第32話 村を出て長閑な街道で
朝早くに村を出る。
ゲンダーの言った通り国境は閉鎖解除されており、行き来が可能だった。
「干し肉に燻製……リョドーから食料とか色々分けてもらったけど、空間魔術の収納スペースは大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。……それにしても凄い量でしたね」
「あぁ、これまで仕事を手伝ってくれた礼と話を聞いてくれた礼にって。お金までくれるとは……」
「これで食事の心配と当面の旅費は確保出来ましたね。……で、リョドーさんとはなにを話されていたんです?」
「ん~、昔話的なことかな。あんまり人には言うなって言われたけど」
他愛のない会話をしながら、また前と同じように続いていく長閑な街道を歩いていく2人。
幸先の良いことに、道に止まっていた馬車があった。
国境が開いたばかりでまだ人も見かけないだろうと思っていたが、流石商人は仕事が早い。
「助かりました。次の街まで大分遠いそうなので……」
「ハハハ、そうですな。ようやく魔物との戦争も落ち着いてきたから、移動が多少は楽になりましたよ」
「次の街までどれくらいだ?」
「そうさなぁ。まぁこのまま行けば明日の朝ですかな。オタクらは食料とか持ってる? なけりゃ少し分けますよ」
「いや大丈夫だ。保管してある」
「へぇ、ってことは、魔術師さんかい。……いいねぇ魔術師さんは。なんでもヒョイヒョイと入れて持ち運べるんでしょう?」
「なんでも、というわけではありませんが。……まぁ食料等はそれなりに」
御者や連れの方々とも会話をする。
温厚な人達で、ここまで来るまでの旅の話を聞かせてくれた。
突然魔物に襲われたときや、食料が尽きかけたときはかなり焦ったそうな。
それでも彼等は力を合わせて乗り切り、この山脈と広大な大地の下までやってきたのだ。
「クレイ・シャットの街の
「えぇ! 私もあそこでお風呂が大好きになりました! お風呂って毎日入りたいんですけど、中々……」
「ハッハッハ! そりゃあなんとも贅沢だ! いいねぇ、一度はそんな生活やってみたいもんだ!」
彼等は様々なことを知っていた。
知識も経験も豊富で、セトから見れば旅における大先輩だ。
彼等の話を聞くことで色んなことが知れるかもしれない。
そう思って話題を考えてみた。
(そうだ……気になっていたことがあったんだ。リョドーが言ってたあの話)
"……────魔王を倒す為に派遣された勇者一行が、行方不明になったらしい。"
勇者一行の行方不明。
ヒュドラを除いて3人。
旅をしてきた彼等ならなにかしらの情報を持っているかもしれない。
本来なら気にすることもないが、ヒュドラが来たこともあり、セトの中で若干の関心が湧いていた。
「なぁひとつ聞きたいんだが」
「ん? なにかな?」
連れの男性がセトに顔を向ける。
「俺達はある村にいて、変な情報を聞いたんだ。魔王を倒すべく派遣された勇者一行が行方不明になったって」
「勇者一行? あぁ、それかぁ。旅人の間ではかなり有名な話だったな」
「そうね。聞いたときはビックリしたわ。勇者様、なにかあったのかしら?」
「無事だといいがなぁ」
特に情報は聞けなかった。
だが、気になることは増えた。
(ヒュドラはあのとき言っていた。奴隷のような約束までした、と。あの鬼気迫る表情……一体パーティーでなにがあったんだ? それに、行方不明の情報と一緒に舞い込んできた、行商人の馬車を襲う謎の存在。気になる……)
セトが考え込んでいると、隣に座っていたサティスが密かに彼の服の裾を引っ張った。
視線を向けると、彼女はやや辛そうな目をして首を横に振る。
勇者一行について考えるなと言いたいらしい。
ヒュドラの件もあり、彼女にとってはあまり蒸し返されたくない話のようだ。
彼女の思いも考慮し、この件はここで切った。
(ヒュドラが来たことでまた接点を持ってしまったな。……うん、忘れよう)
気分を入れ替え、今度は美味い料理について聞いてみた。
どんな料理があり、どんな味がしたか。
美味い物を腹一杯に食う。
セトの旅の喜びのひとつだ。
馬車の人達は笑いながらセトに答えてくれた。
その様子をサティスは微笑みながら見ている。
料理の名前や味について聞いている内に、セトは空腹を感じた。
昼も近くなってきた頃合いということで、馬車を止めて昼食とする。
馬車の人々の食事もこちらと似たようなものだった。
魚を燻製にしたものやピクルス、チーズ等。
皆で輪になって野に座り、ささやかな食事を愉しむ。
こちらの食料も分け合い、まだ食べたことのなかった食べ物を堪能した。
「ん、このピクルス……おいしい」
「このチーズも……んぐ、美味いぞ? パンと一緒に、ふご……食えば更にいいかも」
「もう、食べながら喋らない。お行儀悪いですよ」
「ハッハッハ構わんよ。いやぁ美味しいって言ってくれてなによりだ」
和やかな雰囲気の中、食事を交えつつこうして笑いながら話していると、セトは誰かが歩いてくるのに気が付いた。
黄色いローブに包まれた人物で、肩や頭に小鳥や小動物等を乗せながらズルズルと引きずる音を立てながら、セト達の行く進路へと進んでいた。
(あれは……)
見覚えがあるの姿。
フードで顔部分は見えないというよりも、フードの中は果てしない暗黒が広がっているようにしか見えなかった。
黄色いローブは布というよりも生き物のようなうねりを見せながらはためいているようだ。
(まさか……ウェンディゴ!? なぜこのタイミングで)
死のウェンディゴ『アハス・パテル』。
自分達を追ってきたのかとセトは瞬時にナイフに手をかける。
だが、敵意や殺意といったモノはまるで感じられない。
むしろただ本当にその道を、慕ってくる動物達と共に歩きたいだけのようだった。
すれ違い様、セトをほんの一瞬だけ見たような仕草をするが、そのまま歩いていってしまう。
(あれ……歩いているのか? いや、そもそもなんで)
「セト? どうかしたんですか?」
サティスの声で我に返る。
馬車の人達はすでに出発の準備に取り掛かっていた。
セト以外には見えなかったらしい。
アハス・パテルも彼を慕っていた小動物達の姿もいつの間にか消えている。
地面を引きずっていたような足跡も、すでにない。
「さっきからボーッとして……もしかして、疲れたんですか?」
「え、あぁいや。なんでもないよ」
サティスにはこのことは言わないでおこうと思った。
アハス・パテルが見えたのにはびっくりしたが、特にそこまで警戒することはないようだ。
(しかし、なぜ奴は俺達と同じ方向へ? ……ん? これは)
セトの右手には手紙が握られていた。
見覚えのない封筒には、見たことのないマークが描かれた封蝋で口が閉じてある。
(手紙……いつこんなものを? まさか奴が? ……っていうかウェンディゴって手紙書くのか?)
「セトー! 早く行きますよー!!」
「あぁ、わかった。すぐに行く」
セトはとりあえず謎の手紙をポケットにしまって馬車に乗り込む。
まだまだ続く道を馬車に揺られて進んでいった。
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