第42話 2人だけの海の浜辺で

 ウレイン・ドナーグの街にある高台は大変見晴らしがよく、海だけでなく、水平線の薄っすらとした境目まで堪能出来るのだ。


 元より自然豊かな地であって、海以外にも、白く天高くそびえ立つ山脈や、遥か向こう側まで続いているであろう草原や街道も見ることが出来る。


 この絶景を一目見ようと、カップルや冒険者達が来るのだとか。


「すごいぞサティス。こんな高い所から綺麗な景色を見たの初めてかもしれない!」


「そんなにはしゃがなくても景色は逃げませんよ。あ、ベンチがひとつ空いてますね」


 ベンチに並んで座って、潮風の心地よさを感じながら水平線と大地の様子を眺める。

 高台にはやはりカップル同士が集まったりして、街とはまた別の賑わいを見せていた。


「しかし……大人ばっかだなぁ」


「あれ? もしかして緊張してます? そりゃあ子供はアナタ一人だけでしょうけど。私から見ればアナタも立派で素敵な男性なんですから胸張ってもらわないと」


「え、そ、そうか? そう……だな。アハハ」


 サティスに褒められセトは照れくさそうに笑った。

 そんな彼をサティスは優しく撫でる。


 傍から見れば姉弟かなにか。

 だが、ここに集まる種類の人々を鑑みれば、年上年下のカップルに思えてならない。


(え~嘘! あんな綺麗な人と付き合ってるのあの子!)


(マジかよ……あの超絶美女を一体どこで見つけたんだあのガキッ!) 

 

 一時的にではあったが2人は注目を浴びる。

 サティスは見られることに対して特に気にも留めなかったが、セトは視線が集まってきたことで、なんともいえない居心地の悪さを感じた。


(まぁ、あんま気にしちゃダメだな)


 そう思いながらサティスと周りの景色の美しさを愉しむ。


「しかし暑くなってきましたね。季節の移り変わりは早いこと」


「あぁ、施設にいたときは気づかなかったけど。……そうなると海が冷たそうに見えるな」


 この日は太陽の照りが強く、涼やかな風すら暑さでかき消えてしまう。

 サティスは空間魔術から取り出した水筒の水を、セトに分け与えた。


「日傘なりなんなり持っていればよかったですね。セト汗びっしょり」


「うん、流石に暑い。サティスは平気なのか?」


「まさか。ホラ、こんなに汗かいちゃって」


 そう言って顔や首筋等、湿潤した部分をセトに見せた。

 日の光で余計に煌めく肌は、普段の彼女をより艶めかしく映す。


 首筋を通る汗は鎖骨の窪みへと渡り、胸元の雫は谷間の奥へと消えていく。


 サティスにとってそれはただの無自覚な動作であったのか、そうして肌の見える部分を強調し、尚且つ汗に濡れた肌を晒す姿をごく自然とセトに見せた為、セトの顔が一気に紅潮し目を回し始めた。


「え、ちょっとセト大丈夫ですか!?」


「み、水……! 水を頭からかけてくれッ!」


「え、水を……?」


 セトの言葉に困惑の表情を浮かべたサティスから、セトは水筒を素早くとって頭にかぶる。

 周りの人達がチラホラと見てはいたが、セト自身そうも言っていられない。


「ハァ……ハァ……ありがとう」


「あ、いえ……」


(なんでだ……普段からサティスを見てるから大分耐性はついたと思ったのに……ッ)


 手ぐしで頭を掻きながら、髪の間も風が通りやすくするようにして頭を冷やす。

 大分冷静になったセトを見て、サティスはようやく気付いた。


(あら~、刺激強すぎた? もう慣れたかなって思ったのに……。あ、そ~だ)


 ここでサティスは嗜虐心にも似たような好意と笑みをセトに向ける。

 昼からの予定が決まった。


「ねぇセト。お昼からどうです? 動けそうですか?」


「あぁ大丈夫だ。なにするかは決まってないけど」


「でしたら、ご飯食べた後海へ行きませんか? 海水浴場は遠いのでこの付近の浜辺へ行きましょう」


「おお、そんな場所があるのか。そこなら魚釣れるかな」


「フフフ、そうですねぇ」


 楽し気に会話をしつつ、2人は高台を後にして街の方へと降り始める。

 セトからすれば海でのひとときを楽しむのは初めてのことだ。


 海で釣れる魚など見当もつかない。

 そういったことに想像を膨らませながら、セトは彼女と共に食事をする場所へと歩んでいく。

 

 食事は付近にあった店で手軽に済ませ、一旦宿へと戻った。

 セトは鼻歌交じりに、宿の主から貸してもらった釣り竿を手入れしている。


「あら、楽しそうですねぇ」


「当たり前だろ。……ん? サティスはなにを準備してるんだ?」


「知りたいですかぁ?」


 かつて敵対していたときのように妖艶な笑みを浮かべるサティスを見て、セトはなにか危なげな予感を感じる。


「なぁ……なんか企んでる?」


「どんな企みをしてると思いますぅ~? エッチなこと考えちゃダメですよ」


 サティスににやけながら指摘され、セトは顔を赤らめ思わずそっぽを向く。

 背後でサティスが愉快そうに笑っているが、セトはそれを打ち消すように釣り竿や餌の確認等をし始めた。


 数分後、セトはこの街から少し出た浜辺へと出る。

 岩に囲まれた小さな浜辺で、人はいない。

 大抵は海水浴場へと赴いているようだ。


「サティスは先に行ってろって言ってたけど……」


 サティスのあの笑みはなにか企んでいるときのそれだ。

 セトは彼女のさっきの発言を頭から振り払いながらも、ポツンと海の方へ出た磯場に腰掛け、釣り竿を垂らす。


 静寂な雰囲気の中に波の音がテンポよく聞こえてくる。

 ベンジャミン村でピクニックへ出たときのように、自然と穏やかな気持ちになってきた。


(来てよかったなぁ)


 水筒の水を飲みながら、海の涼しさと日差しの強さをその身に浴びる。

 しばらくして後方からサティスの声が聞こえてきた。

 

「あぁ、来たの……────か」


 振り向くとシートやら様々な荷物を持った彼女がいた。

 コンバットスーツではなく、真っ黒な上下のビキニに着替え、その肌の露出を一気に高めた夏の海特有の格好だ。


 黒い布地に包まれた胸は更にしっかりとした艶美の弧を描きながら、柔らかく整えられている。

 普段の格好とは違う歩くたびに揺れるそれは、セトの脳内を煩悩で一瞬スパークさせた。


「せっかくの海なんだから泳がないとと思いまして」


「え、え、え、えぇッ!!?」


 案の定慌てふためくセトの反応にサティスは満足そうだ。

 シートをしいてパラソルを立て始める彼女に駆け寄るセトは、ドギマギとしながらも手伝う。


 明らかな視線を感じ取ったサティスは、微笑みながら艶めかしいポーズを取るようにして一旦座った。


「安心してください。ここには人除けの魔術が施してあります」


「いや、安心ってなにが……」


「ん~? だって、アナタは今から水着の私を独り占め出来るんですよ? 海水浴場だったらナンパ男とかいてそうはいきませんからね」

 

 云わばここは2人だけの空間。

 挑発的な笑みを浮かべながら、まずは一服。

 裸身にも近い格好でパラソル越しに日差しの強さと潮風を感じるサティス。


「……セト、見るのはいいですけど。竿はいいんですか? 引いてますよ?」


「え? あ、あぁ本当だ!!」


 急いでかけていくセトを見ながらサティスはクスクスと笑う。

 普段とはまた別の動きや反応が見れるのが楽しくてならなかった。


「さて……ゆっくり楽しまなきゃ」


 セトとサティスの2人だけの緩やかな海の時間が始まった。


(お、落ち着かねぇ……)

 

 

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