第66話 今夜はその腕に抱かれながら……

 チヨメは椅子に座って、朗らかに酒を呷る。

 酒が入った途端に今まで以上に陽気で饒舌じょうぜつになるチヨメを見ながら、セトは彼女のこれまでの旅の話を聞いた。


 サティスもチヨメから貰ったお酒をチビチビ飲みながら、チヨメの話の内容に驚いたり、思わず吹き出したりと賑やか時間を楽しむ。


 思った以上に話が盛り上がり、そろそろ就寝の時間になりかけた頃だった。

 

「ぷっは~、いやぁ久々にいい酒が飲めたよおふたりさん。もっと話してぇが、そろそろお暇しようかねっと」


 空になった酒の瓶とつまみが入っていた袋を以て、チヨメがヨロヨロと立ち上がる。


「おい大丈夫か? 送っていくぞ?」


「あ~大丈夫大丈夫。アタシャ酔っ払って歩くほうが調子いいんだよ。アッハッハッハ!」


「危なっかしな。大人なんだからそこらへんしっかりしたほうが……」


「わかっちゃいるけどやめられないってのが、大人の理屈ってもんよ」


「屁理屈だよ」


 セトが心配するも、チヨメは豪快に笑い飛ばしながら千鳥足に近い歩き方で部屋を出る。

 一応様子見ということで、セトは部屋の扉からそっと覗き込み、チヨメが転ばないか最後まで見守った。


「……どうやら無事に部屋に着いたみたいだ。危なっかしいなホント」


「フフフ、でも話してみると意外に面白い人でしたね。ベンジャミン村にいてもおかしくないくらいに」


「まったくだよ。あ~あ~酒クサ。窓開けるけどいいか?」


「えぇ、どうぞ」


 部屋の中には先ほどの酒とつまみの濃い香りが篭っており、窓を開けると、新鮮な空気が涼しさとともに入ってくる。

 風がセトの頬を撫でると、歴史ある岩と土の薫りが鼻腔をくすぐった。


「あ~……、良い夜だ。星も出てるな」


 セトは窓から身を乗り出すようにして肘を置き、空を見上げる。

 その間にも緩やかな風が首筋にも当たり、身体の内側に篭っていた熱気が徐々に冷えていくのを直に感じた。

 セトはしばらくその余韻に浸り、心地良い時間を静かに楽しむ。


「じゃあそろそろ閉めるよ」


 セトは音を立てないように窓を閉め、サティスの寝転ぶベッドに向き直る。

 サティスはベッドに寝転ぼうとしていたころだった。


「じゃあ俺も寝るよ。明日も早いし……」


「セ~ト」


 セトが彼女の隣にあるベッドへと足を運ぼうかとしたときだった。

 寝転んだサティスが優し気な表情を浮かべ彼を呼ぶ。

 まだなにか言っておくことがあるのかと、セトは立ち止まってサティスの顔を見ると。


「お~いで」


 どこかイタズラっぽい雰囲気を醸し出しながら、布団をヒラリとめくり、一緒に寝ようと誘うサティス。

 一瞬なにが起こったわからず硬直したが、思考が正常に働きそれがなにを示すか理解したとき、セトの顔は火のように真っ赤になる。

   

「ちょ!? なにいってるんだよひとりで寝れるよ!」


「そういうことじゃなくてですねぇ。今日は一日大変だったから、ちょっとはご褒美上げないとと思って」


「い、い、い、いらないいらない! 気にしなくていいって。当然のことをしただけだから……」


 そうはいうものの、サティスと同じベッドに入ることにまったく興味がないわけではない。

 現にクレイ・シャットの街では一緒に寝ている。

 もっともあのときはサティスに、ベッドに入ってすぐ眠りの魔術をかけられたため、堪能もへったくれもなかったが。


「ホラホラ、遠慮しないで。今宵は魔術は使いませんから」


 つまり、じっくり堪能してよいということである。

 

「サティス、もしかして酔ってる?」


「残念、あの程度では酔いませんよ。……それよりも、来ないんですか? 私と寝るの、イヤですか?」


「う゛っ」


 セトは視線を端々へと忙しなく映しながらもベッドへと近づいて、とりあえず端に座ってナイフなどの装備品を外していく。

 一瞬もしかしたら乱暴されるのではないかとも考えたが、サティスに限ってそれはないと、セトはゆっくりとサティスの横に寝転がった。


「そんなに緊張しなくてもいいのに」


「ほっといてくれ。これでも頑張ってんだ」


「フフフ、かわいいなぁもう」


 そういってサティスはセトにそっと身を寄せる。

 セトの身体が一瞬ビクリと震えるも、サティスは優しく彼の頬や額、頭を撫でた。

 

 柔らかい手つきにセトは安心感を覚えたのか、表情から緊張が和らいでいく。

 だが相変わらず紅潮した表情は、元に戻らない。


「膝枕とかしてあげてるのに、なぁんでまだ慣れないんですかねホント」


「それとこれは話が別だよ……」


「ふーん、じゃあこういうのもまだダメなのかな?」


「え? わっ、んむ!?」


 サティスは体位を変えて、セトを自分の胸の中へと抱き込むようにする。

 コンバットスーツから覗く豊満な胸部へと、セトは顔の下半分を埋めるような形に。

 眠るためにベッドへ入ったのに、圧倒的なボリュームからなる柔らかさと温もり、そして漂う色香で目が冴えてしまった。


 目を見開き驚きながら視線をサティスに映すセトを、サティスは頬をほんのりと染めながら優しく見つめている。

 セトにとって途轍もない性的刺激であったが、不思議なことにそれ以上に感じたのは"安心"だった。

 

 自分を傷つけるものはない、安心して身を委ねられるという本能めいた感覚。

 いうなれば、母親に抱かれる子の心。

 サティスとここまで過ごしてきて、こんな感覚を抱いたのは初めてだった。


 そのせいか、セトは無意識にサティスへと身を寄せ腕を彼女の背中へと回す。

 離れたくないと言わんばかりにサティスに身体を密着させ、温もりと柔らかさに安堵を求める。


「あら甘えんぼさん。……お触り禁止っていうのは酷ですね。じゃあ今日は特別サービス」


 サティスはこの反応を快く受け入れ、お互い抱き合うようにして眠ることにした。


「ごめん、お触り禁止だったな……」


「いいですよ今夜くらい。あ、だからって変なコトしちゃだめですからね? 節度、大事」


「……うん」


 セトは母親というものを知らず、母親に抱かれたかどうかもわからない。

 そして当然ながらではあるが、こうして女性に触れるという経験はサティスが初めてになる。


 これまでのサティスの優しさと愛情によって、セトの中で封印されていた感情が芽生え始めたのだ。

 抱きしめられる温もりの中で、セトはサティスに母性と異性を同時に感じていた。


「ん……」


 サティスに頭を撫でられ声が漏れる。

 その際の吐息が、サティスの胸を刺激し、谷間を蒸らした。

 セトのそういった反応に心をくすぐられたサティスは、もっとちょっかいを出したいという衝動を抑えながらも、安心して眠れるよう見守る。


(お休みなさい。明日は一緒に頑張りましょうね、セト)


 しばらくして、この部屋にふたりの寝息のみが聞こえるようになる。

 その頃にはもう抱き合ってはいなかったが、手と手は繋いだままだった。

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