第43話 海の中で拾った貝殻で、私はアナタを想う

 セトが釣りをしている所から、少し離れた所で泳ぐサティス。

 時折潜っては、底にある貝殻を拾って明るい表情を見せている。


 そんな彼女をぼんやりと見つめていたセトは、さっきの引きから一向に反応の無い釣り竿をじっと握りしめたまま静かな時間を送っていた。

 海の水に全身を濡らしながら喜びを見せる彼女は、まるで血も穢れも知らない女性にすら見える。


 この楽園より隔たれた世界の先に生きていた者とは思えないほどに、その笑顔は純粋なものだ。

 その顔を見て、セトは心の底から、彼女と共に歩んできてよかったと再度考える。

 今ある心の充実に、セトはサティスへの感謝を抱かずにはいられない。


(静かな場所でこうやってサティスといるのも悪くはない、か)


 ようやく最初の困惑から落ち着きを取り戻してきた頃、サティスが泳いでこちらまでやってきた。

 

「もーセトったらずっとこんな所でじっとしてて……。一緒に泳ぎましょうよー」


「い、いや。俺は大丈夫だから!」


「え~? もしかして泳げないんですか?」


 磯場を華麗にのぼり上がるサティスは、セトの背後から顔を覗かせる。

 ようやく収まってきたあの困惑がまたしてもぶり返してきた。

 至近距離での今の彼女はあまりに刺激的で、セトの身体をムズムズとさせる。


「いや、泳げないことはないけど。今はダメだッ!」


「なんで?」


「なんでも!」


 一向に顔を向けないセトに、サティスはイタズラっぽく笑みながら。


「んも~。そういうイケズなこと言う悪い子は……えいやッ」


 セトの背中に抱き着き、長く細い腕をセトの身体の前に回して、身体を密着させた。


「お、お、お、お、おぉッ!!?」


 背中に当たる女性的な柔らかさと、至近距離から感じるサティスの吐息にセトの緊張は最高潮に達する。

 そんな彼の首筋や脇腹等を滑るように触りながら、身体の火照りや衝動を感じ取っていたサティスは、更に挑発的なことを言った。


「ンフフ~、お触りは禁止ですからねぇ~? 変なことしちゃダメですよぉ~?」


「お、お触り禁止なのに……自分からお触りするのか……ッ!?」


「私はいいんですよ~だ。お姉さんの言うこと聞かない悪~い子はもっとお仕置きしてあげますからね? ……こんな風にッ!」


「お、おわわぁあッ!?」


 サティスは器用にセトの服の中に手を入れてくすぐり始める。

 彼の急所を知っているかのように、的確な部位に指を這わせた。

 皮膚から感じるあまりの感触に身を捩じらせる等するが、サティスは逃がそうともしない。



「わ、わかった! 俺の負けだ! だから……もうやめてクハハハハッ!」


「はい、オッケーです」


 ようやく解放されたセトはぐったりとしながら項垂れる。

 くすぐり攻撃をされたのは生まれて初めてだ。

 服の中が汗で濡れて、じっとりとした感覚が包んでいた。


「泳ぐにしても俺は水着とか持ってないぞ?」


「ん~、上だけ脱げばいいんじゃないですか? 服くらいなら私の魔術で乾かせますし」


 泳ごうと言った割にはその辺が割とアバウトな答えだった。

 だが、服もキチンと乾かせてもらえるのなら問題はないだろうと考え、セトは上衣を脱いで身軽になる。

 準備体操をして身体をほぐし、彼女と共に海での遊泳を愉しむこととした。


 青い海の中で、セトは陸とは違う光景に心惹かれていく。

 波によって揺れる海面では光がそれに合わせて煌めき、水中では季節の暑さを感じさせないほどに優しい色合いが底へと降り注いでいた。


 小さめの魚が泳ぎ、蟹らしきモノが底を歩いている。

 そこには海ならではの穏やかな時間と秩序があった。


 陸と海との境界線に漂う壮麗な光景だった。

 一度息継ぎをしてから再度潜りその光景を眺めていると、サティスがまた貝を底の方から拾ってくる。


 巻貝の一種で中身は空。

 淡いピンク色で細長いシルエットが特徴の可愛らしい貝殻。

 これまで彼女が集めてきたの同様、掌に納まるサイズのものだ。


 海面へ上がるようにサティスがジェスチャーする。

 セトは頷き彼女と共に海面へと顔を出した。


「ぷはっ。どうしたんだサティス?」


「ふぅ。これ綺麗でしょ? さっきまで集めてきた貝殻と組み合わせてアクセサリーを作ろうかと思いまして」


「アクセサリー? いいんじゃないか、サティスならどんなのつけても似合いそうだし」


「違いますよ。アナタのです」


「俺に? ……アクセサリーなんて俺に似合うか?」


 今まで武装という形でしか自分の身を飾ったことしかないセトは、日常生活におけるオシャレ目的でなにかを装備するということに、一種の抵抗感があった。

 オシャレは戦闘においてなんの意味も持たないものとし、それは兵士でなくなった今も尚残滓としてセトの心に根付いている。


 オシリスのときは武装面から見てもカッコいいと判断した為、目を輝かせてはいたが、日常においてのオシャレ事情にはまるで疎かった。

 ただ、サティスの提案ということもあり、そういった感情を表に出すということはしない。

 

「んもう、少しはオシャレにも興味持ちましょうよ。今のままのセトも好きですけど、やっぱりオシャレとかして見た目とかにも気を遣って欲しいんです」


「そ、そうかぁ? ……なら、折角だし作ってもらうかな」


「そうこなくっちゃ。じゃあ一度海岸に上がって休憩にしましょう。人間にとって長い時間の遊泳は危険ですからね」


 サティスはセトの為にアクセサリー作りが出来るということでとても嬉しそうだ。

 オシャレにはまだ興味は持てなかったが、それでもサティスの笑顔が見れてよかったとセトは密かに笑う。


 お互い海岸に上がり、パラソルを立てたシートの上に並んで座る。

 セトは水を飲みながら一息ついていると、サティスは早速空間魔術で道具を取り出し作業に取り掛かっていた。


(なんでも入ってるんだな……)


 そう思いながらセトは彼女の傍らで横になる。

 いつも通りの穏やかな風だが、暑い陽光を孕んでセト達の濡れた身体を包んでいった。


「フフフ、大分泳ぎましたもんね。少し休んでいて下さい」


「わかった……」


 そう言ってセトはとりあえず瞼を閉じる。

 眠るわけではないが、そうすると落ち着くのだ。


 視界が暗くなってもサティスが隣にいるのがわかる。

 セトは頭の中で彼女の姿を想像しようとするもやめた。

 

 流石に想像で描くには今の彼女は刺激的過ぎる。

 正直今までの彼女の衣装の中ではかなり心に響いた。


(あれは不意打ちだったな。村にいたときの風呂みたいに……。あぁ、こんなことばっかり考えて、ダメだな俺)


 目を閉じながらも自分自身に密かに落胆していた頃、サティスは手を止めてセトの方を見ていた。

 そして当初と比べての彼の感情の変化に、喜びの笑みを浮かべている。


(まだまだですねぇセト。……でも、アナタがもう少し大きくなったら、きっと今以上の感情が湧くでしょう。そのときになったらちゃんとイイコトしてあげますから。今は、ね?) 


 これはこれからも続くであろう日々のお守り。

 "長く、そして健やかに"、そんな願いを込めたアクセサリーの首飾りをサティスは作っていく。

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