第39話 オシリスとセトとの決闘

 時間は目まぐるしく、あっという間に夜にさせた。

 すでに街も人も眠りにつき、隣のベッドでもサティスが寝息を立てている。


 セトは窓から月明かりが差し込む部屋の静寂の中、ずっと目を開けていた。

 疲れはあるものの、どこか神経が高ぶっているような感覚があり、身体が眠ろうとしない。


(昼のゴタゴタで随分遠回しになったな……)


 サティスを起こさぬよう窓際まで行き、月明かりを一身に浴びる。

 今宵は満月で、その光は太陽に負けないくらい輝いていた。


(これだけ明るいのなら見ることは出来るだろう)


 ポケットから取り出したのは、あの手紙である。

 この街に来る途中、アハス・パテルより渡された手紙。


 音を立てぬよう封筒から便せんを取り出す。


「これは……、鰐と蛇の絵か?」


 恐ろしい形相をした鰐と、その身体に巻き付きながら同じ方を向く大蛇が描かれていた。


 その下には文章がつづられている。

 文字は全く読めないわけではなかったが、解読に時間が掛かった。


 謎解きをしているかのような思考を終えて、セトは心内でその内容を読み上げる。


("満月を越えた日の後、我が地と汝に死をもたらす者現れり。汝如何にしてこれを祓うか。もし力欲すとき来たらば、我が試練を受けよ"……か)


 危険を知らせてくれている内容に思えるこの手紙。

 死をもたらす者というのは、恐らく絵の獣のことだろう。


(試練? 一体なんのことだ?)


 この内容だけでは要領を得ない。

 だが、死のウェンディゴはなにかを見抜いていると同時にセトを試そうとしている。


(試練のこともそうだが、数日の内に来ると言っていたな。オシリスに伝えた方がいいんじゃないか? ……あと、サティスにはどう伝えるかな)


 セトはサティスのことが心配だった。

 これまでのことで、サティスはトラウマを克服しつつある。


 だがそれは完全ではない。

 一対一ならともかく、もしも軍勢で襲い掛かってくるようなことがあれば、彼女はまた酷く怯えるのではないかと、セトの心が得も言われぬ痛みに襲われる。


(でもサティスにとっても他人事じゃないしな。明日オシリスと出会ったら同時に伝えてみよう)


 手紙をポケットにしまい、再びベッドへと就く。

 内容にあった"試練"のことも気になるが、今の段階ではどうしようもない。


 比較的精神も落ち着きを取り戻したようで、ゆっくりと瞼を閉じるセトは、朝まで目を覚まさずにいた。


 

 次の日。

 セトとサティスは再びオシリスのいる施設まで赴いた。


 兵士が2人を案内してくれるや、訓練場の方まで歩かされる。

 あの執務室や応接室といった場所ではなく、兵士達の訓練の怒号が響く暑苦しい中へと行くことに2人は怪訝な表情をしていた。


 そして、一際目立つドーム状の場所へと辿り着く。

 内部は闘技場のように広く、整備されていた。


「よくぞ来た。歓迎するぞ」


 その中心で立っていたオシリスは嬉しそうに両手を広げ、出迎える。

 なぜこの場所に呼びだしたのか、サティスは理解に苦しむようで困惑の色を浮かべながら問うた。


「これは一体なにごとです? なぜこのような場所に」


「フン、決まっているだろう。……セト、俺はお前に用があるのだ」


「なに?」


「────だ! この俺と決闘しろ。破壊と嵐セト!」


 突然の決闘宣言に、セトの表情が動く。

 サティスに至っては半ば怒ったようにセトの前へ出て、庇うように立ちながらオシリスを睨みつけた。


「待て待て待て。別に殺し合いをしようってわけじゃあない。一対一の試合だ。殺しは御法度、どちらかが負けを認めるか、あるいは審判によって続行不能と判断した場合、ストップが入る。だが、そうだな……時間制限を付けよう。5分だ。5分の内にお互い決着を付けよう」


 セトにとって、理性的なことを考えるならば、今は決闘などしている場合ではない。

 だがオシリスの眼光は鋭く、昂る闘気からは固い意志のようなモノを感じる。

 とてもじゃないが今の状態で話を聞いてもらえるとは思えなかった。


「なぜセトと決闘がしたいんです?」


「ふん、決まっているだろう。魔剣使いの性というモノだ。同じ魔剣使いを見れば、どちらが強いかを決めずにはいられない。本来なら殺し合いだろうが、俺はお前達の境遇を酌んでやっているんだ。実に良心的じゃあないか?」


「なんて勝手なことを……ッ!」


 そう言いかけた直後、サティスの後ろからセトが一歩また一歩と前へ進み出る。

 その姿にサティスはハッとし、彼を呼び止めようとするが、出来なかった。


(セト……まさかアナタ……)


 サティスは直感する。

 オシリスと同様、セトもまた戦いたいと思っているのではないか、と。


 事実、セトもまた理性では決闘というものに興じるのは現在においては無駄なことと判断している。

 だが、セトもまた魔剣使いである為か、オシリスの言葉には内心共感していた。


 ────どちらが強いか。


 まったく気にならないと言えば、嘘にはなる。

 同じ魔剣使いとして、彼がどのくらいの強さにいるのか、純粋な興味があった。


「フフフ、いいぞその目だ。やはり決闘に挑む男とはそうでなくては!!」


 オシリスとセトは各々位置に着く。

 こうなってはサティスも遠方から見守る他ない。


(戦うのはいいが……相手がどのくらいの強さかもわからない。なにより、話を聞いてくれるまでには留めないと……)

 

 セトは空間から魔剣を取り出す。

 太陽光で刀身が鮮やかな閃光を放った。


 サティスと同様遠方で控えている兵士達から一瞬感嘆の声が上がった。


「……彼等は俺が鍛え上げた、対魔剣使いにも特化した最高の兵士達だ」


「あぁ、良い訓練してる。見ただけでわかるよ」


「そうだろう? ────この5分間だけ、お互いのしがらみや経歴は忘れよう。ただひとりの男として、向かい合うのだッ!」


「あぁ、付き合ってやるよ。……アンタと俺の、魔剣使いの性って奴にッ!!」

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