第65話 セトは革命軍に誘われるが……

 日が暮れそうな時刻の寺院の中は、窓枠の部分から茜色の光が降り注ぐ。

 至るところが崩れて、一見廃墟にも思える内部の陰によって、光と影のコントラストが実に鮮明に表れていた。


 もっとじっくりと見てみたいものだが、時間が時間だ。

 早く帰らなければサティスが心配してしまうと、セトは内心焦っていた。

 しかしジェイクのやろうとしていることも気になっている。

 セトがそんな心境とは露知らず、ジェイクはそのまま意気揚々と話を進めた。


「セト、ここで出会ったのもきっと運命だ! さぁ僕らとともにこの世の中を変えようじゃないか!」

 

 周りの子供たちも頷く。

 だが、当然のごとく容認はできない。

 セト自身に、世界に対する憎悪も復讐の念もないのだ。

 彼らの思想とは相容れないものがある。


「悪いが俺は革命にも復讐にも興味はない。確かに少年兵って立場上辛いことや悲しいことも経験した。だけど俺はアンタらみたいに動く気にはなれないよ」


「なぜ? 大人たちの身勝手は君が一番よくわかっているはずだ」


「そうだな。子供ってだけでいいように利用された。だが俺はそれを理由になにかをしようという気持ちはない」


「君は悔しくないのか? 大人たちが憎くないのか!? 我慢する必要はないセト。僕たちと一緒にこれまでの雪辱を果たすんだ」


 ジェイクは思わず声を荒げる。

 怒りの感情の中に、焦りが見え隠れしているのがセトにはわかった。


 セトをなんとしても自陣に加えようと必死なのだ。

 セトが加わることで戦いがどれだけ有利になるか、それは子供である彼らにも容易に想像がつく。

 その必死さから今の革命軍がどれだけ未熟な集団であるかが大体理解できた。

 

「セト、僕らの行動が世界を正しい方向へ導くことができる。戦争だの政治だの、大人たちの勝手都合で苦しんでいる子供たちを救うことができるんだ! 頼む、協力してくれ」


(なんだと……?)


「大人たちはいつだって僕らみたいな子供を邪魔者扱いする。虫けらのようにね。そんな世の中でいいのか? 僕らはまだ小さな集団だけど、君のような強い子がいてくれれば、世界を変える希望の光へと変わるんだ」


 延々とセトへ説得を続けるジェイクの額からは汗が滲み出ていた。

 茜色の光と影で、その表情がさらに険しいものに映って見える。

 セトは小さな溜め息を漏らしながら、光が差し込んでいる窓枠のほうへと歩いた。


 セトの立っている場所から、ホピ・メサの街の様子がうかがえる。

 遺跡とその名残が、街のシルエットとともに夕方の影へと溶け込んでいた。

 その影とともにセトの心も冷静に冷たく沈んでいく。


「悪いが俺の気持ちは変わらないよ」


「そんな……」


「俺の帰りを待ってる人がいる。長居しすぎたな。邪魔した」


 そう言って踵を返しセトは出口まで歩こうとする。

 

「待ってくれ! 僕が悪かった。いきなり誘われて君も混乱しただろう。頼む、僕たちを見捨てないでくれ。……明日、また来てくれ。ちゃんと話そう、な?」


 セトは一瞬振り向くが決して頷かなかった。

 まさかこんなところで自分と同じような境遇にいる子供たちと出会い、その子供たちに誘われるとは夢にも思わなかったからだ。

 

 外へ出ると柔らかい風が頬と額を撫でた。

 しかし、心になにかがつっかえたような感覚は、けして拭うことはできないでいる。

 協力をしたいわけではない、だが、彼らの境遇にはセトはどこか思うところがあった。


(このこともサティスに言っておかないとな。……オシリスのときとは少し違う。あのときは街や村、皆を守るための戦いだったが……)


 居住区を越え、宿のある街中へと歩く。

 点々とある夜の露店に人が集って小さな賑わいを見せている中、セトは荷物を持ちながら杖をつくチヨメの姿を発見した。


「おーいチヨメ。アンタも帰りか?」


「んあ? あぁセト。お使いは終わったんで?」


「あぁ、いったん切り上げた。……一緒に帰る?」


「お、そうしてもらえると助かりますさぁ。帰り道覚えてないことはないんだが、連れがいると安心だわ」


 こうしてセトとチヨメは横に並んで宿への帰路へ着く。

 最初はチヨメの前を歩いて誘導しようかと思ったが、その必要はないと断られた。


「スイスイ歩くなぁ。ホントは見えてるんじゃないのか?」


「へっへっへ、よく言われる。宿屋は見えてきたかい?」


「あぁ、もうじきだ」


 宿に着くとふたりは中へと入り、各々の部屋へと足を運ぶ。

 階段の上り下りもチヨメにとっては手慣れたもので、セトも驚くぐらいスムーズに進んでいった。


(あれだけの剣腕を持ってると、やっぱり感覚とか違うんだろうなぁ)


 鼻歌交じりに奥の部屋へと入っていくチヨメを見送り、セトはサティスの待つ部屋へと入っていく。


「ただいま」


 扉を開くと、サティスはベッドから上体を起こした状態で、セトにニコリと微笑んだ。


「お帰りなさい。お疲れ様です。さぁ、晩御飯にしましょうか」


「うん」


 セトはベッドの隣にイスを置いて座る。

 サティスは魔術でしまっておいた食べ物を出して、セトに分け与えた。

 ささやかながらも、ふたりで食べる果物やチーズ、そしてハムなどの肉類。

 サティスとともにするこの時間が、セトに安心感をもたらした。

 

 食事のあとのほんの休息。

 サティスの表情も明るく、だいぶ元気が戻ってきているとわかると、セトは早速今日のことを話した。

 居住区の奥にある寺院のような建物、そしてその中に住まう子供たちで組織された自称革命軍。


「なるほど、しかもセトはその子たちにスカウトされたわけですか」


「あぁ、無論革命に協力する気はない。だが……アイツらの境遇とか考えるとちょっとな」


「まぁこのままいけば大人たちに全員捕らえられて、最悪重い罪に掛けられそうですね。ほぼ確実に」


「だろうな。因みに聞くけど、なんとかできないか? 俺と関わった、俺と似たような境遇を持った子供たちが、俺が仲間に加わらないまま失敗して全員酷い目にあうのは、どうも後味が悪い」


 革命軍の子供らに、セトは珍しく後ろ髪を引かれる思いを抱いていた。

 見知らぬ地の出会ったばかりの少年たちに、そういった感情を抱くのはある意味成長かもしれないと、サティスは心密かに喜んだ。


「ん~、どうでしょうね。一回出会ってみないと。それよりも、明日も来てくれって言われるあたり、よっぽどアナタのファンなんですね皆」


「今回ばっかりはよしてほしいよ」


 肩をすくめながらもセトは考える。

 彼らをどうにかするには、基本的には革命そのものをやめさせるしかないわけだが。

 きっとそれではジェイクたちは納得しないだろう。

 なにか説得力のあるものがあればいいのだが……。


 ふたりで考えている内に、外は暗くなり、露店の明るさが点々と街を照らしていた。

 いったん考えるのをやめて、セトが伸びをしながら窓の外を見ようとしたそのとき。


「はい、ボンソワ~」


 こんちわー、とでもいうようなイントネーションの挨拶とともに誰かが扉をノックしてくる。

 チヨメの声だ。


「おっすおっすぅ、入りますよ~。ホイ差し入れだよぉ~」


 そういってチヨメは酒とつまみを持ってくる。

 セトには違うものを持ってきた。

 露店に売ってあったドライフルーツだ。


「あらチヨメさん。どうしたんです差し入れって」


「いやなに、お見舞いだよお見舞い。一緒にここまできた縁だからね。ちょいと一杯やりながら楽しくやろうや」


 こうして、賑やかな時間が訪れた。 

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