第63話 疲れたサティスに代わり、俺がこの街をまず歩く。

 古代遺跡ホピ・メサに着いたのは昼下がり。

 ベンジャミン村のように背後に山脈を持つ街で、いたるところにかつての居住区や祭壇の跡が残っている。

 その構造を利用した街並みは、今と昔を上手く溶け込ませ、訪れた者に"どこか懐かしい"と感じさせる雰囲気が漂っていた。


 まずは宿を取る。

 木と石を使用した小綺麗な建物で、見晴らしのいい2階の部屋にした。

 チヨメはひとりでも大丈夫らしく、セトたちとは少し離れた部屋へと泊まる。


 さて、部屋も取ったので早速調査をしようと思ったのだが。


「ごめんなさいねセト。ちょっと疲れちゃって」


 サティスはしんどそうにしながらベッドに寝転ぶ。

 オークキングとの戦闘で魔力を莫大に使ったためか、少しの休憩を挟んだのだが、それでもここへ来るまでずっと疲労困憊のような様子であった。

 歩くのもやっとで、この街に着いたときには笑顔すら見せないほどに疲弊していた。


「ごめんなサティス。やっぱり俺が出ればよかったんだ。俺があのオークキングと戦ってればサティスは」


「なにを言うんですか。あれは私が向き合わなくちゃいけないことだったんです。いつもセト任せじゃ悪いでしょ?」


「いや、だが……」


「んもう、煮え切らないですねぇ。今日は休みますので調査は明日からにしましょう。大丈夫ですよ。そのころにはバリバリ回復してますので、明日はふたりで回りましょう」


「……わかった。ゆっくり休んでくれ。あ、そうだ。俺が今からどこか見てこようか? それで気になるところがあったら、教えるよ」


「え、でも……」


「いいから! 歴史のこととかは俺全然わからないけど、簡単な偵察くらいなら出来るさ。任せてくれ」


「ん~、わかりました。でも無理はしないでくださいね。なにも見つからなくても、暗くなる前に帰ること。いいですね?」


 セトは笑顔で頷くと部屋から出る。

 半ば駆け足で廊下と階段を渡り、宿屋の外へ出た。

 そのときにはセトの表情は少し曇っていた。


「サティス、元気なかったな」


 サティスの笑顔が見られない。

 たったそれだけでもセトには重く圧し掛かった。


 セトにとってサティスの微笑みは人生の中で初めて見つけた宝物。

 しかし今サティスは戦闘で疲れ果て、身体も満足に動かせない状態だ。

 別に死ぬわけではないが、セトは彼女の弱っている姿を見るのが耐えられなかった。


 森の中で最初出会ったときなら、きっとこんな感情は湧いてこなかっただろう。

 あのときもサティスは弱っていたが、それでも普通にセトは単独行動が出来た。

 だが今はどうかと問われればそれは明白である。


 セトはサティスのことが心配でたまらない。

 早く元気になってほしいという思いと、早く彼女と一緒に歩きたいといった願望がずっと心の中で忙しなく交差している。


「……サティスなしじゃ生きられねぇな俺。ハハハ」


 乾いた笑みを浮かべながら宿から離れ、探索を試みる。

 その間何度か宿屋のほうを見ながらも、セトは遺跡とともにある街並みを歩き回った。


 ゲンダーは手紙でここに鍵があると言っていたが、今のところそれらしい物は発見出来ない。

 どうもサティスのことが気になって曇った心境のまま市場を周っていたとき、チヨメが歩いているのが見えた。

 セトは駆け寄り、彼女の横に並ぶ。


「あ、チヨメじゃないか。おーい!」


「んんん~? この声はセトかな? どうしたってんですこんなところで。……あのお姉さんは部屋でお留守番かい?」


「あ、うん、そんなところだ。……いや、俺たちのことはいい。アンタこそ、こんなところを歩いてどうしたんだ? どこか行くのか?」


「いやぁ、アタシは商売だよ。アタシって巫女はね、祈祷してその家の厄を払うんだ。んで、金貰う。さっき向こうの家でやってきたんでさぁ」


「へぇ~、そんな仕事もあるのか」


「まぁ二束三文さ。足りねぇ分は別の仕事して賄うさ」


「別の仕事って?」


「ん~知りたい?」


「……やめとこう。でもアンタすごいな。ひとりでなんでも出来るなんて」


 セトは自嘲気味に笑って見せる。

 ついチヨメと自分とを比べてしまった。

 その中にある落ち込んだ雰囲気をチヨメは感じ取る。


「……やれやれ、いくらあのお姉さんが元気ないからって、お前さんまで元気なくしちゃ元も子もないよ」


 チヨメは疲れたサティスにも道中気を配ってくれていた。

 今度はセトの番かと言わんばかりに、肩をすくめながら軽くセトを撫でる。


「いいかい? 別に死ぬってわけじゃない。疲れたときはたっぷり飯食って一晩寝りゃ元気になるもんだ。あのお姉さんだって同じだよ」


「いや、そうだけど……サティスが元気ないのってなんか、胸がキュッと苦しくなるんだ」


「ハァ~煮え切らないねぇ。シャキッとしなシャキッと! 別に悪いことしたわけじゃないんだ。堂々としてりゃいいんだよお前さんは。そのほうがあのお姉さんにとってもいい薬になるってもんだ」


「そう、かな?」


「そうだよ。子供は元気あるほうがいいもんさ」


 そう言ってチヨメは食べ物を売っている露店へセトを連れて行き、果物をセトに買い与えた。

 セトは最初断ったがチヨメの強い押しに負けて、その果物をいただくことに。


「アタシの奢りだ。子供はたくさん食ってナンボだよ」


「あぁ、いただきます。……悪いな」


「謝るんじゃないよ。それ食ったら、ちゃんとあのお姉さんに笑顔見せてやんな」


「わかった、約束する。でもその前に俺は探し物があるから」


「探し物ねぇ。まぁなんのことかはわからねぇが、しっかりやんなせぇ」


 そう言ってチヨメはまた杖を突きながら歩いていった。

 どんな仕事内容なのかを着いていって見てみたいと思ったが、それはまたの機会にしようとセトは自分の務めを果たそうとする。


 さっきまでの曇った面持ちとは違い、自分のやるべきことをしっかりと自覚した凛々しい表情になっていた。

 なにかひとつでも情報と言えるものを持って帰らなければサティスに顔向け出来ない。


「街の中に特に目ぼしいものはなかったな……次はもっと奥へ行ってみるか」


 暗くなるまでには時間がある。

 街の奥の方、山脈に近い区画へと足を運んだ。

 進んでいくうちに市場のような賑わいや人混みは徐々に消えていく。

 

 どうやらここは居住区のようで、子供たちが無邪気に遊んで走り回っているのを何度か見た。

 だが、余所者はあまり歓迎されていないらしい。


 セトが歩いているのを窓から見るや、すぐさまカーテンを閉める家もあったり、そっとセトの様子を伺っている住人も何人か見られた。


(ちゃっちゃと調べて帰るかな。たぶんあそこが最後だ)


 セトが向かった場所は、ホピ・メサの中でもより簡素な場所だった。

 奥には岩山があり、その一部を加工し、寺院のように仕立てている。

 石窟寺院であり、かなり古いものだ。


(あれは……?)


 周りにはいくつものトーテムポールが建っている。

 あそこになにか手掛かりがあるかもしれないと、セトはゆっくりと進みゆく。

 

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