第34話 俺達が街へ来ての最初の飯、それが寿司である。
ウレイン・ドナーグの街。
青々とした空の下に並ぶ、清廉な白の建物の数々。
その合間に見える煙は、鍛冶屋からだろうか。
人々の賑わいの中から、確かに熱い鉄を槌で叩く音が聞こえる。
これまでの街とは違う景観に新鮮な思いを寄せながらも、ここまで運んでくれた馬車の人達に礼をした。
その後宿屋に入り、部屋を取った。
クレイ・シャットの街のときとは違い、ベッドは2つ。
安い部屋とは言え、2階という高さから見える街は実に壮麗たるものだった。
クレイ・シャットの街やベンジャミン村で感じたあの穏やかな風が、潮風となってやってくるのがわかる。
肌と目で感じるこの美しさに、今度は恥ずかしがらず、是非ともサティスと共に分かち合いたい。
「おい! 海が見えるぞッ!」
「あらホント。セトは海を見るのは初めてで?」
「あぁ。デカいとは聞いてたけど……やっぱりすごいな。あそこから色んな魚が獲れるんだろう?」
「えぇ。観光地としてもここはかなり人気の場所です。魔王軍が勢いを失くしてからはここの人口や観光客も増えたみたいですよ?」
海の歴史と共に歩みここまで繁栄した街の見所はかなり多そうだ。
時間は昼前、観光ついでに食事にしたい。
「寿司を取り扱っている場所を探しますか?」
「あぁ、探しながらこの街を回ろう。きっとなにか面白いのがあるはず」
宿を出てからお互い逸れないように通りを歩く。
肉や野菜は勿論、魚を使った料理の匂いがセトの食欲をそそった。
「……ん? あれ寿司じゃないか?」
「あ、ホントだ。へぇ~、店の外観までかの国のを真似てるんですね。この店だけなんだか古風というか……」
「そうだな。なんていうか……地味?」
「う~ん、他の店と比べると確かに。でも逆にこれは目立ちそうですね」
「よし。じゃあ入ろうか。……お、これが噂の引き戸ってやつか」
店の中は意外に狭かった。
杉を使用している為か、かすかに店内にそのほのかな薫りが漂う。
人気の店なのか、客が多く、座敷はすでに満員だった。
「……いらっしゃいッ!」
店の大将が不愛想に挨拶する。
その後店員の女性が来て席まで案内してくれた。
奥のカウンター席が丁度2つ空いていたので座らせてもらう。
熱いお茶を出され、その独特な味と苦みに顔を歪めながら店の雰囲気を楽しんだ。
「……握りましょうか? それとも、なにかつままれますかい?」
店の大将は相変わらずの不愛想。
握る、というのはぼんやりとしたイメージだが大体わかる。
だが"つまむ"というのがよくわからない。
サティスもこれに関しては知識がないようで、2人揃って首を傾げていたが、すぐに店員の女性がフォローしてくれた。
「すみませんお客さん。つまむって言うのはお造り・お刺身のことで、簡単に言えば生のお魚を小さく切って食べやすくしたものです。お客さん観光客なら、是非ともどうぞ!」
「へぇ、魚って生で食えるのか。じゃあそれを!」
「私もお願いします」
白身魚の刺身が出てきた。
醤油につけて食べる、というのが一般的らしいが、一番の問題は"箸"と言われる道具の使い方だ。
(こんな棒切れで挟んで食うのか……)
(フォーク……なぁんて置いてませんよねぇ)
お互い四苦八苦しながら刺身を頂く。
一切れ食べるのにかなりの神経を使う作業だ。
しかし、その苦労に見合う味だった。
醤油と言われるタレの辛さと、身の引き締まった食感やしっかりとした旨味が口の中で混ざり合い、噛むごとにその芳醇な香りが広がっていく。
「うまいなこれ」
「えぇ、この味好きですね。とても美味しいですよ」
純粋な感想を大将に述べる。
しかし、大将はまるで反応を示さず、黙々と仕事をしていた。
「ふふふ、ごめんなさいねぇ。大将はこういう性格だから」
「……いらんこと言わんでいい」
「はいはい。……じゃあお客さん、どうぞごゆっくり! 注文があれば言ってください。大将が作ってくれますから!」
店員の女性は元気よくそう言うと他の客席まで歩いていった。
セト達はお造りを平らげた後、握りを頼んでみることに。
「ん~、お決まりとお任せがあるみたいですね」
「ここは大将に任せてみよう。寿司に関しては俺達はなんにも知らないから」
「そうですね。すみません、あの~」
「……もうやってるよ」
すでに大将は寿司を握り始めていた。
仕事の速さに感服しつつ、セト達はゆっくりと出来上がるのを待つ。
出てきたのはカンパチという魚を使った握り寿司。
艶やかな色合いの切り身の下には、シャリという米を使った小さめの塊が。
「いただきます」
「いただきます」
手掴みでも構わないということで、早速ふたりは醤油を少しつけて口の中へと。
ゆっくりとよく噛んで、その未知なる料理の味を感じ取る。
独特な食感の魚とシャリ、その中に含まれる酢の風味。
そして醤油の辛さが口の中で混ざり合い、なんとも言えない旨味へと変化していく。
「お、おぉ……これ……ッ!」
「これが、寿司……」
大将は黙ったままチラリとセト達を見るや、まんざらでもないような表情で仕事を黙々とこなしていく。
残念ながらセト達に寿司の美味さを語る為の知識や言葉がない為、上手くこの喜びを表現することが出来ない。
大将は言葉数少なくとも、それでもいいと言うかのように小さく笑んでいた。
さて、もっと食べてみようかと思ったそのとき、この店に荒客が訪れることになる。
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