第36話 魔王の城に、かつての威光はすでになく。

 魔王の城ではまたしても魔王の激昂が響き渡る。

 その勢いが城の外にまで干渉し、大地を震わせ、無数の烏達を天へと飛ばした。


「えぇい、圧されておるではないか!? セベクも導入したというになんだこの戦果は! 勝利しても別の戦場で敗北し結局の所成果はゼロ。おまけに幹部であるオークキングの行方もわからなくなるとはどういうわけだッ!!?」


 魔王の怒りは、その御前にて跪き、震える魔物達に向けられる。

 サティスの後釜の繰り出す策は全て逆手にとられ、使い物にならない。


 セベクを導入しなんとか勝利を稼いでいるものの、負け戦が連続して起こり、結局領地は増えるには至らない。

 魔王軍の兵はついに、かつての半分近くまで減ってしまった。

 その流れがしばらく続いたことが、魔王の焦りを大いに加速させる。


 魔王の焦りは部下への八つ当たりと無限の不信感へと発展していく。


「もうよい! こやつ等を処刑せよッ! 役立たずは我が魔王軍にいらぬ!」


「そ、そんなぁ!」


「連れて行けぇえッ!!」


 魔王の命令と共に、サティスが抜けた穴を埋めるべく知略の限りを尽くした部下達は処刑場へと連れて行かれた。


 この光景に魔物達は戦慄する。

 任務の失敗は魔王の怒りをこうむり、死を言い渡されるのだ。


 しかもこういった粛清は何度も起きている。

 魔物達も気が気でない。


「……セベクッ! セベクはいるかぁッ!?」


「なんだよ魔王さん……そんな叫ぶなって。俺ちゃんと結果出してんじゃん」


 怒りに震える魔王に恐怖の一片も抱かない男。

 常に戦いを求め、魔剣にて敵を斬り伏せることのみを生き甲斐とするセベク。


 玉座に座りながら怒りで身を震わせる魔王へゆっくりと歩み寄る。

 その後ろを彼の無礼に胃を痛めながらもついてくるゴブロクが、固唾を飲みながら魔王の言葉を待った。


「確かにな。だが、それだけでは足らぬッ!! もっとだ……もっと人間共の血を流せ! お前にはまだまだ働いてもらうぞ?」


「へいへい」


「せ、セベクッ! 魔王様には敬意を払えとあれほど……」


 玉座の間が緊張で凍り付いている中、適当な態度を取るセベクとギラついた眼光で怒りする魔王とのやり取りが繰り広げられる。


「よいかセベク。貴様は決して我を裏切るな。常に我の役に立つことのみを考えろ」


「断る」


「なんだとッ!?」


「俺は俺の為と強い奴の為に戦う」


 周囲が一瞬ざわつき、永久凍土にも勝る恐怖が立ち込める。

 魔王に対し、こうも本音を語る者など、例え古参であろうともいないからだ。


「き、貴様……裏切る気か?」


「それも面白そうだな。 裏切るって言ったら俺を殺すか? ────いいよ。魔王軍も人間も、全員を相手にした方が面白そうだ」


 彼の見開いたままの目にふと、殺気と狂気が入り混じった眼光がよぎる。

 セベクは本気だ。


 魔王の返答ひとつで、魔剣を以てこの玉座の間にいる全員を皆殺しにする。

 一気に頭と背筋が冷えるのを感じ、セベクという男を理解した。


 この男に主はいない。

 あるとすれば戦場だ。


 戦いそのものがセベクという魔剣使いを動かす生命の衝動なのだ、と。


「……ならば、次なる戦場を用意しよう」


「そう来なくっちゃ」


「ま、魔王様! この男をまだ使うのですか!?」


「そうです。サティスやオークキング以上の強者である我々を差し置いてこのような……」


「黙れッ!! そういうのは結果出してから言え役立たず共!!」


 魔王とその配下達との間に、大きな溝が出来上がっていた。

 重なる敗北と屈辱が、魔王の心を大きく歪めていたのだ。


 魔王が指示したのは、ある国を攻め落とすこと。

 だがそこは、古えよりウェンディゴが住まう土地も含まれていた。


「ま、魔王様。この土地はウェンディゴ達が人間と自然と共に住まう場所。奴等の土地で荒事をするのは……」


「やかましいッ!! どうせ世界を手中に治めるにはこの土地を制圧する必要がある。やれ自然の意思だの、やれ精霊の一種だのと。うざったいにもほどがある。セベク、この国を落とすだ。まず見せしめとしてこの"街"を破壊しろ!」


「ふぅん……いいじゃん。知ってるよ、ここ。────『冒険者達の台所』だっけ?」


「そう呼ばれているらしいな。本来なら貴様に兵を預け、指揮を任せる所ではあるが、半人半魔の身分のお前にそれが出来るとは思えん。よって、貴様はまた一兵卒として軍に加われ」


「つまりいつものようにってことだな」


「そうだ。いいか? あそこには魔剣使いがひとりだけいると聞いているが……貴様ならなんの問題もなく倒せるだろう。……兵が整い次第出陣だ!」


 新たな戦場が設けられ、セベクはニヤリと笑みを浮かべる。

 そしてゴブロクと共に玉座の間を出て、出陣を待つこととした。

 

「……なんだろうねぇ。素敵な出会いがある気がするよぉ~」


「またいつもの勘か」


「そうだ。……ゴブロク、アンタも戦う準備したら?」


「武人たる者、常に戦に備えるものだ。……同じゴブリン達からは奇異に見られるが、俺は武に生きる道しか知らん」


「ふ~ん」


 しばらく歩いていると、急にセベクの前にゴブロクが立つ。

 当然のことセベクは止まった。


「……なぁ、アンタの意見を聞きたい」


「なんだよ」


「魔王軍に、未来があると思うか……?」


 俯いた状態でゴブロクは不安そうに問う。

 セベクは無表情に近い顔のまま小首を傾げた。


「サティス殿を追放してから……秩序も士気もガタ落ちだ。おまけに負け続きで、粛清の連続。このままでは内部から崩壊してしまう! ……サティス殿がいた頃の魔王軍が懐かしい。魔王様が勝つ為の方式をもっと見直しておれば今頃は……」


「それが魔王さんの命令だろ? いーんじゃない?」


「命令だからといって……戦士にあのような恥辱を与えてから処刑しようなど……王のすべきことではないッ! サティス殿は十分に尽くしたのだ。なのに……」


「そういうのは魔王に直接言え。"テメーは間違ってたんだよクソ暗君が"って」


「そ、それは……」


 ゴブロクは言葉に詰まる。

 そんな勇気などあるはずがなかった。


 セベクなら息をするかように言うかもしれない。

 だが、現実的にゴブリンである矮小な存在が魔物を統べる王に盾突くことなど出来るはずもないのだ。


 それを鼻で笑い、脇を通り抜けて口笛を吹くセベク。


「……魔王様を含め、幹部や古参連中は皆気づいていない。自分達が負ける未来が近づいているのを……」


 密やかに呟くゴブロクは、振り返りセベクの背中を見る。

 彼にとって、セベクの存在は非常に大きかった。


 圧倒的な力と権力に物怖じしないあの姿勢。

 無欲なようでいて、内側には無限とも言える力への欲望がみられた。


「セベク……魔王軍を救えるのは……最早アンタしかいない。アンタを越える強者が現れるとは思えんが……絶対に死ぬな」


 だが、その思いは叶うことはない。

 如何にセベクの力が強大と言えど、最早魔王軍は取り返しのつかない所まで追い込まれている。


 無論、セベク自身もそれを知っていた。

 魔王とその軍勢は無様にこの世から消え去るだろう、と。



「魔王軍がどうなろうが知ったこっちゃねぇ。……斬って、斬って、斬りまくる。それが俺だ」

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