第50話 戦いが終わり、ほんの一息

 ウレイン・ドナーグの街へと入り、施設へと向かう。 

 オシリスの部下のひとりが、施設の裏口まで案内し、そこからセトとサティスは入ることとなった。


 宿のように特別に整えられた部屋に案内され、オシリスが来るまで待つこととなる。

 部屋は非常に豪華な造りで、上等なテーブルには果物や茶菓子、紅茶等の飲み物等が運ばれてきた。

 好きにくつろいでもよいとのことで、2人はひとときの安息を得る。


「へぇ、この施設にこんな部屋があったなんて。いつ大事な客人が来ても宿泊出来るように、掃除などは手抜かりないようにしてたみたいですね」


「なんか……落ち着かないな」


「フフフ、今の私達には似つかわしくない部屋ですもんね。……オシリスはまだ帰ってこれないみたいですし、しばらくのんびりとしましょう。回復魔術で傷などは治しましたけど、アナタには心の休息が必要です」


「わかった。そうするよ」


 セベクとの一戦を終えて、セト達はようやく一息つける状況となった。

 サティスは紅茶を淹れ、セトはソファーに座りくつろぐ。


 セトが無事でいてよかったというように、鼻歌交じりに紅茶と茶菓子を2人分用意するサティス。

 持ち運ばれるまでの間、セトはあの戦いのことを考えていた。


(……もしあのまま俺が突っ込んでいったら、恐らくバラバラに斬り刻まれていただろうな。見えない斬撃による自動迎撃機能、か。あんな魔剣の力は見たことがない。それだけじゃない。アイツの剣の腕は恐らくもっと上……もしも次戦うことがあったら……今のままじゃ勝てない。となると……)


 セトはふと、あの手紙のことを思い出す。

 

 "満月を越えた日の後、我が地と汝に死をもたらす者現れり。汝如何にしてこれを祓うか。もし力欲すとき来たらば、我が試練を受けよ。"


 セベクと戦い、なんとか退かせたものの所詮は一時しのぎだ。

 もし力を欲すのであれば試練を受けよ、とのこと。


(試練、か。受けるとしたらどこで受けるんだ? どんな試練で俺を試すっていうんだろう)


 考えていると、ふと耳に陶器の小気味よい音が聞こえてきた。

 そのタイミングにセトは意識は現実へと戻す。

 

 サティスがテーブルに茶菓子と紅茶を持ってきて、セトの隣に座った。

 紅茶の香りがまだ少しだけ張り詰めていた心を和らげ、美味しそうな見た目をした茶菓子がセトの食欲をくすぐる。


「クリームサンドクッキーですね。形や質からみて恐らく上級階級の方が食べるような……。オシリスって気前がいいというかなんというか」


「そ、そんな上等な菓子が食えるのか……。どうしよう、これを食べるときのテーブルマナーみたいなのあるのか?」


「アハハ! もう、そんなの気にしなくていいに決まってますよ。オシリスだって美味しく食べてほしいから出したんでしょうし。……それとも、私とお勉強します?」


「あ、いや、いい。わかった。普通に食えばいいんだな。よし……」


 こうして2人は紅茶と茶菓子を堪能していく。

 セトの食べる姿を見て、サティスは終始嬉しそうにしており、彼の口元を拭いたり、紅茶のおかわり等して安息の時間を共にした。


 セトもまた彼女との、このひとときを楽しんでいる。

 しかし内心、セベクについてや、試練についてを言わなければならないのは、避けては通れないだろうというのはわかっていた。

 

 だが今はサティスとの平和な時間を楽しみたいと、その話はまた近い内にしようと心の中で決める。

 そしてサティスもまた、セトの様子を見て、なにか話したそうにしているという気配をずっと感じ取っていた。 

 

 サティスは聞きだすことはせず、彼が言いたくなればそれを聞くというスタンスを取っている。

 内容は恐らくセベク関連だろうと、察しはついていた。


 心配はあるが、それでもセトを信じると心に決めているのだ。

 セトもサティスを信じ、見捨てない。


 2人の間にいつの間にか出来ていたこの固い絆が、お互いの信頼感を生んでいた。

 そしてその信頼感の中で過ごす穏やかな時間は、まさに至福のときだ。


 そんなとき、扉をノックする音が聞こえ、2人の視線が向く。

 

「入るぞ」


 オシリスの声だった。


「あぁオシリス。どうぞ」


 オシリスは入ってくると、早速くつろいでくれている2人に微笑みかけた。


「どうだこの部屋は? 一番の功労者達に相応しい空間だろう」


「あぁ、すごく快適だ。そして、紅茶も茶菓子も美味い。大満足だ」


「良い答えだ。……今回のお前達の働きは実に見事だった。まさか森の中を迂回して、敵本陣の背後を突くといった手法を取るとは……。誰の作戦だ?」


「サティスだ。俺があそこへ行けるようにもバックアップもしてくれた」


 オシリスは満足そうに頷く。

 元魔王軍幹部としての戦術と、元少年兵としての戦場行動能力を見て、最高のコンビであると改めて認識した。


「リスクも高いが、それでも恐れずに我々の援護をしてくれた。……そこでだ。お前達には更なる褒美を与えたいと思う」


「いや、褒美なんていいよ。この街とベンジャミン村に危害がなかったのならそれでいい」


「それでは俺の気が収まらん。今回の戦いで、俺は軍や民達から英雄視されている。だが、お前達はそれに匹敵する働きをしたんだ。誰に命令されたわけでもなく、だ。敵大将を討ち取っただけでなく、あのセベクを最前線から外してくれたお陰で、勝てたようなモノだからな」


 オシリスは決して譲らない。

 正義(ジャスティス)は感謝を忘れない、とのことだ。


「いいじゃないですかセト。貰えるものは貰っておきましょう。でないと、オシリスは納得しませんよ?」


「う~ん、そうか。……わかった」


「フフフ、そう来なくてはな」


 オシリスが合図すると、褒美を持った部下が入って来て、2人の前にゆっくりと降ろす。

 それは袋に入れられた大量の金だった。


「こ、こんなにも!?」


「なんだ、足りないか? ならもう一袋追加を……」


「いやいやいや! いいよ! こ、これで十分だ!」


 セトは見たこともない額のソレを見て、思わず腰を抜かしてしまう。

 少年兵時代に貰った一回の給金と比べてみても、その何百倍とある金額だ。


「え~、貰っとかないんですかァ~?」


「いや、金はあるだけいいだろうけど……こんなに貰ってもなにに使っていいのかわかんないよ」


「ハッハッハッ! そうだろうな! 大人の兵卒でもこれだけの額など夢のまた夢だ。……さて、礼金を渡した所で、俺はお前達に話したいことがある」


 そう言ってオシリスが向かいのソファーに座り、一息ついてからこう切り出した。


「なぁお前達。……ここで働いてみる気はないか? お前達の能力を俺は高く評価している。どうだ? 俺の部隊に入り、共に戦わないか?」


 それはオシリス直々の勧誘だった。

 彼は真剣な眼差しで2人を見る。

 どちらの答えが返ってきても、真摯に受け止めるつもりだ。


 セト達にとっても非常に魅力的な提案だった。

 個人の力が今度こそ正確に使われる場所。

 

 だが、セト達は微笑みながら真っ直ぐ答える。

 

「非常にいい話だけど、俺達は……」


「えぇ、申し訳ありません。私達は別の所へと向かいます。きっともしかしたらまた戦うことになるでしょうけど……国や組織に属して戦うのではなく、自分達の為に戦おうと思っています」


「そうか……自分達の為に、か。……惜しいな。大勢の人間に役立てられそうな力を、互いが守り合う為に使う……か。……わかった。もしかしたら今のお前達には、それが一番いいのかもしれん。いや、つまらんことを聞いたな。ゆっくりしていってくれ。俺は執務室にいるから、なにかあれば言うように」


 そう言って笑みながら、オシリスは去っていった。

 彼が部屋を出てから、セトとサティスは街を出る日を決める。

 明日の早朝、このウレイン・ドナーグの街を後にする、と。


「明日街を出るって伝えてくる。サティスは待っててくれ」


「わかりました」


 セトは一旦客室から出て、執務室の方へ歩き出す。

 そこには彼自身の思惑があった。


(予定は伝えるとして、もうひとつ、俺にはオシリスに聞きたいことがある。……オシリスもわかるかどうかはわからないけど、聞いてみる価値はあるな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る