第64話 中にいたのは、俺と似た境遇の子供たち
寺院に近づくにつれ、心なしか風が強くなっていく気がした。
街の賑わいをそのまま街の外へと運び、場を一層静かな雰囲気にさせる。
(奇妙な寺院だ。ここに力の手掛かりが?)
入口付近には崩れた彫像やなんらかの柱が、そのまま打ち捨てられていた。
内部の仄暗さに目を細めながら、セトは一歩ずつ慎重に進んだ。
しかし、そこで思わぬ集団に出くわすことになる。
「おい、動くな!」
突如物陰から武器を持った子供たちが飛び出してくる。
歳は恐らくセトより下であろう子供たちが、長い棒の先端に包丁を括りつけた簡素な槍や柄の部分に包帯を巻いたナイフを持ち、切っ先を向けてセトを威嚇しながら詰め寄ってきた。
「アンタらは? この街の住人には見えないが」
「それがどうした! い、いいから手を上げるんだ!」
子供たちは半ば興奮状態でセトを威嚇し続ける。
緊張で手も足も震え、声に張りがない。
数人で囲んでいるが、セトが素早く動けば逃げられそうな立ち位置だ。
セトはすぐに素人だと見抜いた。
状況を冷静に判断し、的確に対処すればどうということはない。
よって殺傷沙汰はなるべく避けたかった。
ここで問題を起こせばサティスに迷惑が掛かるため、下手に攻撃はできない。
(こいつらは見張りか? だとすればこいつらをまとめるリーダーがいそうなもんだが)
セトは小さな溜め息を漏らしながら、軽く両手をあげる。
子供たちはジリジリと詰め寄るばかりで、黙ったまま切っ先を向けてくるだけ。
あまりに対応が遅いので、セトは揺さぶるように口を出してみる。
「このあとどうするんだ? 捕虜をこのまま突っ立ったままにしておくのか?」
セトの言葉に子供たちが惑いだす。
「え、えっと……どうすれば?」
「どうすりゃいいんだろ……」
「馬鹿ッ! 奥へ連れて行くんだよ! オラッ! 歩け!」
中でも血気盛んなひとりが、大声で怒鳴るとセトに不用心に近づきだす。
彼は持っているナイフをチラつかせながら、緊張の面持ちでセトの後ろに立った。
セトは落ち着いた様子で後ろの少年に語り掛ける。
「……武器、取り上げなくていいのか?」
「あん? ……あ、ホントだ」
後ろの少年が気づき、セトの太ももに取り付けられたナイフを取り上げようと手を伸ばした。
ナイフの柄に触れるだろう直後にセトは電光石火の早技で、少年の手を掴み上げ、そのまま組みつく。
痛みは与えず、ただ動けなくするだけだが、それでも余りの早さに少年はバランスを崩し地面に倒れ伏してしまった。
「おわっ!? ……え? え?」
まるで見えない力にひっくり返されたかのような感覚に、少年は思考が追い付かず狼狽えている。
周りの子供たちは、セトの圧倒的な速度を前に皆腰が引けてしまった。
この場における戦意が完全に消失したことを確認すると、セトは少年を離してやる。
「ここはアンタらの縄張りか? だったらすまない。俺は調べたいことがあってここに来ただけで、武力制圧に来たわけじゃない」
セトは少年を立たせて、泥を払ってやる。
少年はポカンとした表情で、セトを見つめていた。
「邪魔して悪かったな。すぐに帰るよ」
そう言ってセトが去ろうとしたとき、子供たちがセトを呼び止める。
「ま、待ってくれよ! なぁアンタ強いんだろ? だったら俺たちの仲間にならないか? いや、なってくれ!」
「そうだよ。兄ちゃんくらい強いのなら大歓迎さ! な? まず俺たちのリーダーと会ってくれ!」
セトを帰らせまいと行く手を塞ぐように囲んで懇願する子供たちには、先ほどの敵意が嘘のように晴れやかで、まるで憧れの存在をみるかのような輝きが瞳に宿っていた。
だが、これにはさすがのセトも困惑する。
「待て待て待て! 仲間ってなんだ? 俺になにをさせようっていうんだ?」
「まぁまぁ、まずはさ、リーダーと会ってくれよ。リーダーはすっごくいい人なんだ。アンタもきっと気に入るさ」
半ば強引に子供たちに寺院の中へと連れて行かれるセト。
奥へ進むと祭壇があり、そこにひとりの少年が立っていた。
「リーダー! すっごい強い子連れてきたぜ!」
「そうだよ。この人めっちゃ強いんだ! リーダーも強い人欲しがってたろ?」
リーダーと慕われる背の高い少年は笑顔でセトを迎えてくれた。
髪は短い金髪で、セトよりずっと年上だろう。
「すまなかったね。きっとこの子たちに強引に連れてこられたんじゃないかな?」
「そうだな。でも、俺がアンタらの縄張りとも知らずに勝手に入って来たのが発端だ。悪くは言えないよ」
「ハッハッハ! 優しいんだね君。……怪我はなかった? 多分武器を突き付けられたんじゃないかと思うけど」
「問題ない。……ところで、アンタは?」
「あぁ自己紹介が遅れたね。僕はジェイク。この子たちのリーダーさ。……そしてようこそ、"革命軍"へ!」
ジェイクと名乗った少年は手を伸ばし握手を求める。
しかし、セトは黙ったままジェイクを見つめ、握手をしようとはしなかったため、仕方なくジェイクは手を引っ込めた。
「フフフ、いきなり革命軍と言われてビックリしちゃったかな? わかるよ。でだ、君の名前は?」
「────セトだ」
その名を聞いた瞬間、ジェイクの表情が強張り、ワナワナと震え始める。
恐怖ではなく、歓喜の震えだ。
そして一気に表情を明るくするとジェイクはセトの肩を勢いよく掴む。
「セト……もしかして、あの
周りの子供たちも騒めき始め、セトを羨望の眼差しで見始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺がセトだったら一体なんなんだ? 伝説って前にも聞いたな。言っとくが俺はただの使いっぱしりだった。ヒーローみたいな華やかな物語なんてない」
「謙遜するなよ。あ、じゃあ……持ってるんだよね? 魔剣。一回でいいからさ、見せてくれないか? 見たいだろ皆?」
周りの子供たちもジェイクとともに騒ぎ始める状況に、セトは酷く困惑した。
魔剣は見世物ではない。
用もなしに抜刀するなど論外だ。
なのでセトは頑なに要望を拒む。
「魔剣は戦いの道具だ。こんな場所で抜くものじゃない」
「そう言わずにさぁ」
「ダメだ! ……勝手に入ったことは謝るけど、だからってここまで好き勝手言われたんじゃ俺も反応に困る」
「そうかい。わかった。悪かった、こっちもちょっと興奮しちゃって」
ジェイクは申し訳なさそうにすると、子供のひとりに椅子を持ってこさせ、セトに座るよう促す。
セトはゆっくり座り、一息ついた。
本当はこんなことをしている場合ではないのだが、セトは彼らのことが気になった。
「なぁ、教えてくれ。アンタは俺のこと知ってたらしいが、アンタも少年兵だったのか?」
「そうさ。僕のほかにも何人か元少年兵だった子はいるよ。もうすぐ帰ってくるはずだ」
「出払っているのか。じゃあ見張りのあの子たちは……」
「あの子たちは戦争で親を亡くしたり、親に捨てられたりしたんだ。行く当てもない孤児だったのさ。でも、君の話はいくらかは知ってたみたいだ」
「ふぅん……。じゃあ、革命軍っていうのは? まさか、国と戦おうっていうのか?」
セトが聞くと、ジェイクがニヤリと笑う。
「そのとおり。僕らは大人たちと戦うんだ。僕らをこんな目に合わせた大人たちとね!」
ジェイクの瞳には、大人たちへの復讐の炎が宿っていた。
セトはそれを感じ取ると、すぐにピンときた。
(まさか俺を革命軍に入れて戦わせるつもりか?)
気付けば日はだいぶ傾き、そろそろ夕方になろうとしていた。
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