第67話 俺たちは寺院へと向かい、手掛かりを得る。
次の日の朝。
朝食を済ませたセトとサティスは例の石窟寺院へと向かう。
遠目で見える位置まで来て、サティスは眼鏡を中指で直す動作をしながら目を細めた。
「ふぅん、なるほど。ウェンディゴと関わりのある場所だからもっと違うのを想像しましたが……あぁいうタイプか」
サティスはなにか心当たりがあるようだった。
こうした状況ではサティスの頭脳が頼りになる。
セトは早速寺院の中へと案内すると、ジェイクたちが出迎えてくれた。
今日は全員そろっており、まだセトのことを見ていなかった子たちも、彼の姿を見て息を吞んだ。
ジェイクは早速セトを再度勧誘しようと思ったのだが……。
「アナタたちがセトの言ってた子たちですね。初めまして、私はサティスです。ちょっと悪いんですけど、中を調べさせてもらいますね」
「え、は、はい。どうぞ、ご自由に……ハイ」
サティスに笑顔を向けられ赤面し固くなるジェイク。
早速サティスは内部を見渡しながら、気になる部分を見つけては調べていく。
セトもその後に続こうとしたときだった。
「ちょいちょいちょい、セト。ちょっと来て。いやマジで。話がある」
「え、なんだよジェイク。おいったら」
サティスとは少し離れた場所でジェイクと子供たちがセトを囲むように集まる。
全員が顔を真っ赤にしながらソワソワと落ち着きない様子だった。
「あのサティスって人、君とどういう関係?」
「なんだよ急に。俺の大事な人だよ。昨日も言ったろ?」
「いや、だからってあんなすんごい美人とは聞いてないんだけど!?」
「……言ってないからな」
「言ってないからな、じゃないよ。君あんな美人とずっと一緒にいるのかい?」
「あぁ。いつかふたりで落ち着ける場所をって。でも、今はちょっとそれが難しくなってるから、それを解決するために動いているんだ」
セトは赤面しながら迫ってくるジェイクたちに、腕を組みながらの困り顔で対応する。
子供たちにとってサティスの存在はあまりにも刺激的過ぎた。
サティスの美貌と抜群のプロポーション、そしてそれを見事に引き立ている蠱惑的な衣装に、完全に魅了されてドギマギとしているジェイクたちを見て、セトは既視感を覚える。
一緒に旅をするようになってサティスの魅力に気付き始めたときも、セト自身もこんな感じだったことを思い出していた。
今となってはスキンシップも多くなり大分慣れてはきたが、それでもサティスの魅力に参ってしまいそうになるときがある。
「……ずるい」
「ずるいってアンタなぁ……」
嫉妬と羨望の入り混じった目を全員から向けられるセト。
どうすればよいか困っていたときに、サティスが遠くから助け舟をよこしてくれる。
「なにやってるんですか。早くこっちへ来てくださいセト! ……あと、ジェイク君。アナタもちょっと着いてきてください。この内部の案内をお願いします」
サティスは祭壇の先にある、奥へと通じる通路の近くで待っていた。
ジェイクを呼んだのは、この寺院の内部に詳しいだろうという考えからだ。
こうも古い建築物であるから、無闇に進めば崩れたりなどの危険がある。
ここにずっといて、しかもリーダーという立ち位置にるジェイクならば、ある程度どこまでが危険か安全かが分かるだろうと、サティスは彼を呼んだのだ。
サティスに呼ばれて先ほどまでセトに向けていた嫉妬と羨望はどこへやら。
ジェイクは服装を正すような仕草をして、胸を張りながらサティスのほうへ向かおうとする。
「リーダーずるいぞ!」
「そうだよ! なんでリーダーだけ……」
「君たち、これは遊びじゃない。僕はリーダーとして、セトとサティスさんを守る義務がある。君たちは今まで通り見張りを徹底してくれ。わかったね? じゃあ行こうかセト」
「あ、あぁ……」
心なしかジェイクがウキウキしているように思えたセト。
こんなので革命軍のリーダーが務まるのかと、逆に心配になる。
「ごめんサティス。遅れた」
「ホントですよ。一体なにを話してたんです?」
「……別に。世間話だ」
「はい、世間話です」
「ふぅん、そうですか。じゃあジェイク君。奥を見たいので案内をお願いしたいんですが」
「お安いご用ですよ。さぁ行こうかセト!」
「え、あ、うん」
松明に火をつけて、セトとサティスの先頭を歩きながら通路を進むジェイク。
昨日とはまるで打って変わって雰囲気が変化したジェイクを見て、混乱と困惑を隠しきれないセトにサティスはそっと話しかける。
「革命軍のリーダーって言ってた割には元気で明るい子ですね」
「うん、そうだな。昨日も昨日で元気はあったけど……今日は違うな」
「へぇ~、やっぱりセトが来てくれたから嬉しいんでしょうね」
「それだけじゃないんだよなぁ」
「フフフ、そうかもしれませんね」
サティスは自分に向けられるジェイクたちの視線に気付いていた。
見られることに慣れているのか特には気にはしていないようだったが、自分の姿が刺激的過ぎたのはもう少し配慮すべきだったと、反省しているとのことだ。
「奥は広間になっているんですよ。一度皆で入ったんですけどね、とっても綺麗な場所でしたよ。……さぁ見えてきました」
ジェイクは嬉しそうにサティスに説明しながら、奥にある広間の到着を告げる。
サティスは早速魔術を行使し、広間全体が明るくなるように光を灯した。
目に映った光景に、セトもサティスも思わず息を吞んだ。
遥か昔に建造されたこの空間に眠る、神々しいまでの彫像や壁画たち。
これを作成した者たちの情熱が時を越えてセトたちに、まざまざと見せつけている。
サティスのように歴史に明るくなくとも、この芸術たちがいかに素晴らしいものであるかは、最早セトとジェイクの口から語るまでもなかった。
どの作品からも生命の息吹とその雄大さを感じる。
獣たちの咆哮や、風に揺れる木々の音、そして母親に抱かれる赤ん坊の泣き声に至るまで、物言わぬはずの作品は静かに物語っていた。
この美しい造形からなる空間から、改めて生命の歴史の重みを直に肌で感じとる。
精巧なまでの宗教美術の数々を見渡しながら、サティスとセトは昔の人間たちが感じたであろう自然への畏怖と敬意を感じ取っていた。
その感受によって、頭の中で言葉を上手く作り出すことができない。
この美しさは言葉で言い表すものではない。
3人の直感がそう告げている。
しばらくその空気に浸っていたが、サティスとセトは疑問を抱いた。
どう見てもウェンディゴを奉っているような空間には見えないのだ。
ウェンディゴを奉る場所にしては、人工物があまりにも多すぎる。
この謎を解明するため、サティスはしばらく周りを見て回った。
「どうだサティス、なにかわかったか?」
「えぇ、わかりました」
「も、もうわかったんですか!?」
驚愕するジェイクとセトに向き直ったサティスはひとつずつ説明していく。
「ここは『聖母神チャタルヒュルク』を奉る寺院ですね。彼女は数多の命を産み落とし、大地に豊穣を約束する地母神のような存在で、死のウェンディゴであるアハス・パテルと同一視もしくは対になる存在であるとされています。かなり古い神様ですので、信仰も伝承もほとんど途絶えて、情報が少ないのが残念ですが」
「なるほど、アハス・パテルと関係のある神様ってわけか。でも、ここが本当に試練の場なのか? どう見てもそういう場所じゃなさそうだけど……」
セトは彫像や壁画を見渡しながら、広間の中心へと歩く。
芸術の数々以外には、特に目立ったものはなさそうだった。
サティスもその点に関してはなにも言えないようだ。
早速行き詰ったかと思ったそのときだった。
ふたりの会話に入りきれなかったジェイクが、なにかを思い出したように、セトたちに自分の知っていることを話し始める。
「その……、ふたりの目的がなんなのかよくわからないけど、もしかしたら……"アレ"が君たちの探しているものなのかもしれない。調べてもらってもいいかな?」
そう言ってジェイクはセトのいる中央へと歩き、そこから2時の方向へと足を運ぶ。
「ホラ、これだよ」
ジェイクが指を差した先には、地下へと通ずる階段があった。
そこまで深くはなく、その先になにかあるようだ。
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