第40話 vs.暗空を裂く光:『オシリス』

 オシリスが自らの魔剣を召喚し、人差し指で器用に回す。

 セトは見るのは初めてだ。


「暗器みたいな魔剣だな」


「魔剣『王の心臓アトリビス』……俺の魔剣は他とは桁違いなのさ」


 お互い魔剣を見せた所で、つかの間の静寂。

 闘争の空気が漂う中、審判を務める兵士が号令をかけ去っていた。


「安心するといい。威力は弱めてある。さぁ行くぞぉ!」


 オシリスはおもむろに切っ先を向ける。

 緑色の光が刀身から滲み、彼の瞳もまた同じく染まった。


 次の瞬間には3発もの鋭い斬撃波がセトの足元に飛ぶ。


「ぬおッ!? 遠距離型の魔剣か!」


「然りッ! 俺の魔剣はただ斬撃を光線の如く飛ばすことのみに特化したもの!」


 切っ先を目標に向けて扱うことで簡単に遠くのものを穿ち貫ける。

 近距離での戦闘を生業とする者とってはかなり相性の悪い代物だ。


 ジリジリとにじり寄るセトに対し、突如として奇抜なポーズを連続して行うオシリス。

 自信に満ち溢れた顔面に、バイザーらしきものが被さり上半分を覆った。


「ここからが本当の勝負だ。────ジャスティィィイイイスッ、イグニッション……フラァァアアイッ!!」


 オシリスの着込んでいるアーマーが突如唸りだす。

 魔装具と言われるこのアーマーに備えられた膨大な魔力が、オシリスの意思に反応し、エネルギー噴射を以て彼の身体を宙へと上昇させた。


「出た! 隊長殿のジャスティス・イグニッション・フライッ! 空を駆ける隊長はまさに正義の流星!」


「はぁなにそれ!? 空飛ぶ鎧とかただの変態じゃないですか! ……てか卑怯ですよソレ!!」


 外野からサティス達の声が響く中、セトはその格好良さにほだされながらも、対抗策を考える。

 空を飛んでからオシリスがとる行動などわかりきっていた。


「フンッ!」


 鋭い緑光の雨がセトに降り注いでいく。

 上空からの斬光掃射は、容赦なくセトにダメージを与えんと迫った。


「ぬぉぉおおおおおッ!!」


 手の内で器用に素早く柄を返しながら、刀身で掃射を弾いていく。

 その過程でこの斬光をオシリスに弾き返すことを思いつき、すぐさま行動に移した。


 弾き返した4発は弾幕を切り抜け、真っ直ぐオシリスへと飛んでいく。


「やるなッ!!」


 オシリスは巧みな空中機動で回避して、セトを上空から追い回す。

 セトは韋駄天走りで動き回って地上からオシリスを翻弄する。


(く、狙いが定まらんッ! だが、こんなもので俺が参ると思うな)


 魔剣から駆動音らしき鳴動がするや、今度は先ほどとは桁違いに速い連射攻撃を仕掛けてくる。

 殺傷能力は抑えてあるとはいえ、これに当たってしまえばひとたまりもない。


「セトッ! 逃げてッ!」


 サティスが堪らず叫ぶ。

 だが、セトの意思は逆だった。


 このまま逃げていても、いつかはあの魔弾によっていたぶられる。

 ここは逃げるより、攻めに転じる方がよい。


 セトはおもむろに魔剣を空間へとしまう。

 そのまま前方の壁に向かって全速力。


(コイツ魔剣を? なんだ、なにをする気だ!?)


 オシリスも追いかける。

 そしてゆっくりと狙いをセトの背中に照準を定めた。


 魔剣の力を発動しようとした直後、セトが壁を蹴り上げ高く飛ぶ。

 丁度オシリスと同じくらいまで飛んだが、まだ距離があった。


 オシリスは冷静な目付きでそのままセトに照準を向けていたが、次の瞬間には驚愕の色に変わって彼から狙いが外れてしまう。

 

 セトの近くの空間から、彼の魔剣が飛び出る。

 柄頭を狙うように、セトの空中回転蹴りがそこに炸裂した。


 魔剣はオシリスの斬光と同等の速度でオシリスの方へ、流星のように宙を飛ぶ。


「い゛ッ!?」


 オシリスは驚き、思わず身を捩って躱す。

 だがその反動でコントロールを失い、空中での飛行が一時的に困難になった。


 コントロールを取り戻したときには、すでに高速で壁の間近くまで来ていたことに気付く。

 そしてセトの意図を理解した。


(しまった、あの魔剣はブラフか!? あの速度、あの角度……ギリギリ避けれるように────)


 重鈍な音を上げてオシリスは壁に激突し、地面に落下した。

 ぶつかった衝撃で受け身を取り損ね、大ダメージを被る。


「ぐはぁッ!?」


 だが彼もまた腐っても軍人。

 この隙をついてセトが攻撃を仕掛けてくるというのは瞬時に把握できた。


 案の定セトが組みつこうとして来た所を、身軽な動きで回避。

 バク転を数回しながら中央へ行くように距離を開ける。


「まだだ……勝負はこれからだッ!」


「だろうな」


 セトが数歩近づき、互いの間3mほどで止まる。

 そして腰に差した剣を抜くかのような構えを取った。

 

 その構えを見たオシリスは不敵に笑む。

 彼もまた魔剣を納め、無形の構えを取る。


「その構え、知っているぞ? 異国の剣士が使うという技だろう?」


「……」


「いいぞ、乗ってやる。俺には俺のバットージツがあるのだ」


 しばらく無言で睨み合う2人の間に、闘技場に一陣の風が吹く。

 互いの闘気が周囲に緊張として伝わっていった。


(セト……もうなにしてるんですか! 早くズバーッとやっちゃいなさいよ)


 サティスが心配そうに見守る中、時間だけが過ぎていく。

 残り時間が10秒を切ったとき、オシリスの右手が微かに動いた。


 次の瞬間、互いは同時に強烈な光を放つ。

 赤と緑の閃光の中で、空間から出た魔剣の柄を素早く握った。


 瞬間速度はセトが上回り、瞬時にオシリスの懐に潜り込むや、下から抉るような抜き際の一刀を放つ。

 オシリスも負けじと彼の持ちえる最高速度で応じ、小さな構えで切っ先を向けて、緑色の斬光を放った。


 凄まじい衝撃音と砂埃と共に、終了を告げる鐘が鳴り響く。

 砂埃が晴れると、2人が彫像のように固まっている姿があった。


 セトは刃をギリギリの所で止め、オシリスも切っ先を向けたまま、互いにしばらく睨み合っていた。

 静かな緊張が漂い、勝敗の行方を固唾を飲んで見ている外野。


 そんな中、ようやくお互いが口を開いた。

  

「引き分け、だな……」


「いいや、勝ったのはセト……お前だ」


 セトにそう告げてオシリスは魔剣を器用に指で回しつつ空間へと納める。

 あのとき、撃ち放った斬光はまるで刀身に吸い寄せられたかの如く斬り裂かれた。

 即ち、オシリスの攻撃はセトには当たっていない。


「俺の攻撃の軌道を読んだのか?」


「読んだ……というより見えた、かな。アンタの斬光はその刀身から真っ直ぐ放たれる。あの速度、あの角度なら身体のどこを狙っているかがわかったんだ」


「短い戦いの中で……あの刹那の状況でそれを? ……フッ、見事だ」


 オシリスはセトの戦闘センスに感服する。

 セトも魔剣を納めて、健闘したオシリスを憧憬の目で見上げた。


 気づけばお互い熱い握手を交わしていた。

 固く握り合う手に尊敬の意思が伝わってくる。


 そんな中、外野で見ていたサティスや兵士達が駆け寄って来た。


「あぁセト! 大丈夫怪我はない!? ……あぁもう心配しましたよ」


「アハハ、ごめん。でももう大丈夫だ。終わったよ」


「なんだお前達。こうも取り乱すなどみっともないぞ!」


「た、隊長! 大丈夫ですか? 先ほど落下した際に……」


「フン、あんなもの屁でもない。俺を誰だと思っている。────『暗空を裂く光』の記号を持つ男、オシリス隊長だぞッ!」


 またしても奇抜なポーズを連続して行うオシリスに、兵士達は大歓声を上げる。

 

「……私には絶対理解できませんわアレ」


「そうか? 俺はカッコいいと思うけどなぁ。俺もやるかな、あぁいうポーズ」


「やめてください」


(だが、これでようやくオシリスに話せるな)


 セトはすぐさまオシリスに話を持ち掛ける。

 オシリスは快く受け入れて、またあの執務室へと案内してくれた。

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