第51話 オシリスとの会話と、ゲンダーからの手紙

 執務室の扉をノックする音がした。

 

「誰だ?」


「俺だ。セトだよ」


「セトか。まぁ入るがいい」


 扉を開くとオシリスは書類を片手に本棚の傍に立っていた。

 セトが中へ入るなり、本を閉じてソファーを勧める。


「お前ひとりで来るとは珍しい。なんだ? やはり考え直してくれたか? お前達ならば……」


「待ってくれ。俺はそのことを話しに来たんじゃあない。ちょっとした相談なんだ」


「相談……?」


 セトは早速要件を話した。

 サティスには言えなかった、死のウェンディゴ『アハス・パテル』からの手紙のことだ。

 かの存在と最初にどこで出会ったか、どのタイミングで手紙を貰ったか等を具に話す。


 セトの話を静かに聞いていたオシリスは、手紙を彼に見せてもらいながら熟考している。

 オシリスもまたウェンディゴを知る人間であり、アハス・パテルのことも知っていたが、伝承程度にしか知らなかった為、若干動揺が隠せないようだった。


「なるほど……蛇と鰐の絵はまさしくセベクのことを指し示しているようにも見える。そして、"もし力欲すとき来たらば、我が試練を受けよ"ときたもんだ。しかし、かのウェンディゴから手紙を貰うとは……かなり注目されているらしいなお前は」


「信じれない話だろうが、事実なんだ。俺はきっとセベクと戦う運命にある。……サティスと暮らしていくにはコイツを乗り越えなくちゃならない。だからもし知っていることがあるのなら教えて欲しいんだ。このウェンディゴが示す試練というのを聞いたことは?」


「ん~……ないな。伝承で知っている範囲しか俺は知らない。だが、お前達がいたベンジャミン村。そこにいる祈祷師ゲンダーという男ならなにか知っている可能性があるかもだ。彼はイェーラー族なのだろう?」


「……そうか。となると、ベンジャミン村に戻るべきなのか」


 そう考えていると、オシリスの部下のひとりが執務室へと入ってくる。

 どうやら手紙を預かって来たようで、宛先はセトだ。


「……なに? セト宛の手紙だと?」


「誰からだろう? ……これは」


 手紙の主はなんとベンジャミン村の祈祷師『ゲンダー』からだ。

 なぜここにいることがわかったのか、なぜこのタイミングで手紙が来たのか、オシリスは神妙な顔で手紙を見ていたが、セトはすぐに理解した。


 祈祷師ゲンダーは不思議な力を持っており、初めての際にも、セトが自分の家へ来ることをあらかじめ予期していたのだ。


 それは未来視、果ては運命干渉なのか。

 真相は彼のみぞ知ることではあるが、こうして手紙を出してくれたということは、こちらのことを気に掛けてくれたに違いない。


 早速便箋を取り出し、内容を拝見する。

 

『破壊と嵐の少年よ。この手紙が届く頃には、きっと君は人生における障壁に立ち向かおうとしていることだろう。だが、これまでにない悩みを抱え、如何に自分が考え動くべきかわからず、迷いが生じているではないか』


(そこまで読んでいたかあの人は……お見通しだな)


『自らの障壁に打ち勝つ為に、君はきっと力を求めていることだろう。君がアハス・パテルを見たと知ったときから、これはもしかしたらと運命を感じていた。君ならどんな困難さえも乗り切れるほどの、未知なる可能性を秘めていると私は信じている。これから君達がどこへ行くべきか、ここに記しておく』


 そこはウレイン・ドナーグの街より更に北へ進んだ場所にあり、山脈付近の古代遺跡『ホピ・メサ』と言われる。

 かつての遺跡の構造を利用してひとつの街が出来ており、まるで古代と現代の時間が交差し混じり合ってるかのような、不思議な街であるそうな。

 そこへ行けばおのずと導きはあるだろう、とのことだった。


「ホピ・メサか……ベンジャミン村からここまでの距離よりは長くはないが」


「大丈夫だ。十分に食料や水を調達してから、明日の早朝にここを出るよ」


「そうか。早いな。……では送別会のひとつでもだな」


「いや、申し訳ないけど……サティスと2人でいたいんだ。皆でワイワイやるのはまたの機会に」


「フフフ、あの女にゾッコンだなお前は。いいだろう。出るまでにこの街の珍味を味わっていけ」


 そして、セトはオシリスの執務室を出る。

 サティスの待つ部屋まで歩く中、セトは彼女にも話すことを決めた。

 オシリスに話したように、サティスにも話す。


 本来は真っ先にサティスに話さねばならなかったのだろうが、つい奥手になってしまい、完全に出遅れた。


(俺にはサティスの力が必要だ。だからこそ、俺はサティスにも話しておかなきゃいけない。……俺達がゆっくり暮らす為にも、乗り越えなきゃいけないんだ)


 セトは決意に表情を引き締めて、廊下を進んでいく。

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