第49話 冷たい刃風は一旦の終焉を迎える

 幾合も斬り結ぶ両者。

 神速ともとれる動きからなる剣捌きは、互いの間合いの中で刃風を唸らせる。


(おいおい、ガキの太刀筋じゃねぇぞこれ。戦法を誤れば即首を落とされるな。楽しくなってきたよ)


(こちらのスピードとパワーを、圧倒的な技巧で全て返される。一分の隙も見当たらない)


 互いの実力と太刀筋の読み合いが続く中、サティスからのテレパシーがセトに入ってくる。

 

『セト、セトッ! どうしたんです!?』


『現在魔剣兵士セベクと交戦中ッ! 強いとは聞いてたがこれは規格外だ』


『今すぐ逃げなさい!! 例えアナタでも、奴に勝てるかどうか……ッ!』


『逃げれたらとっくに逃げてるよッ! それに……今コイツをこのままにしておくわけにはいかないッ!』


 セベクは体勢を低くしながら勢いよく迫り、湾曲した魔剣の刀身を水平に寝かせて刺突つきに出る。

 平刺突を躱すも、そこからの横薙ぎへの転換に、セトは狩られる側の死の冷たさを感じ取った。

 

 しかし、そこにセトは勇気をもって勝機を見出す。

 瞬時に逆手に持ち換えた魔剣の刀身で横薙ぎを防ぐと、そのまま滑らせて、一気にセベクの側面に回り込み、低い姿勢からの乾坤一擲。

 一瞬の隙を見出したセトは、逆手袈裟斬りを繰り出した。


「ぬぅッ!」


 セベクの左脇から血が噴き出す。

 しかしまだここで終わらない。

 セトは更なる連撃に出る。


 そのまま潜り込むように、袈裟斬りの軌道の流れを汲み、逆手での横薙ぎで脇腹を再度一閃。

 その勢いのまま回転しつつ持ち手を返し、大上段からなる三の太刀をセベクの背中に叩きこんだ。


「わかりやすいんだよぉッ!!」 


 セベクが叫ぶと同時に、彼の魔剣が斬撃を遮る。

 背中を向けたままで、背面での防御を行ったのだ。

 セベクの恐るべき瞬発力、そしてみるみる回復していく肉体に、セトは瞳を鋭くさせる。


「決め技ならそんな雑にやっちゃいけねぇなぁ」


「なるほど、半人半魔は伊達じゃないな」


「へへへ、セトっちもどう?」


「冗談ッ!」


 魔剣同士のぶつかり合いによる火花が勢いよく散っていく。

 互いになだらかな動きで刀身を滑らせて離すや、またしても斬り合いが始まった。


 先ほどの攻撃で、セベクの守りは固くなり、セトは攻め辛さを感じる。

 だが決して圧倒的な格差ではない、つけ入る隙はあるはずだとセトは踏んだ。


「お互い埒が明かねぇな……じゃあ、お楽しみの魔剣解放と行こうか?」


「あぁいいだろう。アンタの魔剣がどんな力を持っていようと……俺が全部ぶっ壊してやる」


 間合いを十分に開けた両者に魔剣解放時において特徴的な光が宿る。

 セトは燃え滾るほどの真っ赤な光で、セベクは澄み切った水のような蒼白い光。


 セトは瞳に猛る炎か荒れ狂う稲妻かの勢いの赤い光を宿し、表情を鬼のようにしてセベクを睨む。

 それとは対照的に、セベクの表情はより虚無的な静けさをまとい、見開いていた目には瞼が半分ほど下りていた。


 圧倒的な速度と力を持つ今の状態のセトは、セベクの魔剣解放の力を警戒しつつも、殺気を漂わせながら威圧するように近づいていく。

 対するセベクはがら空きの構えをとっていた。

 魔剣の切っ先を斜めに落として、足を揃えている。


(不気味な構え方だ……だが、勝負は一瞬で……ッ!)


 そう思い、あの爆発的な速度で斬りかかろうとした直後に信じられないものを目の当たりにする。

 突如後方から飛んできた流れ矢が、セベクに当たろうと勢いよく飛翔してきた。


 だが、およそ5m内に入った瞬間、まるで見えない壁、否、に阻まれ、セベクに到達する前に粉々に斬り刻まれたのだ。

 無論、セベクは剣を振っていない。

 佇んだままでセベクは魔剣の持つ力に守られた。


「なにぃッ!?」


「……チッ、戦う前に種明かしされちまったか」


 セベクの舌打ちと共に聞こえてきたのは人間達の雄叫びと怒涛の進軍の音。

 魔物達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、人間達に狩られていく。


『セト! どうやら王都からの増援が辿り着いたようです。勝ちました!』


『勝ったには勝ったが……まだコイツとの決着が』


『くッ、どうにかして逃げられれば……』


 テレパシーの向こう側でサティスが口惜しそうにした。

 セトの位置は大体ではあるが掴んでおり、必要とあれば後方からの魔術支援を行える。

 

 だが、近くにセベクがいるのならそれは難しい。

 ピンポイントでセベクを狙うことはセトが至近距離にいては困難だ。


『どうにか耐えてください。私も今から向かいます!』


『やってみるッ!!』


 だが、セベクの間合いには近づき難くなった。

 あの見えない斬撃が襲うとなれば、こちらも無事では済まない。


 あれがセベクの切り札。 

 乗り越えなければ勝機はない。

 そう思いながらジリジリと近づいていくと、この勝負に水を差すように1体のゴブリンが現れた。


「セベクッ! ダメだ、我等の負けだッ! 人間達の増援が来た。……クソ、なぜ前線を離れた!?」


 そう言った直後、ゴブリンもといゴブロクはセトの姿を目の当たりにする。

 瞬時に決闘の空気を感じ取ったゴブロクは黙ってしまった。

 セベクは今本気でこの少年を殺そうとしており、この少年もまたセベクを殺そうと挑んでいるのだと。


「……人間の軍勢がここへ来るまで時間がある。楽しもうよセトっち」


「……」


 セベクの無機質で冷たい声には、溢れんばかりの殺意があった。

 ただああして立っているのに、彼奴の間合いに踏み込めない。


(サティスが来ればもしかしたら形勢は逆転出来るかもしれない。だが、それはサティスを危険に晒すことになるッ! なら、答えはひとつ。見えない斬撃よりも早く、そして奴の太刀筋よりも早く動いて斬ればいい)


 魔剣を持つ手に力が入った。

 そして一気に斬りかかろうと、一歩踏み出そうとする。

 セベクもまた迎え撃とうと不気味に口元を歪ませた。

 

 そうこうしている内に人間達の雄叫びが近くなり、地鳴りも更に激しくなっていった。

 セトは覚悟を決めセベクに斬りかかろうとした直後、強烈な魔力攻撃と斬光がセベクに飛んでくる。


「セベクッ! 俺の魔剣から逃れられると思うなぁッ!!」


「セト、お待たせしました! これより加勢します!」


 空中からはオシリスが、そしてセトの後方からサティスが現れる。

 セトにとっては最高の増援だ。


「小賢しいな……」


 2人の攻撃がセベクに飛ぶも、魔剣解放によって顕現した見えない斬撃達が、あらゆる方位からの攻撃を斬り刻み、セベクを守っていた。


「チィッ! 全方位型の自動迎撃機能システムかッ!」


「そんなッ!? 上位魔術ですら関係なく斬り刻むなんて……」


 持ち主を完全に守り抜く絶対迎撃の力を持つ魔剣『蛇の毒アポピス』。

 魔剣解放している内は、持ち主に危害を加えるあらゆるものを粉々に斬り刻んでしまう。


 セト、オシリス、サティスの3人がセベクを睨む。

 この3人でセベクを討たねばならない。

 そう思ったときだった。

 セベクは構えを解き、この場所から走り去ろうとする。


「あ、オイ待てセベクッ!」

 

「……楽しみは取っておくよセトっち。またおじさんと遊ぼうやッ!」


 そのまますさまじい跳躍を以て去っていく。

 ゴブロクはサティスを見て、申し訳なさそうに一礼し、彼の後を追った。


「……なんとか退けられたか」


 そんなことをふと思っていると、オシリスが歩み寄りゴツンと軽く拳骨。


「いって! なんだよ痛いなぁ!」


「まったく、敵陣がなにかおかしいと思ったら……お前はなにを考えているッ! たったひとりで奇襲をかけるなんぞ無謀だぞ!」


 オシリスが叱るとサティスはセトを守るように抱きしめながら割って入る。


「ちょっと待ってください! 作戦の立案者は私です。セトは恩のある人達に少しでも報いたいと必死で!」


「だからってこんな危険を冒す奴があるか! ……ハァ、まぁ、なんだ。結果的にだが、セベクを引きつけてくれたのは感謝する。お陰で前線を崩すことが出来た」


 オシリスが恥ずかし気に礼を言う。

 セトはサティスに抱きしめられながらも、オシリスに笑いかけた。


「一旦街まで戻って施設に来い。そこで改めて礼を言おう」


「いや、礼なんて……」


「拒否は認めんッ! お前達は俺に祝われる義務があるのだッ! ……今のうちにこの場を離れろ。目立つのは嫌だろう?」


 戦争は終わり、人間側の勝利で幕を閉じた。

 闘い抜いた戦士達の歓声が大地に響き渡る。


 そんな中、オシリスは彼等の下へ赴き、英雄のような扱いを受けた。

 無論、この戦場でセトとサティスが活躍したという事実は、歴史には残らない。


 だが、それでよかった。

 セトは英雄になろうとは思っていない。


 ただ友達のピンチに駆けつけた。

 大切な人達を守りたかった。

 それだけなのだから。

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