第53話 新たな旅へ出る俺達に太陽は輝く。

 次の日の朝。

 日の出と共に、セトとサティスは部屋を出る。

 この施設を出る前にオシリスに挨拶をと思い、彼がいるであろう執務室へ行く途中だった。


「あれは……オシリス?」


「あらホント。わざわざ出向いてくれたんでしょうか?」


 廊下の奥の方からオシリスが歩いてきたのだ。

 朝日に照らされ、彼がまとっている黒い魔装具に白い照りが浮かんでいる。

 セト達を見るや、笑顔で軽く手を振り、腕を組みながら出迎えた。


「わざわざ見送りに来てくれたのか」


「当たり前だ。俺は今回のお前達の働きに感謝しているのだから。……しかし、やはり惜しいな。お前達ほどの逸材と共に戦うことが出来んとは」

 

 溜め息を漏らしながらもオシリスの顔はほころんでいる。

 非常に短い期間の滞在ではあったが、オシリスとセト達には互いに惹かれ合うものがあった。


 これが運命や絆という言葉で言い表せる人間関係なのかもしれないと、セトは密かに思いながら静かに微笑んだ。

 サティスもまた、彼がいたお陰でこの街で楽しく過ごせたと、オシリスに感謝の念を抱く。


「お世話になりました。これからもこの街の治安を守っていって下さいね」


「勿論だ。この街は俺の誇りでもある。……いつでも訪れるがいい。今度はあそこの寿司を共に食べようじゃあないか」


「寿司か……そうだな。また食いに来るよオシリス」


「あぁ、約束だ。……さぁ施設の外まで送ろう」


 そう言ってオシリスは踵を返す。

 魔装具が擦れ合う音と、独特な足音が響く中、セトとサティスは彼の後ろをついていった。


 そして施設を出ると、部下数人がすでに整列し待機しており、オシリス達が現れるや素早く敬礼をする。

 彼等が見送れるのはここまでとのこと。


「悪いな。見送りまでしてもらって」


「かまわんよ。……ホピ・メサまでは徒歩か? なんなら馬を……」


「いや、歩いていくよ。俺達は別に急いでいるわけじゃない」


「そうか。……セト、そしてサティスよ。最初の寿司屋の件に加え此度の戦争の件、改めて感謝する。お陰でこの街の治安は守られた」


 オシリスはゆっくりと敬礼をする。

 セトも同じく敬礼をして、元兵士として礼儀を尽くした。


「ピンチになるようなことがあれば、正義ジャスティスであるこのオシリスをすぐに呼べ。飛んで行ってやる」


「頼もしいな。そのときがくれば、必ずアンタを頼らせてもらうさ。……────ちゃんと助けてくれよ、ヒーロー?」


「もちろんだともッ! なぜなら俺は……ジャスティス・オシリスだからだッ!!」


 言葉の節々で奇妙なポーズをとっていくオシリス、とその後ろの部下達。

 最後に全員揃って決めポーズを披露し、満面の笑みを2人に浮かべて見せる。


「おぉッ!」


 セトは目を輝かせながら、オシリスの決めポーズに拳を握る。

 彼の目にはオシリスは非常にカッコいい存在に映っていることは間違いない。

 だが、セトの傍でサティスは愛想笑いを浮かべているだけだった。


(セトってああいうの好きなのかなぁ……)


 密かにオシリスとその部下、そしてセトのセンスに微妙なものを感じ取るサティスであったが、そのことに関しては言及しないでおいた。

 もしかしたらセトの成長には、こういった輝かしく見える存在が必要なのかもしれないと思ったからだ。


「じゃあ、行ってくる。色々ありがとうオシリス」


「あぁ、またな」


 オシリスは手を振り、部下達は敬礼を以て2人の旅路を見送った。

 セト達も手を振り返し、街の門の所まで歩いていく。

 これは互いが見えなくなるまで続いた。

 

「行ってしまったか……」


 手を下ろしたオシリスは部下と共に施設へと入ってく。

 今日からまた仕事に追われる1日が始まるのだ。


 いつもの日常に戻った彼等は各々持ち場へと戻り、またいつものように仕事をこなしていく。

 オシリスもまた執務室でたくさんの書類を相手に、机にかじりつくこととなった。


 そして、セトとサティスもまたこれまでと同じように、長い道のりを歩き始める。

 門を出て、街道をしばらく進んだ所でふとセトが立ち止まった。


「ウレイン・ドナーグの街、か。なんだかんだ楽しかったなこの街も」


「えぇ、アクシデントには見舞われましたけど、それでも楽しめました。……また2人っきりで海へ行きます?」


「わッ! も、もう、からかわないでくれッ!」


 海でのことを言われて、慌てふためくセトに意地悪な笑みを浮かべるサティス。

 あのときのセトの反応は、サティスにとって面白可笑しいことではあったが、それ以上に、自分のことを魅力だと思ってくれているということに嬉しさを感じていた。


 そして思い出したようにサティスはセトにある物を渡す。


「これは……確か貝殻で作ってくれた首飾りアクセサリーか」


「えぇ、アナタの為に……。あのときは戦争とかもありましたので、返すのが遅くなりましたが」


 そう言ってサティスは少しだけ身を屈めて、セトの首にそのアクセサリーを通す。

 太陽光で貝殻の表面が輝き、宝石とはまた違った美しさをセトにもたらしていた。


「すごく似合ってますよセト。やっぱりオシャレはするものですよ」


「ありがとうサティス。大事にするよ。絶対に」


 貝殻の一片を軽く指で撫でながらセトは嬉しそうに微笑んだ。

 それを見たサティスも嬉しそうにウインクし、彼にそっと手を伸ばす。


 セトは微笑んだままなにも言わず、その手を握る。

 互いに寄り添っているような距離で、2人は手を繋ぎ北へと進んでいった。

 

 目指す場所は古代遺跡『ホピ・メサ』、その街である。

 もしかしたらまたトラブルが起こるかもしれないと、そんな予感はあった。


 だが、昇りゆく太陽の光に照らされたこの道を進むことに決して迷いはない。

 光りと共に感じる温もりは、互いに握り合う手の中でより一層増していく。


「なんだか改めて考えると不思議だな。立場の違った2人がさ、こうして同じ方向に進むなんて」


「そうですね。しかも同じように困難を乗り切ろうとしてる。……なんだか私もドキドキしてきましたよ」


「俺もだ」


 互いに目を見て笑い、暖かな道を進んでいく。

 海からの風が次第に遠くなり、山脈からの風が通ってきた。


 これから行く先に、困難を乗り切る鍵が眠っている。

 しかもそこが古代遺跡の場所というのだから、なにか壮大なものを感じずにはいられない。


 これが"ロマン"というものだろうかと、セトはふと考えた。

 きっとサティスは目を輝かせて調査をするだろう。


「遺跡とか歴史とか……そういうのは俺わからないから、サティスの知識が必要だ。頼むぞ」


「任せてください! ……しかし、ホピ・メサですか。確か以前ピクニックへ行ったときに見つけたあの場所同様、ウェンディゴに関連する遺跡があるというのは知っていますが……詳しくは現地についてからの調査ですね」


「調査か。よし、なにか必要なことがあったら言ってくれ。力になる」


「ふふふ、頼りにしてますからね、セト」


 長い道のりを進んでいくと同時に時間も進み、そろそろ空腹を感じる昼頃となる。

 一旦休憩ということで、街道の傍に生えていた木の陰にて並んで座った。


 空間魔術で取り出した乾パンとチーズとハム、そして水とを2人で分けながら食べていると、街道の向こう側から人が歩いてくるのが見えた。


 セト達同様北へ向かっているようで、若い女性だ。

 女性は目を閉じたまま杖をついて、こちらの木の陰まで歩いてくる。


「あ、すみません。……そこって木陰ですか?」


 女性がセト達に声を掛ける。

 赤と白の見慣れない奇妙な着物をまとい、黒と茶色が入り混じったようなウェーブがかったボブヘアー。

 清らかな白い上衣に、膝上くらいまでの赤いスカートのようなスタイルはセト達にとっては奇妙なものだった。


 そんな彼女が、上等な木で作ったであろう杖を右手に、目を閉じたままで語り掛けてきた。

  

「あぁ、そうだけど?」


「あー、丁度良かった。お昼どきですので、休憩でもしようかと思いまして。えへへ」


 そう言って女性は木陰の薄暗さと涼しさを全身で感じれる場所まで移動し、ゆっくりと座る。


「すみませんねぇどうも。アタシは歩き巫女の『チヨメ』と言います。この通り目が不自由ながらも、巫女稼業に勤しんでいる漂白者です。……アナタ様方も、旅の途中で?」


「えぇ、私達は北の方にあるホピ・メサまで……」


「あぁ、ホピ・メサですか。奇遇ですね。私もそこへ行こうと思っていたのですよ。……こりゃきっとなにかの縁ですなぁ。どうです? そこまで一緒に行くというのは?」


「あぁ、いいよ」


「それじゃ、決まりということで。あ、すみません。ちょっと食事を摂りますので少々お待ちを」


 そう言って女性は顔をほころばせ、腰に巻いていた小さな風呂敷の中から弁当箱を取り出して、行儀良く食べ始める。

 旅が賑やかになりそうだと思いながら、セト達もまた食事の時間を楽しんだ。

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