第70話 vs.凶霊・乾きゆく哀傷 後編
赤く光る魔剣から、稲妻のようなエネルギーの渦が迸る。
この『
これまで幾度か魔剣解放をして苦難を切り抜けた。
だが今解放しているパワーはそれらの比ではない。
目の前の強敵を乗り越えるという強い覚悟が魔剣と眼光の
「このエネルギーは……ッ! だが無駄だ。破壊では
凶霊とその分身たちが同時にカンテラを掲げると、すべてを飲み込む勢いとなって砂嵐がセトへと迫る。
これまでとは桁違いの威力と熱を孕んだこの攻撃は、容赦なく地上を飲み込んだ。
轟音を上げて風と風がぶつかり、大地が砕けてその破片が宙高く舞い上がる。
高熱をまとった余波が目に映る全てを覆い支配した。
たとえ万が一にも逃げたとしても、これほどの規模の攻撃を受けて生きているはずがない、────そう確信していた直後。
「────ぬぉおッ!?」
凶霊はなにかを直感する。
それは未来の己の姿だった。
────絶叫しながら首を刎ね飛ばされて消えていく凶霊自身のビジョン。
凶霊は咄嗟にマントをひるがえしながら後方へ身を捩る。
熱い空気の中に、冷たい一閃が走った。
まさしくそこは先ほどまで凶霊が立っていた場所であり、首があった部位に相当する高さでの一撃。
魔剣解放をして身体能力をさらに強化したセトだ。
すれ違いざまの高速の中で、凶霊はかの存在を確認した。
セトは身を屈めるようにして、足底を大地にこすりつけ、ブレーキを掛けながら凶霊のほうに身体を向ける。
動くこと
魔剣『
この動きであの攻撃をかいくぐり、懐まで一気に潜り込んだのだと凶霊は推察すると、斧とカンテラを構えセトと向き合うと、仮面の奥でほくそ笑んだ。
「速い……だが、ただ速いだけであればまだ対処は可能だ。恐れ戦くがいい……我が力を以て……して────」
背後からなにかが崩れ落ちる音がいくつも聞こえる。
ふと視線を向けると、自慢の分身たちが、バラバラに斬り刻まれていた。
まるで立体のパズルが崩れていくように、分身たちは自身が斬り刻まれたことに気付かず、自らが消えることさえ認識していない。
セトはあの一瞬で、すべての分身に攻撃を叩きこんだのだ。
その速さは最早、『斬る』という過程を越えて、『斬った』という結果だけを顕現させた、魔の物理領域とでも形容できる代物だった。
改めて凶霊はセトへ視線を向け鋭く睨む。
だが、凶霊の目に映ったのは
灼熱の太陽に照らされ、さらに輝く魔剣解放のセト。
大地はセトの闘気に呼応するかのように軽い地響きを鳴らし、セトの魔剣を祝福するかのように風が刀身を撫で、赤い稲妻を優しく揺らしていた。
────セトは真っ直ぐ凶霊を見据えていた。
その表情に怒りや憎しみはなく、凶霊のいう哀傷もない。
過酷な現実を、破壊の光と大地の苛烈さをまといながら凶霊と向き合っていた。
凶霊は思わず一歩後退る。
「……」
セトはなにも語らず、片手持ちの無形の構えをとる。
剣を振るうことに微塵の躊躇もないという気迫が凶霊にひしひしと伝わってきた。
完全に形勢逆転してしまっている。
今度はセトが強大な猛威となって凶霊に押し寄せようとしていた。
「は、ハハハ……これが死に魅入られた小僧、だと? 次元が、違う……これが、魔剣使い?」
凶霊は乾いた笑い声を漏らす。
左手の斧の柄を握りしめ、右手のカンテラを不気味に揺らした。
今さら気温を高めたり、水分を奪ったりという小細工は通じない。
そんなことをしている間に、バッサリとやられるだろうとわかったからだ。
セトにカンテラでまたなにかをしようとしていると思わせるのだ。
それを阻止しようとカンテラを斬り裂きにくるかもしれない。
タイミングを見計らい、斧をセトの頭蓋に叩きこむ。
さっきも速度を直感で見切ることができたのだ。
ならば次もできると、凶霊は自らに言い聞かせる。
正直に言えばこれは一種の賭けだ。
だが凶霊にとって賭けるだけの価値はあった。
勝負は一瞬、否、戦う前からすでに決着は着いている。
運はどちらに味方するのか────。
決戦の時は来たれり。
セトが瞬間移動めいた動きで、凶霊に接近する。
凶霊は感覚を鋭くし、セトがどんな動きで、どんな斬撃を放つかを見極める。
どちらも常人離れした動きの中、最初に好機を得たのは。
(ここだ! 私の感覚がそう告げている!)
凶霊がセトの動きに合わせて斧を振るおうとする。
予定通りなら、このまま薙げばセトの頭蓋を破壊できるのだが……。
────カツンッ!
カンテラになにかがぶつかり、凶霊の注意はそちらに削がれ、殺意が散漫になった。
(なんだ? なにをされた?)
完全に動きが鈍くなってしまったときだった。
「俺が言うのもなんだが、牽制が下手なんだよ」
セトがそう言い放つ。
ナイフだ。
セトは凶霊がカンテラに注意を向けようとしていることを瞬時に読み取り、それを逆に利用した。
「し、しまっ────!?」
凶霊が気付いたときには目の前からセトは消えていた。
セトは一瞬で凶霊の頭上高くまで飛んで背後に回り、そのまま彼の首に魔剣を突き立てる。
「ぐああああッ!?」
着地ざまにセトが剣を引き抜くと、暴れるようにして凶霊が斧を振り回したため、セトは凶霊と背中合わせになるように回り込んで回避し、背後から貫いた。
「────御免」
勢いよく貫通した刀身の切っ先は、凶霊の持つカンテラをも捉える。
硬い音がしたと同時に、バラバラと砕け散っていった。
凶霊が斧を落とすとそのまま天を仰ぐようにして、前のめりに倒れる。
同時にセトが魔剣解放を解除すると、その反動でか両膝をついて大きく息を切らした。
大分身体に負荷がかかったらしく、刀身を地面に突き刺し杖のようにする。
「これが、魔剣の……力……ッ。だが、残りの3人に、勝てる、かな……」
「勝つさ。帰りを待ってる人がいるんだ。じゃなきゃ、その人は涙を流して悲しむから」
「……────そう、か」
セトの答えを聞いて、静かに、どこか優し気な声色で凶霊は頷く。
そして黒い粒子となって、この荒廃した世界に吹き渡る乾いた熱風と砂塵に乗って消えていった。
「……」
消滅した凶霊を見送り、セトはふと考える。
最後に自分が涙を流したのはいつだっただろうかと。
駆り出される戦場でたくさんの友人が死に、それを悼んだ回数はどれくらいだったか。
そして悼まなくなった回数は……それを見て心が痛まなくなった回数は、どれほどだったか。
答えを探そうにも、考えたことはすべて風と砂塵に遮られる。
まるで「考えるな、黙って歩け」と無骨な背中押しをされているかのような。
「行くか。次へ……」
投擲したナイフを拾い、セトは風の中を進む。
なんとなくだが行く先は感覚でわかった。
この方向に、次の凶霊に会うためのゲートがある、と。
あれほどの激戦にも関わらず、身体が回復しているのがわかった。
さすがに戦闘後の回復の措置はとってくれているらしい。
試練の温情に感謝しながら、セトは再び前へと進む。
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