第48話 激突! 破壊と嵐vs.怒り狂う鰐

「ぎゃあッ!」


 敵大将であるリザードマンはあっけなくセトの刃に倒れた。

 だが、その直後に彼にとって最大の敵と出会う。


 魔王軍最強の魔剣兵士、その名もセベク。

 彼の気配に気付いたときには、すでに間合い一歩手前までに近づかれていた。


「まさか……アンタが……ッ!」


 セトは魔剣を正眼に構え、切っ先の向こう側のセベクを睨む。

 対するセベクは構えもせず、魔剣の峰を肩に乗せたまま興味深そうにセトを見ていた。


「ふぅん……俺のこと知ってるんだ」


 見た目は20代から30代くらいの人間にも見えるダウナー系の男。

 上半身は裸で鍛え抜かれた肉体には、いくつもの色で描かれたラインで彩られており、無数の刀傷は歴戦の猛者であるということを証明していた。


 頭髪は綺麗になく、見開いた目は焦点が合っておらず、それどころか、一切瞬まばたきをしていない。 

 口元だけを微妙に笑ませながら、セベクはセトの足先から頭のてっぺんまで満遍なく観察する。


「君、名前なんて言うの? ひとりでここへ来たの? 子供なのに偉いねぇ。おじさん少年兵(こども)の頃を思い出しちゃうよ。今の君みたいに無茶やったねぇ」


「なにぃ?」


「でさ、君、なんて名前? おじさんに教えて欲しいなぁ。おじさんの名前はね、セベクって言うんだ。もっとも、本当の名前じゃないし、本当の名前なんて初めからないけどな」


 セベクという男の奇妙な言動に、セトは目を細め内心警戒の糸を張り詰めながら、とりあえず自らを名乗った。


「俺はセト。ただの旅人だ。……あの街に恩があるから、こうして戦ってる」


「セト。かぁ。なるほど良い名前だねぇ。……誰の命令でここまで来た?」


「俺自身から出た行動だ。誰の命令でもない」


 鋭く睨みつけるセトに一歩また一歩と近づいていくセベク。

 その度に、靴底をこすらせながら後ろへ移動し間合いを開ける。

 セベクから放たれる異様な空気に、肌がピリピリと痛むのを感じた。


「そう構えんなよ……おじさんともっとお話しようよ」


 セベクがのらりくらりと近づきながらそう言い放った直後、セトが動く。

 流れるように魔剣を脇構えに持ち、刃を水平に寝かせてからの横薙ぎ。


 瞬時の高速移動で撃尺の間合いに入った。

 切っ先がセベクの腹を抉ろうとした直後、セベクが一瞬にして後ろへ舞いながら横薙ぎを躱し、大上段からの斬り下ろしを放つ。


「ぬッ!」


 一瞬息を飲んだが、セトは顔と身を捩って躱す。

 右足を大きく踏み込み、セトは下段からはすに薙ぐ斬撃を放つと、セベクもまたそれに応じた。

 セトの斬撃の軌道を、自らの魔剣を以てこするようにずらし、そのまま水車のように振るって横薙ぎの一閃。


 セトはその切っ先が自分の頬を掠ることを許してしまいながらも、後方へ身を宙に投げ出し着地。

 互いがこうして間合いを開けるまでに、凄まじい刃風が何度も鳴き、稲妻のように煌めきあう刀身が何度も交差した。


地に足を踏み込む度に、いくらかの砂埃が舞い、剣を振るった際の圧で、風に乗って来た少数の花びらが斬り裂かれながら飛んでいく。


 極めて峻烈しゅんれつな剣捌きの使い手である2人の間は、殺気によって静かな間合いが広がっていた。

 先手を取ったが難なくああして返すセベクの力量は、最早常人の才量の域ではない。


「スゥ……スゥ……スゥゥウウッ」


 突如、セベクが刀身に付いたセトの血の臭いを嗅ぎ始める。

 

「良い匂いだ……セトっちの匂いがするぅ。今まで散々殺してきた奴の濃厚な……」


(こいつ……ッ!)


 セベクが静かに呟くと、彼は構えを変える。

 力みのない脇構えで、左右の足を前後に開きながらもどっしりと腰を落としていた。

 

 セトの予想を上回る攻撃を仕掛けるセベクの剣にセトは背中に冷たいものを感じる。

 同時にセベクがどういった剣士かを読み取ってみた。


 半人半魔ということで、人外の力に相応しいパワーとスピードで圧倒するタイプかと思ったが実際は違う。

 真に恐ろしいのはセベクがこれまで積み上げてきただろう剣術の練度・技巧だ。


 人間には多くのしがらみがある。

 経験、才能、努力等といったものは、多くの物事に付随するもの。


 剣においては、腕前としてより顕著になる。

 だがセベクの太刀筋はそれとはまた違う次元に達していた。


 ただひたすら殺戮を追求し続けたその技巧は、人間のあらゆる思念に縛られない自由な殺人剣を可能にしている。

 剣の天才に出会おうとも、努力で強者に上り詰めた剣士に出会おうとも、老練な達人に出会おうとも、セベクの剣はその全てに応えられるほどの高みにいるのだ。


 一体どれだけの敵を殺せばこれほどの腕になるのかと、セトは下段に構え直しながらもふと考えた。


「セトっちの剣は独特だねぇ。俺と同じ戦場でこそ威力を発揮するタイプだ」


「それがどうした?」


「だが、決定的な違いはある。剣を交えるからこそわかることがな。……セトっちさぁ、他人のことは好きになれても、肝心の自分自身のこと好きじゃないでしょ?」


「自分、自身……?」


「自分は卑しい人間だ、自分は汚れた人間だっていう意識。他人を尊敬して愛そうとはするけど、自分のことは低く見てる。そういう人間の太刀筋だ。……ダメだよぉ勿体ない。自分として生きてる以上自分を好きにならなきゃ」


 いきなりな話題にセトは戦意を削がれそうになったが、なんとか持ち直す。

 だが、セベクの言葉にセトの心のどこかに引っかかりを生じさせた。


「ただの旅人って言ってたな。戦場には出ないの? 一緒にさ、戦場へ出て目に映る奴皆殺しにしてみない? ……セトっちは俺と同じで、戦闘狂なんだよ。戦場が大好きになれば、きっとセトっちも自分自身のことが大好きになる。他人を好きになっても自分を好きになれない人生なんざ、長かろうと短かろうと虚しいもんだぜ?」


 セベクの淡々とした言葉の裏には、狂喜じみた激しい衝動が見え隠れした。

 同類と出会えた喜びなのか、それとも更なる強者と出会えた狂気なのか。

 無表情に近い顔を作っているセベクからは一切読み取れない。


「話は終わりか? ……揺さぶりなんぞ、俺には通用しないぞ変態野郎」

 

「悪いな。おじさんはねぇ……君みたいな強い子に変態って言われるの、────大好きなんだ」


 セトは構えを取ったまま鋭く睨みつけセベクと相対する。

 セベクも楽し気に口元を歪めさせ、次の一撃に備えた。


 これまで以上の強い殺気のぶつかり合い。

 先ほどのは小手調べだと言わんばかりに、高い純度の剣気を放つ。


「────行くぞぉ!!」


 裂帛の気合いともども、セトは下段からセベクへ斬り込んでいく。

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