第35話 無法者を制するは、もうひとりの魔剣使い
しばらくしてのことだった。
引き戸が乱暴に開かれ、そこに無骨な風貌の男が4人入ってくる。
「あ、いらっしゃいませ。……あの~すみません。今満席ですのでもうしばらくお待ちいただければ空くと思いますので~」
店員の女性がそう言いかけたとき、男の一人が彼女を押しのけ更に入ってくる。
客達は男達の風貌と乱暴さを見て、無頼漢と察し食事の手を止め俯くように黙った。
乱暴狼藉を働いて、恐怖の名の下に金を得る無法者集団だ。
そんな連中が寿司を食べに来るなど夢にも思うまい。
基本ガッツリとした物を食べに行くようなイメージを持っていた客達は、今日の運の悪さを呪った。
「俺等みてぇな野郎に食わす寿司はねぇってことかい? 楽しみにしてたんだぜぇ? 寿司ってのがどういうもんかをよぉ?」
「いえ、ですから……。申し訳ないんですが、今は満席で」
「あぁん? ンなモン追い出しゃいいだろうが!!」
無法者達が汚い怒号を上げながら騒ぎ出す。
「おいアンタ等! これ以上騒ぐなら衛兵を呼ぶぞ!」
大将が堪らず叫び、無法者達に凄む。
だがそれを無法者達は笑い飛ばした。
「はっ! そんな脅しが通じる時代はもう終わってんだぜ? それともテメェからいたぶってやろうか?」
「ぐッ!」
無法者達のほとんどが血生臭い。
殺しをなんとも思わない連中だ。
カタギの言葉で怯えるタマではなかった。
誰もなにも言えない状況に満足げに笑みを浮かべていると、仲間の一人が奥の方を指差す。
子供(セト)と女(サティス)。
客の中で、この2人だけ恐怖を抱かずに視線を向けている。
その眼光には一種の嫌悪が入り混じり、それが彼等の癇に障った。
「おいそこの。なぁに見てんだよ」
「へっへっへ。女の方めっちゃ美人じゃん!」
そう言って5人がゾロゾロと奥の方へ。
客達は今まさに一触即発の現場を、固唾を飲んで見守る他なかった。
女子供を囲むように反り立つ巨体。
剣やナイフを引き抜き、セト達の眼前や首筋等にちらつかせ始める。
「……おい小僧。なんだぁその目は? 俺は生意気な態度取るガキが嫌いなんだよ。そういうガキはどういう末路を辿ったか。お前知ってるかぁ? 皆このナイフでグッサリだぁ」
「ようようお姉さん。俺達と遊ばねぇか? おっと変に抵抗しない方がいいぜ? 俺等の剣の腕は世界最強だぁッ!!」
下卑た笑みを浮かべながら2人に迫る無法者達。
だがセト達はまるで相手にしていないかのように、一言も喋ろうともしない。
「おい無視してんじゃねぇ!!」
セトに絡んでいた無法者がセトの態度に痺れを切らし、ナイフを突き刺そうとした。
だがその直後にセトは、冷静に淹れたての熱い茶を彼奴の顔面に掛けてやる。
「うぎゃあああッ!! ────うぐぅッ!?」
叫び声をあげ、熱い茶を掛けられた顔を手で覆った直後、セトは思わず奴が落としたナイフを手に取り、奴の背中におぶさるように組み付いて動けないようにしてから、刃を首筋に当てる。
長い間戦場で培われてきた技術の一端。
隙だらけの男をこのように動けなくするのは赤子の手をひねるようだ。
この電光石火の早業に仲間達が呆気にとられた隙に、サティスも動く。
右脇にいた無法者の腹に、肘鉄を喰らわせてやった。
女性と言えど、魔人の一撃は無法者の意識を一瞬にして奪うには十分すぎた。
すぐさま立ち上がると真後ろにいるもうひとりの顎に強烈なアッパーカット。
「気安く触ろうとしないで下さいます?」
気怠げに睨みつけてくるサティスの闘気にまだ自由に動ける1人だけの無法者は動けなくなる。
「テメェ……おい!! その女ぶっ殺せ! あと俺を助けろ!!」
「く、くそぉ!! おい小僧! 仲間を放せ。じゃないとこの女が……」
「あ~、それやめた方がいいぞ」
切っ先をピッタリとサティスの喉元に向ける無法者。
だがセトは至って冷静に答えた。
その言葉の意味を無法者のひとりは身をもって理解することなる。
突如として持っていた剣が軽くなった。
サティスが余裕の表情に怒りを滲ませながら、刀身を魔力で圧し折っていた。
呆気にとられ、身も凍えるような恐怖に包まれた彼の顔面にサティスの拳が炸裂する。
わずかな時間で制圧された4人。
セトにナイフを首筋に当てられている最後のひとりは悔しそうに歯軋りしながら、自分達が負けたという現実に怒りしていた。
「……出てけ。じゃないと今度は」
「くそ、このクソヤロウ共……ッ!!」
セトに乱暴に放され、身をよろめかせながらひとり逃げていく。
「あ、逃げていきました」
「仲間を放っていくとは……」
しかし、飛び出すように外に出た無法者に更なる受難が待ち受ける。
この街の衛兵達がすでに待機しており、逃げられない状態にあった。
後ろにはあの2人組。
そして前には衛兵。
(こ、こんな所で……ッ!)
そう思ったとき、衛兵の中から一際目立った格好の男が出てくる。
引き締まった細身のアーマーを来た緑色の髪をした男だ。
緑色の光のラインが走った妙な出で立ちに怪訝な表情を浮かべる無法者。
「フフフ、俺の魔装具に見惚れるのはいいが……状況を考えた方が身の為だぞ?」
男がほくそ笑む。
余程自分の能力に自信があるのか、不敵な笑みからは活躍の場に高揚する戦士の雰囲気が感じ取れた。
「て、テメェは!」
「俺はこの街の兵士達を束ねる隊長。……『
言葉の節々で奇妙なポーズをとっていくオシリスという名の男。
無法者もオシリスのことは聞いたことがあった。
「ま、まさか……テメェがッ!」
「ふぅ、貴様のような無法者がこの美しき街に来るとは。……警備を更に強化しろ! たるんでいるぞ!」
オシリスが衛兵のひとりに指示を出す。
そしてまた自慢げな笑みを以て無法者に近づくや、殺気を滲ませた。
「ここは俺の行きつけの店でもあるんだ。その店で、無法者が暴れたとあってはこの俺が出張る他あるまい。……無法者め!
またしても奇妙なポーズを決めていくオシリスに、無法者はただならぬ気配を感じ、一目散に逃げようとした。
次の瞬間、オシリスの腰あたりから彼の魔剣らしき武器が召喚される。
見た目はジャマダハルのような見た目だが、所々の装飾や幾何学模様がその見た目により奇怪性を与えている。
逃げる無法者の背中に突きつけるように向けると、刀身の部分が緑色に光った。
直後、肉を抉るような音が響くと同時に無法者の動きも止まった。
彼奴が恐る恐る腹部を見ているとおびただしい量の血を噴き出している。
まるで後ろから剣で刺し貫かれたかのような痕だった。
オシリスの魔剣の刀身からでた斬撃波のようなものが、無法者を貫いたのだ。
「ば、ばか……な!?」
無法者が力なく倒れるのを確認すると、オシリスは得意げに武器を指先でスピンさせながら腰元に開いた空間に納める。
「オシリスの魔剣からは逃れられない……。よし、中へ入るぞ。無法者の仲間が正義ある2人組に制圧されたという情報だ」
無法者は街の外に吊るして晒しものにする。
そうすることで、脅しをかけ、この街の治安と秩序を守ろうとするのがオシリスのやり方だ。
「入るぞ! ……ん?」
店の中に入ると、すでにセト達によって残りは縄で縛られていた。
だがそれ以上に目に着いたのはセトとサティスの姿だ。
「お前達は……」
「これが無法者達だ。捕えておいた」
向き合うセトとオシリス。
そしてお互いに理解する。
────コイツは魔剣使いだ、と。
(素晴らしい。魔剣使いにもこういった良き正義と才能に恵まれた者がいるとは。……だが)
ほんの一瞬、オシリスはサティスの方を見る。
(なぜ、あの女がいる? そう言えば、魔王軍の勢いが弱まっていると聞いたが……なにか関係が?)
サティスのことを知るオシリスは怪訝な表情を浮かべる。
謎が深まる中、オシリスはセト達のことを聞いてみることとした。
後にオシリスはセト達の盟友として、理解者として動くこととなる。
これはその馴れ初めの出会いであった。
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