第33話 ウレイン・ドナーグの街を目指して、俺達は心を躍らせる
セトはその晩、寝ずの見張りを買って出る。
近頃は健康的な生活を送っていたせいか、久々の夜通しの見張りは若干眠気のある状態だった。
(サティスは交代制を提案してくれたけど……今はひとりの方がいい)
街道脇の草原で、一同は静かに眠る。
セトは木にもたれかかりながら、ぼんやりと夜の風景を見ながら考えに耽っていた。
(そういえば、昼にアハス・パテルからだろう手紙……中にはなにが書いてあるんだ?)
ふと今日の昼の出来事を思い出し、手紙をしまったポケットに手を伸ばしかけた。
だが、後ろからの声ですぐにそれを取りやめる。
「セト、紅茶いりませんか?」
「サティス、寝たんじゃないのか?」
「眠れなくてね。……ですので眠れるようになるまで起きていることにしました」
「そうか……眠れないんじゃしょうがないよな」
手紙はまた明るいときに見ようと、とりあえず保留にした。
今は隣に座るサティスと共に、暖かい紅茶を堪能することに。
茶葉の種類や風味、そういったノウハウはわからなかったが、こうしていると自然とリラックス出来るのが感じ取れた。
夜になっても変わらないこの光景にセトは安堵しながら、彼女と共に明日のことを話す。
「次の街ってどんなのだ?」
「ん~、クレイ・シャットの街よりかは小さいですけど、治安もそこまで悪くない場所ですね。名前は確か『ウレイン・ドナーグ』だったと思います」
ウレイン・ドナーグの街。
その街は別名"冒険者達の台所"とも言われている。
武器や防具といった装備が揃った店が多く、なにより鍛冶屋の質も高い。
多少値は張るが、そういった逸品物狙いで来る武芸者も多いようだ。
「それでも海に近くなりますから景観もより良いモノになりますよ」
「へぇ海か。てことは……あれが食えるんじゃないか?」
「あれって?」
「噂に聞いたことがある……。俺もこの話を聞いたときは正気を疑った」
その名も寿司。
異国の食べ物であるが、その美味さと珍しさから様々な国に店が現れ始めているとか。
「生の魚を"シャリ"というモノに乗せて食べるというワケわからん料理だ。想像もつかないぞ」
「あぁ~寿司ね。……そう言えば私も食べたことないですねぇ。でも、ウレイン・ドナーグにそんな店ありましたっけ?」
「わからなければ確かめればいい。海の近くなんだからきっとある」
「港街っていうわけじゃないですけど……まぁ期待しましょう」
その街は港からの流通もあり、魚類関係の料理はかなり豊富だ。
川魚しか食べたことのないセトには、海の魚がどんな味がするのか楽しみでならない。
魚は焼くか干すかして食べることくらいしか知らないので、本格的な料理には興味がある。
ベンジャミン村で金は大分稼いだのもあって、しばらくまた滞在出来るかもしれない。
(海か……どんな美味いモンが食えるかな)
そんなことを考えながら2人して夜が明けるのを待った。
結局サティスもセトと共に起きていることを決め、ずっと傍にいてくれたのだ。
そして時間は過ぎて、夜明けが来た。
馬車の人達が目覚め始め、出発の準備をし始める。
この時間からいつも通りのペースで行けば、昼前までには街に辿り着くそうだ。
(いよいよかぁ、寿司食えるといいな)
(海、かぁ。……確か近くに浜辺があったはずですね。釣りとかいいかも。ん〜、どうしよっかなぁ~)
互いに違うことを考えながら馬車に揺られつつ、穏やかな時間を過ごす。
セトはその間眠りについた。
サティスに膝枕されながら、狭い空間で器用に寝転がる。
「どうもすみません。狭いのに場所を取ってしまって」
「いやぁいいよ。……子供なのにしっかりしてるねぇまったく。お姉さんも寝たら?」
「いえ、私は大丈夫です」
サティスは丁寧に答えながら寝息を立てるセトの髪を撫で続けた。
ウレイン・ドナーグの街までの道のりは、大したトラブルもなく進む。
宿を取ったらその次はなにをしようかとサティスは思案する。
セトの空腹事情を考えて、最初に食事だろうか。
(……寿司よりムニエルが食べたいなぁ)
そんなことを考えていると、サティスもまた空腹を感じてきた。
(そうですね。時間はたっぷりあるんだから……観光でもしながら色々食べればいいか)
そろそろ街が見えてきた。
朝から市場は賑わっており、所々から錬鉄の音がする。
ここもまた観光地としても有名だ。
これまでの場所とはまた違う空気のおいしさに、サティスは胸を躍らせる。
「んむ、もう着きそうだな」
「あ、ようやく起きましたね。見てください、あれがウレイン・ドナーグの街です」
ベンジャミン村から旅を再スタートさせ、その最初の街は、セトの冒険心を更にくすぐらせた。
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