第56話 因縁の対決、サティスの覚悟
魔王軍幹部オークキング。
かつては魔王を支える古参のひとりとして、その剛腕を振るっていたのだが、今となっては烏合の衆の頭にまで落ちてしまった。
だが、その戦闘能力はいまだ健在。
むしろ魔王軍にいた頃よりも生き生きとしており、心なしか眼光に闘気が迸っているようにも見えた。
魔人とはいえサティスの膂力はオークキングには劣る。
まともに近接戦をすればたちまちやられるだろうとサティスは踏んでいた。
となれば得意の魔術で応戦するほかない。
場所を考えれば種類は限定されてくるが、ここで逃げるわけにはいかないと、サティスの中に強い意志が炎となって胸に宿る。
「グフフ、貴様の魔術でどこまで我が猛攻を凌げるか」
「さぁ。少なくとも幹部時代よりかはのびのびと戦えますがね」
「ぬっひゃっひゃ! 言いよるわ! ……ワシとて遊んでおったわけではない。魔術対策を怠るとでも思うたか?」
「……では、その対策がどこまで出来ているか、私が直々にテストして差し上げましょう」
サティスから魔力が放出される。
空間が軋むような音を発しながら彼女に密集する魔力の渦。
掌を合わせるようにして魔力に息吹を吹き込み、術式通りに練っていく。
そして一気に腕を広げると、紫色の魔炎が彼女を守るように盛り立った。
「ぬひゃひゃ。その小賢しい術ごと貴様を真っ二つにしてくれるわ!」
そう言って巨斧を両手で持ち、大上段に振り上げる。
日の光に妖しい光を帯びた刃が、勢いよく大地に振り下ろされた。
轟音を上げながら、真っ直ぐサティスの方向へと、地面が岩の棘のように隆起する。
土属性の魔術のような芸当の技を繰り出したオークキング。
サティスは眼鏡の奥で鋭く目を光らせて、魔炎による障壁と迎撃を繰り出す。
土と炎がぶつかり、砂埃を孕んだ爆炎が空高く舞った。
「そぉぉりゃあああッ!!」
そんな中、オークキングはその巨体からは考えられないほどの跳躍を見せ、サティスが腕を十字にして防御態勢をとり動けなくなっていた所へ、再度その斧を振るう。
凄まじい刃風を孕みながら、ハッと気づいたサティスの頭上へと飛来した。
サティスは魔人特有の身体能力を活かし、ダンサーのように軽やかなバク転バク宙にてそれを回避。
だが、その攻撃は二段攻撃。
砕けた岩や石が容赦なく彼女の方へと矢のように飛んでくる。
「こんなものッ!!」
サティスはすかさず魔力を練り、風魔術のカマイタチによる斬撃を浴びせ、岩や石を次々に斬り刻んでいった。
そしてその斬撃は勿論オークキングの方へと飛ぶ。
一撃一撃に最大の力を込めて戦うオークキングは、地面に刺さった斧を抜くのがやっとで、このカマイタチを躱す余裕などない。
「そのまま斬り刻まれなさい!」
「馬鹿め! ワシの先ほどの言葉をもう忘れたか!」
オークキングは肩に柄を乗せるようにして斧を担ぎ、そのまま仁王立ち。
予想外の行動にサティスは驚くが、それ以上に驚くことが起こる。
オークキングが突如として左手をかざす。
すると、指輪の宝石の内、緑色の宝石が輝かしく光るや、サティスの風魔術が瞬く間に相殺されてしまった。
「ぬっひゃっひゃ! どうだ見たか! この手に付けているのはただの宝石ではない。それぞれの色が示す属性の魔術を無効化するアイテムだ! 貴様は魔術師タイプの魔人であり、近接戦闘においてはワシに劣る。……フッ、もう勝負は見えたも同然だな。魔術師など、魔術が使えなければただのカカシよ! グワァーッハッハッハッ!」
高らかに笑うオークキング。
どこで手に入れたかは知らないが、恐らく全ての魔術師にとって最も恐ろしいアイテムではないだろうか。
それもほぼ全部の属性に対応できるようにそのアイテムを身に着け、あぁも得意げに振る舞っている。
魔術など恐るに足らずと言わんばかりに、オークキングは鼻息荒く巨斧を上段に構えた。
サティスは眼鏡の奥で片目を瞑りながら、オークキングを睨んでいる。
魔術を得意とする彼女の攻撃手段を無効化する術があるのなら、最早サティスの圧倒的不利は明白だ。
「……俺が行こう」
離れて見ていたセトは眼光鋭く、魔剣を手に前へ出ようとした。
しかし、サティスは手でそれを制する。
「言ったでしょうセト。コイツは私が仕留めます」
「でもこのままじゃ……」
「ぬっひゃっひゃっ! 強がりを言うてはならんぞサティスぅ! 貴様の敗北は明白である。ここは下がって小僧に守られておけばよい。無様になぁ!!」
サティスを笑うオークキングを鋭く睨みながらセトはまだ一歩また一歩と踏み出そうとする。
この状況にサティスは溜め息をひとつ。
呆れからではない。
それは自分の気持ちを落ち着かせる為の呼吸。
「強がり……えぇ、確かに私はよく強がりを言います。幹部時代なんていい例でしょうね。プライドが無駄に高くて、結果を出せないことで常にイライラしていました」
サティスはゆっくりとした動作で眼鏡を外し、レンズ部分の薄っすらとした汚れを綺麗に拭き取る。
目を閉じて過去を振り返るように語る彼女は眼鏡をかけ直すと、瞼を開いて光に満ち満ちた瞳を見せた。
「クックックッ、今更過去を悔やむか? 愚かな……それを遺言にでもする気か?」
「サティス、なにを?」
思わずセトも動きを止める。
彼女の背中から強い意志のようなものを感じた。
普段見ている彼女のそれとは違う気高いなにかに、セトの心が揺らぐ。
「セト、離れていてください。……これから私の『とっておき』を使いますので」
「とっておき? ……でも魔術だろう? あの左手のアイテムに対抗できるのか?」
「出来ると思います。……昔の私ならきっと変にプライドが邪魔して使えなかったでしょう。でも今なら使える。これを使って、セト、アナタを守れるというのなら、全力でもなんでも出しますよ」
サティスの力強い言葉にセトはなにも言えなかった。
だが、オークキングとの相性の不利を考えるとやはり自分も戦闘に出た方がいいのではないかと、セトは考えている。
すると、後ろの方で今まで黙っていたチヨメが声を掛けてきた。
「セト。なぁにやってんだい。早く退いてやんな」
「で、でも……」
「いいから、ほら」
チヨメは微笑みながら手招きして言うと、場を広くする為に何歩か後ろへと下がっていく。
セトも彼女の後をついていった。
「なぁチヨメ」
「ん?」
「俺は、なにも出来ないのか? なにかしちゃいけないのか? サティスの為に……」
「今は信じてやんな。……誰かを守ると決めた女の覚悟ってぇのは、男の馬鹿力よりもずっと強ぇもんさ」
そう言ってセトの肩を叩く。
セトは視線を下ろしながら口をつぐんだ。
そして離れた場所で落ち着かない様子になりながらも、サティスの戦いを見守る。
「なんでい。意外に心配性?」
「……サティスが傷付くんじゃないかって思うと、なんか、胸が苦しくなる」
「ガキンチョとはいえ仮にも
チヨメに一喝され、セトは静かにサティスを見守ることにした。
サティスの言う『とっておき』が勝負を決める。
オークキングとサティス、両者の間に風が吹いた。
美しい響きが鼓膜に響く中、オークキングは更に殺気を醸し出し、真逆にサティスは普段以上の落ち着きを手に入れる。
「せめて美しく死に華を咲かせてやろう。この土地の風は、鎮魂歌には丁度よいだろうしな」
「いいえ、死ぬのはアナタです」
サティスは静かに魔力を練る。
本来であれば勇者一行に向けるはずだったサティス最強の魔術。
「────"セブンス・ヘブン"。開幕です」
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