しても自分に対しても、良いときもありゃ悪いときもあるのが、アタシの人生でね。馬鹿とわかっちゃいてもやめられねぇんだよ。ナハハ」
そう言ってチヨメは、風の動きや周囲の音を耳で聞き、肌で感じとりながら、器用に街のほうまで歩いていく。
セトたちも急いで帰ることにしてサティスは術式を展開した。
「セト! ありがとう!」
「あぁ! 明日改めて会おう!」
セトとジェイクはお互い強く手を振り、別れを告げる。
彼らの勇姿を目の当たりにした子供たちは皆、あの勢いと強さに圧倒されなにも言えなかった。
そして、ふとこれからのことを考える。
あれほどの戦いの中で一歩も動けなかった自分たちに、果たして革命などという未来はあるのかと。
「……皆、疲れたろう。寺院の奥へ行って休んでくれ。見張りは僕がやる」
全員を寺院の中へ入れて、ジェイクはひとり戦場跡の広場に座り込む。
まだ血の臭いが濃く残る広場を照らすように月が出ていた。
ジェイクは、しばらくその光景をひとりで見ていた。
瞳に映る死骸はなにも答えず、月もまたなにも諭さず。
自らの無力を思い知りながらも、その表情には絶望の色はなかった。
彼もまた同じようにこれからのことを考える。
考えに考えた結果を皆と話し合い、そしてこれからの生き方を決めるのだ。
セトたちはそのチャンスを与えてくれたような気がする。
朝が来るまで一睡もせず、ジェイクはじっとそこにいて考えていた。
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