第57話 大魔術セブンス・ヘブン

 サティスの切り札『セブンス・ヘブン』が発動する。

 この上ない魔力がまるで波動のように天と地に広がった。


「こ、これは……貴様一体なにを!?」


 オークキングが狼狽しながら天を見上げる。

 佇んだままのサティスは彼を見下すような視線を向け、拳を握りしめた。

 そして次の瞬間。


「────、────」

 

 サティスがなにかを喋った。

 だがその場にいる全員がそれを聞き取ることは出来なかった。


 まるで高速で喋っているかのように不可解な言語と発音が耳に残る。

 あまりの現象にオークキングが素っ頓狂な声を出したその直後、彼の持っている巨斧が


「な、なにぃ!?」


 先ほどまでそこにいたと思われるサティスが一瞬の内にオークキングの懐まで潜り込み、魔力を込めた拳で斧を砕いたのだ。


「────」


 更に彼女がなにかを喋る。

 だが速すぎて聞き取ることは出来ない。

 声を認識しようと思った直後にはすでにサティスはいなくなっており、後方に回って魔炎による攻撃を仕掛けていた。


 オークキングが斧を打ち砕かれたことに驚愕していた。

 だがすでに魔炎は身体に直撃し、その業火を以て巨躯を焼いている。


 全てが速い。

 こちらの認識や能力がまるで追いつかないほどにまで、サティスの一手一手がとんでもない速度で行われている。


「ぐ、ぐぎゃああああッ!!? なんだ! なんだこの魔術はぁああッ!!」


 ダメージを受けながらオークキングは思考する。

 サティスの行動があまりにも速い。

 まるで自分の時間を速めたように。


(まさか……速度上昇の魔術か!? 動く速度も、魔力を練る速度も全てを早くする術!)

 

 無論、離れて見ていたセトもオークキングと似たような考えを抱いていた。

 あまりにも速すぎるサティスの動きに、驚愕を禁じ得ない。


(……あらゆる速度が上昇した。恐らく皆さんそうお考えかと。……ですが、私のはちょっと違うんですよねぇ)


 心内で思いながらも、サティスはオークキングの周りをあちらこちらへと動き回りながら様々な魔術を行使していく。

 先ほどとは違い、オークキングはまったく反応出来ずに全ての技を喰らっていた。


 左手の無効化のアイテムを行使しようにも、あまりにも目まぐるしく属性が変わるので反応が出来ない。

 ある属性を無効化しようかと思えば、すでにその属性による攻撃は終わって、次の属性の攻撃に移行していたりなど、彼の持つ処理能力では追いつけなかった。


「な、ぜだ……なぜ、追いつけん!? なぜワシの手段がことごとく……ッ!」


 オークキングは完全に無抵抗の状態で術を喰らっていくが、元からの体力や防御力の高さからなんとか立っている。

 そんなオークキングを睨みつけるようにしながら、またサティスはオークキングの背後に移動した。


(速度上昇? いいえ、全く違います。むしろ逆ですよ。私のとっておきであるこの『セブンス・ヘブン』の力とは即ち、私を『基本』として時間の速度を極限まで遅くする大魔術ですからね)


 彼女の『セブンス・ヘブン』は時間操作系の大魔術。

 彼女に近づけば近づくほど世界の時間の流れは遅くなり、術者以外のあらゆる意識や能力でもそれを知覚・認識することは出来ない。


 彼女以外の者は普段通り動いているように感じているが、サティスから見れば、一瞬の出来事が数時間かけて起こるかのようなスローモーションで映り、サティスの動きを見た者は彼女の動きが目にもとまらぬほどの速さで動いているように見える。


(例え通常の時間の流れで、神速と言われるような一撃であるとしても、このセブンス・ヘブンの時間の中では、私以外の全てがノロマ。まさに神様の概念ごと世界を置いてけぼりにする大魔術。ほんの一瞬の思考時間であっても、私の目から見れば、最早止まっているも同然ッ!)


 流れゆく風も、それに乗って舞う花びらも、砂埃や爆発の際に飛び散る鋭い岩の破片や、一瞬にて起こる無効化すらも、サティスの魔術によって、一瞬の出来事が数時間かけて起こる出来事に感じるほどに、全ては超鈍速の世界へと変動する。


 その中で普段通りに動き、対応することが出来るサティスは、オークキングのある行動に目が留まった。

 また左手をかざし、今度は透明な宝石に力が宿ろうとしていたのだ。


「なんの魔術かはわからんが、恐らくは無属性魔術! その対策も怠るとでも思っていたか!! 無効化は瞬時に行われる。瞬時になぁ!!」


 そう言って発動しかけた。

 だが、サティスはすでに行動を起こしており、もう攻撃直後の動作へと移っている。


「やれやれ。スローモーションのせいで言葉も遅く聞こえてしまいますが、大方予想はつきます。無属性魔術の無効化でもやろうとしてんでしょう? ……なら、やるべきことは簡単ですね」


 人差し指に魔力を溜め、そこかからいくつもの鋭い熱線を放つ。

 狙いは正確で、次々と宝石を撃ち抜いていった。


(セブンス・ヘブンの使用時間は私の体感でおおよそ3分ほど。……そろそろ決着を付けなくては)


 ふと、サティスはセトの方を見る。

 サティスの魔術に困惑しながらも彼は目を輝かせていた。


 セトはサティスの凄さに改めて心を動かしている。

 その上で、サティスの戦いを見守ろうと、彼は胸を張ってそこに佇んでいた。


(あぁ……あの輝き。そう、あの輝きに私はここまで導かれたの。馬鹿みたいに高いプライドしかなかった私を……その全てを打ち砕かれたこの私を、全力で導いてくれたのは) 


 サティスの顔を遅くも優しく風が撫でた。

 柔らかな感触と冷たさが伝わる中、サティスの目にも彼と同じ輝きが宿る。


「さぁ、残り数秒。覚悟を決めなさいッ!!」


 全ての宝石が砕かれて破片が飛び散る中、まぬけにも大口を開けて驚いているオークキング。 

 その怯えの表情と滝のような汗からは最早先ほどまでの威勢は感じられない。


「おおおぉぉおおおおおおおおッ!!」


 サティスの両の掌に魔力が集中する。

 そして一気に放たれると、魔炎の弾丸が無数に飛び出し、オークキングの方へと飛んでいった。


「ぐぎゃあああああああああッ!!」


 なにが起きているのかもわからず、魔炎のラッシュを全身にて受ける。

 元々の図体はあまりにも当たりやすい的そのもの。


 全ての弾丸が殴りつけるように直撃していく中、オークキングの身体は高熱で焼けて、溶けながらもその表情を恐怖に歪ませる。


(こんなッ! こんなことがッ! ……なにがいけなかった? なにがワシの敗因だ? そんな、バカな……ワシの判断は全て、完璧なはずなのにぃいいいいいッ!!)


 最期は断末魔を上げて、魔炎と共に爆発四散。

 同時にサティスのセブンス・ヘブンの効果も切れた。


 時間は元の正常な流れへと戻り、サティスはあれほど遅く感じていた空気の流れが一気に来たことで少しバランスを崩す。

 本来ならどうってことのない風だったのだが、セブンス・ヘブンとその最中の様々な魔術により膨大な魔力を消費した彼女には少し強すぎた。


 その場にへたり込み、身体が震えている。

 息を乱す彼女にセトが走ってやって来た。


「サティス! おい大丈夫か!?」


「アハハ……、初めて、本気になって頑張りました」


「……お疲れ。やっぱりすごいな、サティスは」


 戦いが終わり、サティスの身体が動くようになるまで休憩とした。

 街はもうすぐということもあり、少し休めば大丈夫だとサティスはセトとチヨメに言う。


 サティスは試練を乗り越えた。

 彼女は自分の進む正しいと思う道に誇りを感じながら、セトの隣で瞑想するように目を閉じて休んでいる。

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