第46話 魔王軍接近中! そして俺達は……。
その日の夕方、執務室で今日の分の報告書を処理し終え、休息に紅茶を飲んでいたときだった。
息せき切って入って来た部下から信じられない報告を受ける。
「なにッ!? 魔王軍だと! ……えぇい、見張りは今までなにをやっていた!」
「それが、魔王軍はあの森を越えてきたのです。あのウェンディゴの森をッ!」
「馬鹿なッ! あそこは禁断の聖地だ。例え神に等しい力を持つ魔物であろうとも安易に近づいたりしない」
「しかし、魔王軍が確認出来た地域と方角を考えますと……」
オシリスは奇襲の線を疑う。
魔王が奇襲作戦として命懸けの作戦を考案したのか。
だが、この街は確かに土地も物資も豊富で、陥落させれば魔物にとってもプラスにはなるが、その為に冒すリスクと釣り合いがとれない。
例え落とせたとしても、すぐに王都にも知らせがはいり、大きな戦になれば疲れ切った魔王軍の負けは必須。
報告によればウェンディゴの森を越えたことで魔王軍の多くが大怪我を負い、身体を引きずるようにこちらへ向かっているのだとか。
オシリスは魔王の考えが読めず混乱するも、部下の手前仏頂面を浮かべたまま、しばらく考え込む。
「それと、もうひとつ、ある人物の目撃情報が……」
「なんだ、言ってみろ」
「ハッ、実は魔王軍の中に、人間のような姿を発見したのとことです」
「人間……? 魔王軍に人間だと? ……いや待て、確か以前に見た報告書にあったな。"魔王軍に属する魔剣使いがいる"と。まさか、そいつがここへ向かっているのか?」
その魔剣使いが現れる戦場は、ほぼ魔王軍が勝利を手にしている。
彼の者の剣捌きは、まさに戦場で殺戮を繰り出す為に極限まで練り上げられた怜悧な太刀筋であるとのことだ。
(魔剣の能力は不明……、だが、そんな奴がここへ来るともなれば……例えこの街にいる戦力を総動員しても勝てるかどうか……)
まだ見ぬ強敵の予感。
だがまるでその強敵がすでに首筋に剣を突き立てているような、そんな身体の冷たさを感じた。
「魔王軍到着までまだ時間はあるな。王都に早馬を出せ!! 一刻も早く兵を要請するのだ。街の住民の避難誘導も忘れるな!」
「では、街にいる冒険者達にも動員の声掛けを……ッ!」
「うむ。……そうだ、セトは? セト達のいる宿はわかるか!?」
「ハッ! すでに把握しております」
「よし、急ぎ彼等をここへ! 彼等にとっても他人事ではないだろうしな」
こうしてオシリスに呼び出されたセトとサティスは、オシリスの執務室にて状況を把握する。
セトは終始目を細めながらオシリスの言葉に耳を傾け、テーブルに広げられた地図を見ていた。
サティスも一瞬驚愕に表情が歪んだが、すぐに気を取り直し、知り得る情報を彼等に提示していく。
「……その魔剣使いですが、恐らく奴のことに間違いありません。────魔王軍最強の魔剣兵士、『
以前、ベンジャミン村にてセトに言おうとしていたこの人物。
戦争とはもう関わらないと思い、記憶の中に封じてきたが、状況が状況なだけにサティスは情報の出し惜しみはしなかった。
「セベクとは直接の面識はありませんが、物凄く強いことは確かです。……恐らく、私なんかより」
「幹部クラスすら超越する魔剣使い、か。……そんな豪傑が半人半魔という理由で下っ端扱いされているとは」
「そういう所ですよ。魔王のいる所というのは。……魔剣の能力は不明ですが魔剣の銘は一度だけ聞いたことがあります。確か、『
「……
セトが呟く。
というのも、そのワードに心当たりがあった。
この街に来る前にアハス・パテルより貰った手紙。
その中に蛇と鰐が描かれた絵があったからだ。
もしもあの絵が、魔王軍最強の魔剣兵士たる存在セベクのことを示すとしたら。
そう思うと、ますます他人事とは思えなかった。
「厄介だな……如何に奴等が満身創痍とはいえ、魔物と人間の強度を比べれば……。それに、セベクがいる以上士気は高いかもしれん」
「奴等はいつ来る?」
「……早くて、明後日の昼過ぎくらいか」
「勝てますか?」
「俺は負けん。だがこれは個人の戦いではない。魔王軍の数は減っているようだが、それでもこの街の兵力では心許ない。……王都からの増援が来るまで持ち堪えれば。或いは、敵の総大将であるリザードマンを早々に討てば……」
苦戦は必須だろうと、オシリスは答える。
セベクの戦闘能力が未知数である以上、油断は出来ない。
「……情報提供感謝する。ここへ観光へ来てゆっくりしたかっただろうが、これも運命だ。早々にこの街を出るがいい」
「オシリス……」
「如何に強者と認めたとはいえ、観光客の子供の力を乞うて大喜びするほど、このオシリスは腑抜けてはいない」
そう言って、オシリスはセト達に重ねて礼を述べた後、退室を促した。
オシリスのいる施設を出て、騒ぎの中宿へ戻り、宿を出る準備をする。
(オシリス……あの顔……)
セトにはわかった。
オシリスは、本当は一緒に戦って欲しかったのだと。
だが、セトとサティスを見てその直前で考えが鈍ったのだろう。
彼等は冒険者ではなく、あくまで観光客。
種族と敵味方の垣根を越えて、互いに平穏に生きたいという思いを持つ2人に、一緒に戦ってくれと言えなかった。
彼等を再び戦火で汚すことを、オシリスは拒んだのだ。
「……セト?」
「サティス……あぁ、ゴメン。ぼーっとしてた」
窓際から外を眺めていたセトにサティスが声を掛ける。
「オシリスのことですね?」
「え?」
「フフフ、顔に書いてありますよ。まったく、2人して隠しごとが下手って言うかなんていうか」
「そ、そうなのか」
顔をこすって見せるセトを見て、サティスは優しく微笑んだ後、少し俯いた様子で語り掛ける。
「……ねぇセト。私達、本当に逃げるべきなんでしょうか?」
「え?」
「このまま逃げても……また同じことが起こるんじゃないかって。そう思ってしまうんです」
「サティス……。あぁ、俺もそう思う」
彼等は平穏の中で一緒に生きたい。
それは変わらぬ願いだ。
だが、それは逃げ続けることで叶えられるものなのかと。
それに、オシリスやベンジャミン村には恩義がある。
もしもこの街が陥落すれば、村の方にも影響が出る可能性があるのだ。
サティスも過去の恐怖を完全に乗り切ったわけではない。
だが、きっとセトと一緒ならと、胸の中で希望を湧かせている。
「サティス、教えてくれ。俺はどうすればいい?」
「セト……」
「俺はサティスやオシリスみたいに、凄い考えを巡らすっていうのは出来ない。だが、大人でも音を上げるほどの無茶はこれまでずっとやって来た。俺は戦える……国の為じゃない、ましてや大人達の為でもない。頼む、オシリスは……"友達"なんだ。そして、サティスは俺にとって一番大事な人なんだ! ……俺は、皆と自分の為に戦いたい」
オシリスは今大変苦しい状況にいる。
共に剣を交え、共に認め合った仲の存在が死地へ向かおうとしている。
セトはここに心苦しいものを感じていた。
サティスは頷き、凛とした笑みを見せる。
「安心して下さい。私を誰だと思っているんです? 軍の指揮や策をずっと任されてきた女なんですよ。……私に良い考えがあります」
そう言って彼女はセトに自らが考えた作戦を伝える。
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