第78話 帰還した先に

 遂に地上へと戻って来たセト。

 祭壇に召喚されるように黒い粒子に包まれて、石板の前に現れる。


 粒子から解き放たれると両腕には見慣れぬガントレットがはめられていたことに気づいた。

 右は黄金の、左は白銀でそれぞれデザインが違い、なぜか重さもさほど気にならない。


 セトは不思議そうに見ていたが、後ろから呼ぶ声にハッとし、勢いよく振り向いた。

 サティスが嬉しそうに微笑みを浮かべていて、目は涙で少し潤んでいる。


「あ、サティス! 見てくれ、成果を手に入れた。多分これが試練クリアの証かとおも────」


 言葉の途中で、それは塞がれた。

 サティスはセトに歩み寄り、そのまま胸の中へと優しく抱き寄せたのだ。

 

 柔かな肌の感触と薫りがセトを達成感から動揺へと感情を移し替える。

 セトのみ許した自らの聖域の中で、サティスは彼の頭を撫でながら涙を浮かべて。


「セト」


「ぁ、はい」


「……こういうときは、"ただいま"が先でしょう?」


「え? あ……ごめん。ただいま」


「はい、おかえりなさい」


 セトが試練に乗り出し戻ってくるまで数時間。

 それまでサティスはセトのことが心配でならなかった。


 帰らぬ人となることはないだろうと信じていても、やはり不安になってしまうのが心というモノ。

 満身創痍で帰ってくるのではないかと、セトの傷付いた姿が頭の中で現れては消えを繰り返していた。


 サティスは表情や言葉に出すことを必死に堪えていたのだ。

 仕草には現れてしまったが、それでも余裕を持っているかのようにして、ジェイクの前では振る舞っていた。


 だが、こうしてセトが五体満足で戻って来たのがトリガーとなり、我慢していた感情が彼の前で漏れ出ることになる。

 サティスは「ただいま」と言ってくれたセトの温もりを感じながら、気持ちを落ち着かせる。

 セトもまたサティスの胸の中で気持ちを落ち着かせながら、地上へ生きて帰ってこれたことに喜びを抱いた。


 その光景を見たジェイクは、微笑むようにして瞳を閉じて踵を返し、ふたりに背を向ける。

 今自分がなにかを話しかけるのは野暮だろうと思い、そのままふたりが満足するまで待つことにした。


 なにより、ジェイクは心躍っていた。

 無事に戻って来たことも喜ばしいが、あの約束が果たされたと思えたこともまた嬉しい。

 

 ────帰ってきたらさ……その、俺と"友達"になってくれるか?


(そうか、セトと友達、か。……なんのお祝いもできないけどいいのかなぁ。……僕みたいなのでホントに)


 ジェイクはそのまま心地の良い沈黙にふける。

 話はあとからでもできる、と。


 しばらくして、心を交わし合ったように落ち着きを持ったセトとサティス。

 ずっと待っていてくれたジェイクを交えて早速成果を見せることに。


 黄金のガントレットは大鷲が今まさに飛び立とうとしているかのようなデザインで、白銀のガントレットは蛇が巻き付いているようなデザインとなっている。


「金と銀のガントレットですね」


「凶霊たちとの戦いを乗り越えたから、多分その証だと思うんだ」


 ガントレットを眺めていると、ほんの一瞬大鷲と蛇の瞳が輝いたのを目にする。

 すると所有者であるセトの脳内に思念めいたものが入ってきた。

 このガントレットの名と使い方だ。


「セト? あの、どうしたんですか? まさか具合でも……」


「……────黄金のが『リヴァイアサン』、……白銀のが『テュポン』。それぞれ効果を持ってる。……さっき頭の中に言葉みたいなのが入ってきて教えてくれた」


「教えてくれたって……まさかこのガントレッドが? す、すごいな……まるで生きてるみたいだ」


「かもな。使い方は理解した」


 リヴァイアサンは魔剣の力を増幅させることができる。

 凍てつく憤怒戦でやったような、あの破壊力とスピードの発生と制御を自由に行えるようサポートしてくれる代物だ。

 

 本来、魔剣解放よりさらに上の性能を持つというのは魔剣使いの身体に大きな負担がかかる。

 だが試練を乗り越えたことにより、セトはその資格を得たのだ。 

 

(なるほど。このガントレットが管理してくれるってわけか)


 セトとしては攻撃性能が上がるのは願ってもない話。

 まさにこの上ない報酬だ。


 そしてテュポンのほうなのだが……。


(……ッ!?)


 テュポンの能力にセトは思わずギョッとして、身体をビクつかせた。

 はっきり言えばセトには似つかわしくないかもしれない力を持っている。

 これまで多くの敵を斬り捌いてきたセトでさえ、冒涜的だと思うほどに。

 

(アハス・パテル……このテュポンは本当に必要な力なのか? だとしたら、ちょっと趣味が悪いな)

 

「セト、顔色が悪いですが……」


「どうしたの? そのテュポンがどうかした?」


「あ、いや、なんでもない」


 セトはこのガントレットを外すことに。

 外し方は簡単で魔剣同様に、空間に納めることができるのだ。

 

 戻した後、試練を経て強くなったことを実感しつつ、3人揃って外へと出て、あの広々とした空間に出たときだった。

 革命軍の少年のひとりがこちらに向かって走ってくる。


「り、リーダー大変だ! 野盗の連中が襲ってきやがった!」


「な、なにぃ!?」


「この辺を根城にしてたあの野盗だよ! でっかい魔物を大将にして勢いづいてた連中だ! 今寺院の前で陣取ってやがる! 早く来てくれ!!」


 その言葉を聞いて一目散に駆け抜けていったのはセトとサティスだった。

 急いで表へ出ると、すでに日が暮れ始めていた。

 日の光に照らされながら、邪悪な笑みを浮かべたあの野盗集団が人数を集めて寺院の前にズラリと並んでいる。


「おいいたぞ、あのガキと女だ! アイツらが俺たちの大将と仲間を殺したんだ! 間違いねぇ、俺は確かにこの目で見たんだ!」


 野盗のひとりが叫ぶと、集団が一気に殺気立ち、各々の得物を構え始める。

 どうやらセトたちの行動は監視されていたようで、この普段誰も近づかない場所で倒そうという腹積もりらしい。


「おい、あの目ぇ見えねぇ女がいねぇぞ?」


「かまわねぇよ。どうせ早くは動けねぇ。このふたり殺した後で見つけりゃすぐさ」


「あのガキの集団どもはどうする?」


「へッ、殺しちまってもいいだろ? どうせ死んだって困らねぇような連中だ」


 先日よりも数が多い。

 ざっと50人かそれ以上はいるだろう。


 そして各々がなにやら妙な物を取り出した。

 赤い丸薬の見た目をしたそれは確かに見たことがある代物だ。


「まさか、あれは……ッ!」


 サティスが驚く。

 かつてベンジャミン村でヒュドラが使った魔導薬だ。


 しかもそれ以上に効能があるのか、ひとりひとりが平均的な魔剣使いの強さに匹敵するほどに、戦闘能力が跳ね上がっている。

 そして彼らの肉体も若干異形化しており、頭部に角らしき突起が生えた。


 その様を見た革命軍にメンバーたちは、皆腰を抜かしてしまい恐怖に吞まれて震えていた。

 あのときのヒュドラ以上の力を持ち、なおかつ集団にサティスは息を吞みながらも、覚悟を決める。

 セトとサティス、お互い並ぶように前へ出ながら、戦闘への意識を高めていった。


「セト、どうやらこれまで以上にしんどい戦いになりそうですよ。あれは人間の魔人化に近い……ったく、誰ですかねぇあんな丸薬作ったの」


「でも、やるしかないみたいだな」


「えぇ、元はと言えば私たちのせいですからね」


「あぁ、ジェイクたちには指一本触れさせない。勿論サティスもだ。サティスが傷つくなんてダメだからな?」


「遅れは取りませんよ。私の魔術でアナタを援護します。だから、思う存分戦ってください」


 サティスのその言葉の直後、セトは黄金のガントレット『リヴァイアサン』を取り出し、魔剣『豊穣と慈雨バアル・ゼブル』を抜き放つ。

 リヴァイアサンの性能を試すにはいい機会だと、セトは早速導入した。


 刀身の赤みと黄金の籠手の輝き、そして掌に集束した七色に輝く魔力の渦が空気を巻き込み、一種の波動のようなものを起こしているその様を見て、野盗は勿論革命軍の少年たちも思わず目を奪われてしまう。


 少年たちは息を吞む。

 これから自分たちは『伝説』を見ることになるのだと。


 『破壊と嵐』と言われた伝説の少年兵の戦いぶり。

 これから繰り広げられるのだと思うと、先ほどまでの恐怖も吹き飛んだ。


「行こうかサティス」


「アナタの呼吸に合わせます」


「誰にも、俺の友達を傷つけさせない……ッ!!」

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