第54話 カタジタの道で、サティスは懐かしい顔と出会うが……

 再び歩き始めて2時間余り。

 セトとサティス、そして旅は道連れ世は情けと盲目の歩き巫女チヨメが街道を進んでいく。


 北へと進んでいくと、これまでの道とは段々情景が変わっていった。

 緑が少なくなり、荒野のように剥き出しの茶色が目立ってくる。

 乾いた風が吹き、時折遠くで小さな砂嵐を起こしていた。


「景色が変わってきましたね。これまでと違ってちょっと寂しい感じはしますが」


「そうだな。……空に飛んでんのは鳶、じゃないな。コンドルって奴か?」


「こ、コンドルってぇのは、鳥ですか? こっちに襲い掛かったりは……」


 目を閉じながら見上げるようにして顔をしきりに動かし、少し怯えるようにして聞くチヨメ。

 曰く、食事中に鳥の群れのようなものに襲われたことがあるらしい。


「大丈夫ですよ。なんかあったら私が追っ払いますから」


「アハハ……申し訳ありませんね。どうも鳥っていうのは苦手で。特にカラスなんてカァーカァー喚きながら来るもんですから」


「まぁなにかあったときは俺達に任せてくれ。……多少だが、腕には自信はあるぞ」


「ほーん、多少ねぇ」


 チヨメは笑顔を絶やさずに頷いてみせ、器用に杖を操りながらセト達のペースに合わせている。

 あまりに器用に歩く姿を見て、実は見えているのではとふと考えてしまうほどだ。

  

 しばらく進むと、渓谷を形成するようにいくつもの岩山が連なっており、その間に道が続いている。

 『カタジタ』と言われる場所であり、ホピ・メサの歴史とこの土地は何万年も前から関連のあるものとされ、地元住民に慕われているのだとか。

 

 岩と岩の間から風が吹き抜ける音が聞こえる。

 それは優しく頬を撫でると同時に、美しく鼓膜に響いてきた。

 反響して増幅したあらゆる音が、風と共に岩の間をくぐり抜けていく。


「不思議な場所だ……岩と風だけなのに、なんでか"綺麗だ"って思える。ベンジャミン村やウレイン・ドナーグの街で見た風景より寂しそうなところなのに、なんだか胸にグッと来るものがあるな」


「それだけ自然と人間との間で形成されてきた歴史が深いということでしょう。大地と命の神秘というやつでしょうかね」


「アタシは風と音くらいしかわかりませんが……アナタ方の反応で、どれだけ良い場所なのかが想像出来ます」


「よし、じゃあ進もう。ここにある看板によれば、えーっと……カタジタの道を越えた先にホピ・メサがあるらしいぞ」


 古びた看板に刻まれた文字を読み、目的地が近いことを知る。

 そのことも相俟って、観光旅行の続きのように高揚感が抑えられない。

 

 カタジタの道を3人並んで進みながら、太陽に照らされた岩肌の壮大さを視界に焼き付けていく。

 チヨメは耳と肌でこの大自然を感じとりながら、セトたちの歩調に合わせ進んでいた。


 サティスはカタジタの風景を見ながら古代遺跡『ホピ・メサ』の歴史を思い描き、眼鏡を光らせ眺め歩く。

 心地良さを感じながらしばらく歩くと、広い空間に辿り着いた。


 そこには簡素な休憩場があり、オンボロのベンチが2つほど並んでいる。

 少し休もうかと思った直後、突如風に乗って大声が響き渡った。

 

「待てぇいッ!!」


 地の底から響き渡るような野太い声だった。

 岩壁の上に誰かがいる。


 太陽光に阻まれ視認することは困難であり、しっかりと確認する前に、3人は瞬く間に謎の集団に囲まれてしまった。

 下卑た笑みを浮かべながら得物を手に舌なめずりする者たち、野盗だ。

 

 そして岩壁から凄まじい地響きを起こして舞い降りたのは、驚愕の存在だった。

 なにを隠そう、それはサティスがよく知る者だったからだ。


「ガハハハッ!! 久しぶりだなぁサティスよ! こんなところで歩き彷徨っていたとはな!」


「あ、アナタは……嘘!? オークキングゥ!?」


「如何にもッ! オークキングであるッ! ガッハッハッハッハッ!!」


 それはかつての仲間。

 サティスは知らないが、とある戦場にて敗戦直後に部下である魔物達を置いて逃げて行った魔王軍幹部である。


「なぜアナタがここに!? 魔王軍がこんなところまで進行しているという情報はなかったはず!」


「ん~? なぜワシがここにいるのか? フハハハハ! 知恵者というのも大したことはないなッ! 教えてやろう」


 そう言ってオークキングはでっぷりとした肉体を揺らしながら、3人に近づく。

 右手には巨大な斧を持ち、左手には宝石のついた指輪をたっぷりとつけていた。

 彼は自信満々の笑みで言い放つ。


「ワシは魔王軍を抜けたのよッ! いいか? ワシ自らが下した『英断』でッ! 魔王を見限ったのよッ! ガハハハッ!」


 巨体を仰け反らせながら大笑いするオークキング。

 彼の笑いに続き、周りの野盗たちもゲラゲラと笑い出す。


「サティス、コイツは……?」


「オークキング。私と同じく、魔王軍幹部のひとりです」


 簡単に説明するサティスの表情は真剣そのもので、薄っすらと敵意すら見せている。

 魔王軍を抜けた経緯がなんなのか、なぜ野盗を引き連れているのか、そしてどうしてこの場所にいるのかと、疑問が尽きない。

 サティスは頭の中で渦巻くこれらの疑問を整理しながらも、一歩前へと踏み出る。


「オークキング。魔王を見限ったとは? アナタは幹部の中でも卓越したパワーの持ち主。アナタは魔王からの信頼も厚く、近接戦闘においては魔王軍の中でもトップクラスに入る豪傑であるというのに。……なぜ、アナタは人間の、野盗の長を? どこからどう見ても落ちぶれたようにしか見えませんが? もしかして、私と同様任務に失敗したとか?」


「う゛……、うるさいッ! ワシにはワシの考えがあってのことだ! こやつ等はワシの志に賛同し、ワシの能力に心酔している者達だ。見ての通り人間ではあるが、ど~してもということで、ワシが仕方なく家来にしてやっているだけだ。……ワシは、ワシを王とした王国を築くのだッ!!」


 そう言ってまた大笑いする。

 サティスはそれを聞いて呆れたように溜め息を漏らした。

 セトは状況がいまいち飲み込めないようで小首を傾げており、チヨメは黙ったまま俯くようにして杖を大事そうに両手で持っている。


「なぁサティス。……魔王軍ホントにどうなってんだ? 幹部ってそんな簡単に辞めれるものなのか?」


「いえ、彼って結構見栄っ張りというか自分を大きく見せたがるという節がありますので……。恐らくなんらかの任務で失敗して、魔王の下に帰れなくなってしまったんじゃないかと。私の件で自分も酷い目にあわされるんじゃないかって思って怖くなったんでしょう。戻るに戻れない、でも自分が無能みたいに感じるのは嫌だからあぁして自分よりも弱い存在を従えて有能ぶってるんでしょう」


 サティスの辛辣な言葉に、オークキングは完全に固まる。

 まるで心を見透かされたように他人に解説され、彼の顔に大きな焦りの色が表れた。


「お、憶測をさも真実のように言うなッ! 無礼者め!」


「いや、それ以外に考えられないかなぁって」

 

「なんだとぉ!? ……ふん、折角懐かしい顔を見つけたから、ワシの家来にしてやろうかと思ったのに、よくもそこまで無礼な……ッ!」


「いや、結構です。願い下げです」


「うっさいわ! だが、落ちぶれたのはお前のほうではないかな? 幹部時代、あれだけ魔王に媚びを売りながら艶めかしく振る舞っておったというのに、無様よなぁ? 今ではそこの小僧と妙ちくりんな女のふたり連れ。惨めな人生を歩んでおるなぁサティス? ガハハハ! ……もうよいわ。者どもッ! こやつらを叩き斬れッ! ガーッハッハッハッハッハッ!」


 オークキングの笑い声と共に周りの野盗たちからもまた笑い声が起こる。

 武器をギラつかせながら、3人ににじり寄ってきた。


「……ッ」


 オークキングの言葉はサティスにとって、今の自分を否定する侮辱であり、表情に怒りが滲み出ていた。


「サティス、コイツら蹴散らすんだろう? ……俺がやるからアンタはチヨメを」


 そう言いかけたとき、サティスが優しくセトを制止した。


「大丈夫ですよセト。────オークキングは私が仕留めます。」


「え? でも……アンタ戦闘は……」


「もう、弱いままではいられないんです。……奴は侮辱しました。今の私を。セトが受け入れてくれた今の私をッ。……────私はこの戦いを制することで初めて、幹部時代のころの私自身を克服できるのかもしれない。なら立ち向かわないとッ! ……アナタはチヨメさんを守ってあげてください」


「……わかった」


「ほう、ワシと戦うか? 魔人とは言え所詮は魔術師タイプ。このような場所で派手な魔術は使えまい。それに近接戦闘では圧倒的にワシのほうが有利。面白い。……者ども、そこの小僧と女を殺せ! ワシはサティスとやる」


 そう言うや各々動き出し、セトとチヨメは野盗たちに取り囲まれてしまった。

 オークキングとサティスは互いに向かい合い、ジッと睨みあっている。


「行くぞッ! ワシが如何に魔物として優れているか、その身体に刻んでやるわッ!」


「えぇいいでしょう。……この私を怒らせるとどうなるか。身をもって味わいなさい」

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