第55話 アタシは死ぬのは嫌でございます。
野盗達が得物を手にセトとチヨメににじり寄る。
かなりの数であり、腕っぷしにも自信がありそうな連中だ。
主な武器は剣や斧、短剣といったもの。
魔剣を使えば一蹴は出来そうだが、目の不自由な女性を守りながら戦うというのは、少しばかり骨が折れそうだ。
「チヨメ、俺が活路を開くから逃げてく……いや、目が見えないことを考えると……」
目が不自由なチヨメを背後にして庇うように、セトが空間から魔剣を引き抜こうとしたそのとき、チヨメが彼の肩を叩いてなだめる。
「あ~、セトって言ったね。大丈夫、アンタがそんな身構えなくても。ここはね、アタシに任せて」
声色はこれまでのように優しげだが、彼女の言葉遣いが若干崩れているように感じる。
杖を突きながらセトの前へ出て、囲んでくる野盗達にヘラヘラと笑いながら、チヨメは言葉を掛けた。
「あの、もし? どこのどなたかは存じませんが、女子供に
「ハッ、聞いたかお前等。俺達無法者相手に……"暴力はいけませんよ"だってよぉ?」
「ハハハ、そりゃ面白れぇな! ……やめなかったら、どうするんだい?」
「いや、そのぉ~。そんな怖い声出さなくてもいいじゃないですかぁ。ねぇ? 見ての通り金目の物なんてもってないですしぃ。せめてアナタ方の総大将の戦いが終わるまでジッとしてるってぇのは?」
「そうはイカのナントヤラだ。俺達の総大将の命令だ。テメェ等はここで死ぬんだよぉ」
「ありゃ……」
そう言いながら2人の野盗が剣を構え、上段、刺突の動作に入る。
そのままチヨメを殺そうと迫って来た。
(ヤバい! チヨメは目が見えないから防いだり避けたりすることは……ッ)
セトがそう思い魔剣を取り出そうとした直後、彼にとって馴染み深い一陣の風が吹いた。
剣を振り抜いた際に生じる風、剣風だ。
閃光すら映らぬほどの速さで斬撃が宙を迸り、瞬く間に命を刈り取っていた。
しかもその斬撃を放ったのが、セトが守ろうとしたチヨメであったから驚きだ。
杖と思っていたそれは仕込み杖。
左手には鞘を、右手には直刀造りの長ドスを逆手に持ち、超速の斬撃を放ったのだ。
まさに抜く手も見せぬ鞘走り。
抜いたと同時に先ほどの野盗2人のどてっ腹は斬り裂かれ、チヨメの足元に血の池を作っていた。
この光景に思わずセトも息を飲む。
セトですら、その斬撃を目視することは困難であったからだ。
「……────人が下手にでりゃ調子に乗りやがって」
先ほどの優し気な雰囲気は消えて、ドスの利いた口調で周囲を威嚇するチヨメ。
右手の長ドスに塗ら付いた血を払い、日の光で不気味に揺らめく刀身の光を、残りの野盗達にチラつかせる。
「チヨメ、アンタ戦えたのか……それにさっきのは異国の剣士が使う技だろ? もしかしてアンタその国の……」
「バレちまったか。まぁしゃーねぇや。お前さんはどうするね? 隠れててもいいが……」
「いや、一緒に戦うよ。俺も元は兵士だ。戦い方なら心得てる」
「さいでっか」
セトは魔剣を空間から取り出し、正眼に構える。
二振りの魔刃の煌めきが、野盗達の恐怖を大いに増進させた。
魔剣使いに超速の居合斬り。
集団で攻めかかった所で、命を刈り取られることは目に見えていた。
それが二の足を踏み、誰も彼もが恐怖に顔を歪めている。
「これだけの人数、やれるのか?」
「あっちじゃ日常茶飯事でね。これくれぇなんともねぇ」
(サムライすげぇ……)
ジリジリと拮抗が続く中、野盗の中で短気を起こす者が現れ始める。
次第にセト達の方へと詰め寄って来た。
「戦えるんなら、任せるよ」
「怪我しねぇようにね?」
「了解ッ!」
セトはチヨメから離れ、野盗の一団へと躍り出る。
セトに斬りかかる者達と、チヨメに斬りかかる者達とで分かれた。
「うぉぉおおおッ!!」
野盗達の凶刃が襲い掛かる。
それをセトはひとり、またひとりと薙ぎ払い葬っていった。
セトに降りかかる力任せの太刀筋。
巧みに見切り、身を返しながら躱す。
その上で戦場で練り上げた撃滅剣を、彼等に叩きこんでいった。
子供とはいえ魔剣使いと知った彼等に慢心はなかったが、圧倒的な剣腕の差に次々と倒れていく。
右へ薙ぎ、左に裂いて、下から突き、容赦のないセトの斬撃が彼等を倒しつくすのはそう時間はかからなかった。
セトはすぐさまチヨメの方へ行こうとしたが、その剣戟に思わず圧倒された。
────斬るように舞う。
────舞うように斬る。
まるでそれそのものが神事であるかのように。
超速の斬撃に成す術なく、血飛沫と断末魔が宙に舞う。
攻撃しようと武器を振り上げた直後にはすでにその腹を裂かれており、囲んで同時に斬りかかろうにも、1人が斬られて死んだかと思いきや、そのときにはすでに2.3人が葬られているという信じられない状況が彼等の目の前に広がっていた。
光線のように速いその剣捌きによって、瞬く間に数が減る。
完全に戦意を失った野盗の残りは、尻尾を巻いて逃げてしまった。
「……」
残心。
チヨメはゆっくりと鞘に長ドスを納め、またいつものように杖を突く。
「終わったようだな。……それにしてもアンタ、強いんだな。驚いたよ」
「そういうお前さんも、たいがいだよ。声からしてアタシよかずっと年下でしょうに」
チヨメは返り血のついた頬を懐から取り出した手拭いで拭き取る。
巫女服にもいくらか付いていたが、不思議なことにみるみうちに消えていった。
「ん? 服に血がついてたかい? 大丈夫、アタシの着てるこれはちょいと特別でね。不浄なる穢れはこの服にかけられてる加護でちょちょいと取れんのさ。……もっとも、その穢れ生んでんのはアタシなんだけどな」
自嘲気味に笑いながらも、チヨメは仕込み杖を撫でる。
そんな彼女とあの超人的な剣捌きに、セトは一種のシンパシーを感じた。
「でも斬られなきゃ斬られる。死ぬのが嫌だから、アンタはそこまで強くなったんだろう? なにが切っ掛けかは知らないけど、あの剣術は流石としか言いようがねぇよ」
「死ぬのは嫌でございます。我が身可愛さでドス振り回すこともありゃ、ひょんなことから誰かの為にって戦うときもある。他人に対しても自分に対しても、良いときもありゃ悪いときもあるのがアタシの人生でさぁ」
ふたりの間にふと涼風が舞い込んでくる。
戦闘で火照った身体が癒えて、心にも安息が宿ると、セトはすぐに切り替えた。
「そうだ……サティスは!?」
どうやらすでに戦闘は開始され、凄まじい戦い模様を見せていた。
魔物対魔物、魔王軍幹部同士の戦いである。
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