第52話 明日の準備と、ささやかな勝利祝い

 部屋の戻った後、セトはオシリスに話したようにサティスにも同じ内容を話す。

 彼女が座っているその隣に座り、ひとつずつ具に話していった。


「どうしてそう言うことをもっと早くに……って言いたい所ですが、言い出しにくい空気作ってたのは私ですし……」


「ごめん。俺も勇気を出せなかった」


「いいんですよ。むしろそんなことを自分ひとりで抱えて辛かったでしょうに……。それに、手紙の内容が確かなら、どうせいつかはセベクと戦うことになっていたでしょう。セト、これからは私もキチッと協力しますからね」


「ありがとうサティス」


 互いに優しく笑みながら頷き合う。

 ここに方針は決まった。


 明日の早朝に古代遺跡『ホピ・メサ』へと向かう。

 街にもなっているということで、きっと賑わっていることだろうと思いをはせながら明日の準備へ向かうことに。


 部屋はこのまま使ってよいそうなので、快適に眠ることが出来そうだ。

 夕食は街で摂ることにことにする。


 では早速と、食料や水などを調達に向かおうとサティスが部屋の扉を開けようとしたその直後だった。

 セトがその背後で彼女に問いかける。


「なぁサティス。ちょっと聞いてもいいか?」


「ん、なにか問題がありましたか?」


「そうじゃない。……サティスはさ、自分自身のことをどう思ってる? 自分自身が好きか?」


「どうしたんです突然?」


 ドアノブから手を放し、セトと向き合うサティス。

 腕を組み、肩幅程度に足を開いて、少し俯いている彼を見下ろしながら小首を傾げた。


「実はな……セベクとの戦闘のときには気にしないようにしてたことなんだが……」


 セトはセベクに言われたことを話す。

 それは戦闘時からずっと心に残っていた発言だった。


『……セトっちさぁ、他人のことは好きになれても、肝心の自分自身のこと好きじゃないでしょ?』


『自分は卑しい人間だ、自分は汚れた人間だっていう意識。他人を尊敬して愛そうとはするけど、自分のことは低く見てる。そういう人間の太刀筋だ。……ダメだよぉ勿体ない。自分として生きてる以上自分を好きにならなきゃ』


『……セトっちは俺と同じで、戦闘狂なんだよ。戦場が大好きになれば、きっとセトっちも自分自身のことが大好きになる。他人を好きになっても自分を好きになれない人生なんざ、長かろうと短かろうと虚しいもんだぜ?』


 あのときは戦闘に支障をきたさないよう、自らの戦意で跳ね除けたが、こうして平時になると、セトの中でずっと反芻していたのだ。

 セトは困ったように頭を掻きながら、思いを吐露していく。


「人を好きになるのは、今ならなんとなくわかる。でも……自分を好きになるっていうのがどうしてもわからないんだ。……サティスはどう思ってるんだ?」

 

 セトは顔を上げサティスに問う。

 悲しみや苦しみの表情ではなかった。


 ただ単純に「わからない」という子供らしい困惑染みた顔を、年上であり様々な経験の中で生きてきた女性であるサティスに向ける。

 そんなサティスは、顎に人差し指を当てながら少し考えた後、微笑みながらセトに視線を合わせるように身を屈めた。


「私も、セトと同じですね」


「俺と、同じ?」


「はい。私も今なら誰かを好きになるということはわかります。でも、アナタと同じように、"自分自身のことが好きか"と言われると、やっぱり明確な答えは出ません」


「そうか……」


「では、ちょっと聞きますよ? アナタは自分が"同じ戦闘狂だ"って言われて、自分自身そうだと思いますか? 戦場を好きになれば、自分自身のことも大好きになるって、本気でそう思ってたりするんですか?」


 それはセベクの発言を取り上げた問いだった。

 セトは考えるまでもなく答える。


「戦闘狂……とは思わないな俺は。戦場を好きになったことはないし、好きにはなれない。……サティスと一緒に色んな所や色んな人達に出会う方がずっといい」


 その答えを聞いて、サティスは一層嬉しそうに微笑み、セトの頬や頭を撫でた。


「なら、そういう自分自身を大切にすればいいかと思います。私もそういうセトが大好きです」


「う、……お、おぉ!」


 セトは顔を赤めながらも、満更ではない表情をしながら視線をそらす。

 サティスはそんな彼を優しく眺めた後、体勢を直して部屋の外へ行こうとドアノブに手を伸ばした。

 その際に、彼女はセトにこう答える。


「私も、アナタと同じように自分自身を大切にしたいと思います。きっとそうすることが、もっとアナタを好きになれることなのかもしれないって……」


「う、うん。……一緒に乗り越えようッ! 俺とサティスならきっとどんなことも、乗り越えられるような気がするから」


「そうですね。私もそう思います。……さぁ、街へ行きましょう! 買い物をして、パァーッと美味しいもの食べるんです。明日も早いんですから、しっかりと英気を養いましょう」


「よし、わかった」


 セトとサティスは満足そうに笑みながら、部屋を出て施設の出入り口まで向かう。

 その途中でオシリスの部下と人達と出会ったが、皆親切にしてくれた。


 セトとサティスの活躍を聞いて、彼等は2人に信頼の念を寄せてくれている。

 あの戦いは決して無駄ではなかったと、嬉しさが込み上げてきた。


 部下の人達ひとりひとりに礼を述べつつ、2人は施設の外へと出る。

 ウレイン・ドナーグの街には、来たばかりの頃と同様の賑わいを見せていた。


「行こうか」


「はい」


 また同じように手を繋ぎ、街の中を歩くセトとサティス。

 必要な物を買いそろえ、ときどきは観光名所へ足を運びながら、夕食の時間まで2人の楽しい時間を過ごした。


 夕食は少し高めの料理店へ赴く。

 オシリスからの礼金を使って、戦勝祝いを2人で行った。


「こ、こんな高い店大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。今回の礼金でお金はたんまりありますからね。これくらいならまだ余裕がありますよ。……さぁ食べましょう。セトの大好きなお肉料理ですよ」


「あ、あぁ! いただきます!」


 肉に喰らいつき、あまりの美味さに目を輝かせるセトをテーブルの向かい側から見ながら、サティスは野菜と果物、魚をメインに食べていく。

 特に魚のムニエルは絶妙で、サティスも思わず顔をほころばせた。


「むぐ……ッ、ふが……ッ!」


 あの戦いでかなりエネルギーを消費したのか、セトの摂取量はすさまじい。

 次々と料理を平らげていく様は、見ていて気持ちのいいものだった。

 

「ふふふ、今日は頑張りましたもんね」


 サティスはそう呟きながら、食席から窓の外を見る。

 すでに空は暗くなっており、街中からは数多くの店や露店の明かりに包まれて、人々が幸せそうにしていた。

 酒を飲みながら勝利を祝う冒険者達に、陽気に音楽を奏で、それに合わせて踊る街の若者達。


 この美しい街の夜の光景に全てが溶け込んでおり、安息の空気に、より深みが増している。

 セトと初めてきた街であるクレイ・シャットの街と同様の、心の安らぎが得られた。

 

「んぐ……そういやサティスは肉より果物が好きだったな。それ美味い?」


「えぇ、美味しいですよ。セトもどうです?」


「あぁ、食うよ」


 肉を食べた後の口で、果実を頬張っていくセト。

 甘酸っぱさとまろやかな舌触りが、セトの口の中を爽快にしていった。

 果汁と果肉が広がり、肉の味ばかり感じていた味覚に一種の安らぎを与えていく。


「うーん、うまかった。最初に森で獲った果物よりずっといいな」


「ふぅ、いっぱい食べましたね。……じゃあ、そろそろ帰りましょうか。明日も早いですし」


「うん、わかった。……今日はゆっくり寝れそうだ」


 席を立ち、勘定を済ませて店を出るセトとサティス。

 まだ賑わいの続く街の中を2人仲良く並んで歩く。

 

 空には星が出て、月が煌々と街と大地とを照らしていた。

 大人であればこの後ゆっくりと酒を飲みながら、雰囲気を愉しむのであろうが、セトは酒が飲めない。

 

「サティスは酒は飲めるのか?」


「えぇ一応は。……いつか、アナタともお酒が飲みたいですね」


「いつになるかな……」


 遥か未来の自分など想像がつかないと、セトは彼女の隣で静かに笑う。

 今はただ安心して休みたいと願いながら、2人は帰路へと就いた。

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