第75話 vs.凶霊・煮え滾る空虚 後編

 戦いは壮絶なものだった。

 凶霊は経験豊富な軍人であったというだけあって、接近戦においても遠距離戦においてもセトに対し確実なアドバンテージを持つ。


 先ほどのように金属製の管や破片を飛ばすだけでなく、下で稼働していた歯車を自慢の能力で無理矢理持ち上げてセトにぶつけてくるという荒業までやってくるのだから、セトからすればたまったものではない。


 さらにはセトの身体をサイコキネシスで持ち上げ、床や壁に叩きつけたりといやらしい戦術ばかりを行使してくる。


 だがセトも負けじと魔剣解放から生み出される破壊力と圧倒的な移動速度で凶霊への猛攻をかけた。

 さすがに魔剣『豊穣と慈雨バアル・ゼブル』の力の前ではサイコキネシスは一歩劣るようで、凶霊は劣勢に追い込まれそうになる。


「────終わりだッ!」


「果たしてそうかな!」


「……ッ!?」


 そして終焉が近づく。

 自信満々に立っていたのは、────凶霊のほうだった。


 対するセトは


「フフフ、ククク、ほんの一瞬の判断が生死を分ける。お互い戦場にいたならこの理屈はわかるだろう?」


「あぐ……、くッ!」


 セトが全速力で凶霊に向かっていく際のほんの一瞬の隙をつかれた。

 セトの左足目掛けてこれまで操ってきた鋭利な破片や歯車を飛ばしたのだ。


 凶霊の思惑通り最高のタイミングで、セトの左足をプレスするように断ち切った。

 痛みに悶えるセトをほくそ笑みながら見下ろし、凶霊は左手をかざす。


「痛いか? この苦しみから解放されたいか? だがダメだ。今の私は誇り高き軍人ではなく、悪しき魂の具現たる凶霊なのだ。折角だ小僧。私がなぜ『煮え滾る空虚』という名なのか……その身を以て味わうがいい」


 痛みに耐えながらセトは凶霊を見上げると、掌に歪なエネルギーが収束している。

 サイコキネシスかと思ったが、それとはまた少し違う亜種のようだ。

 そして直にその効果は現れる。


 セトの身体から蒸気のようなものが噴き出てきた。

 

 セトがさらに悶えながら絶叫を上げると、凶霊は興奮したように声を荒げる。


「さすが魔剣使いは普通の人間と違って身体も精神も丈夫だな! そうだ小僧! 絶望の表情をもっと私に見せろ! ジワジワと現実にいたぶられ、空虚むなしい最期を遂げることが人間の真実なのだ!」


「ぐわぁああッ!! ああああああああッ!!」


「もう貴様は戦えまい!! ────勝ったッ!! 私の勝利だッ!!」


 凶霊は勝利を確信し狂喜した、次の瞬間。

 セトの瞳から真っ赤な眼光が稲妻のように走り、魔剣に力が宿る。


「なッ!? ま、魔剣解放!?」


 凶霊はすぐさま攻撃を止め一歩飛び退こうとするが、セトのほうが行動が早かった。

 セトが魔剣を振るうと床が衝撃波を伴う斬撃によって滅茶苦茶になる。

 それほどの威力を孕んだ斬撃を一瞬の内に何度も繰り返すのだ。

 結果、周りの床がバラバラになり、下へと落下していく。

 

「き、貴様正気かッ!?」


「ぬぅぉおおおおおおッ!!」


 凶霊はサイコキネシスの力で身を浮かそうとするも、先ほどまでの戦闘とセトへの拷問染みた殺害法で大分エネルギーを消費したらしく、発動に時間がかかってしまった。


 発動したのは落ちてから十数秒経ってからで、凶霊は忙しなく動く歯車の群れに囲まれながらセトを探す。

 セトは見つからない。

 斬り裂かれた床は皆奈落の底へと落ちてていったのを見るあたり、彼も落ちていったのではないかと推察する。

 あれほどの大怪我を負っていてこれ以上満足に動けるはずがないと。


「……ふん、捨て身の策だったか。ビックリさせやがって。そんなものにこの私が引っかかるはずがなかろう」


 そう鼻で笑いながら上へと顔を向けた直後だった。

 

「────よう」


 セトが両手で逆手に持った魔剣の切っ先を向けながら凶霊目掛けて急速で落下してきた。

 床をバラバラに斬り裂いて落ちているときに、咄嗟にぶら下がっていた鎖に捕まったのだ。

 

 凶霊は自分のことしか考えていなかったようで、宙に浮くまでセトのことなど頭になかった。

 本来であればそのまま凶霊が落ちて死んでくれればよかったのだが、やはり一筋縄ではいかないと察したセトは自ら止めを刺しに舞い降りる。


 満身創痍な身体であっても、重力も手伝えばそれなりの威力と速度になる。

 案の定セトのこの奇襲に対応できなかった凶霊は胸にその一撃を喰らうことに。


「ぐがぁぁぁあああッ!!?」


「うぐッ、いっで……くそ、マジで死にそう……」


 ふたりして奈落へと落ちる中、突如凶霊の手が動きセトの腕を掴む。


「貴ィィイイ様ァァアアア……ッ! よくもこの私、にぃいいい!」


 赤い瞳で睨みながらとがった歯を剥き出しにして怒りを見せる凶霊に対し、セトは痛みを堪えながらも無表情に近い顔で睨み返す。


「生きてる、か。しぶといな」


「ほざくなよ……この、クソガキめぇ……ッ!」


「そうか。じゃあ、さっきのお返しはしてやる。血を沸騰させてくれたその礼だ」


 セトが魔剣に力を込める。

 正直セトも限界が近かったが、力を振り絞り、魔剣の中にある力を解放した。


 ただ、今度は逆。

 セトがその力をまとうのではなく、凶霊に無理矢理エネルギーを流し込むのだ。


 魔剣使いでない者はそのエネルギーを扱うことはできない。

 そうでない者がエネルギーを、ましてや身体の中に無理矢理注入されるようなことになれば。


「……ッ!? ぐわッ!? ぐわぁああああああああああああッ!!!!」


 凶霊の身体が強力な電気で焙られたように激しく光りだす。

 目を見開き、大きく口を開け、無限にも感じる痛みが彼の全身を駆け巡った。


 同時にサイコキネシスを使うためのエネルギーが凶霊の中で暴発する。

 それは燃え盛る炎となってふたりを包み込んだ。


 魔剣適正を持たぬ者の、魔剣のエネルギーによる肉体と精神の強烈な拒絶反応。

 それは異能の力を使うための魔力といったエネルギーさえも内部で暴発させることができる。


 本来魔剣使いの間では、このやり方で敵を倒すのは"外道"とされており、なにより行使した魔剣使いにも命のリスクが伴うため忌避されている方法なのだが、セトは必要なときに使用していた。

 今回は使うべきだと判断し、凶霊に打ち勝った。


 炎に包まれながら断末魔を上げる凶霊は無惨に爆発四散し、その肉片を周囲に飛び散らせる。

 燃え盛っている頭部であろう黒い塊は遠くの歯車の動きに食い込まれ、そのまま砕けていった。


 爆発の際の衝撃によりセトの肉体の損傷も激しく、下半身は喪失し、左腕も失っている。

 そのまま落下して無惨な肉の塊になる、かと思いきや。

 

(……いや、どうやら賭けには勝ったらしいな。凶霊に勝利すれば戦闘で受けたダメージは回復して、次の戦いへと挑める。思った通り……────!!)


 セトが目を見開くと、身体はおろか服装や装備まですべて元通りになる。

 体力までも回復したセトは魔剣解放の力で自らの身体能力をさらに上げてから、丁度ぶら下がっていた太い鎖にしがみついた。


「ハァ……ハァ……、今まで色んな戦場で無茶したけど……こんな無茶は今までにはなかったな」


 魔剣解放を解除して魔剣を空間にしまったあと、セトは呼吸を整えてから鎖から鎖へと移動したり、歯車と歯車を器用に、慎重に渡り、よじ登ったりしていく。

 なんとかして上へと行くためのルートを散策したが、これは戦闘以上に骨が折れそうだと思うと、ため息が出てならない。


 だが、これは確かな勝利だ。

 セトの死をも凌駕する『覚悟』が、凶霊の空虚を上回った。


「待ってろサティス。あとひとりだ。あとひとりで終わりだかんな。そしたらまた会える。あぁ、会いたい……会いたい。会って、ギュッてして欲しい、かな」


 残る凶霊はひとり。

 セトは戦う意志を心の中で燃やし、上へと向かっていく。


 今回の戦闘で、セトはちょっとした達成感を得ていた。

 いつもの戦闘ならなにも感じないはずなのに。

 

 試練の終わりは間近。

 そしてそれは、待ちに待ったサティスとの再会を意味し、ジェイクたちと晴れて友達として付き合えるということを意味している。


 セトは内心楽しみでならなかった。

 奈落から舞い戻ったあと少し休んでいると、金属製の扉が軋みながらゆっくり開く。

 これが最後と勇みながらセトは先へと進んでいった。

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